幸せの追憶「お前、っはは、びしょ濡れじゃねーかよ!」
夕日をバックにしているから、兄ちゃんの笑顔が眩しく見える。
こんなに幸せそうに笑う兄ちゃんはいつぶりだろうか。
「もー、それは兄ちゃんもでしょ!」
「うはは!おら、くらえっ!」
「うわっ!ちょっと水かけないで!」
「あはははっ!」
「……本当に、いいの?」
「…いいから、来たんだろ?」
「そうだね、うん!よし、最後の海楽しもう!」
「そうだよな!」
学校指定のシャツも、髪も、全部びしょ濡れになりながら、俺は過去のことを思い出していた。
「…兄ちゃんのこと、好きだ」
「……え?」
「付き合って、ほしい…」
「………おい、俺ら性別以前に男だぞ?いいのか」
「そんなの関係無いもん…」
「……俺も、好きだ。お前のこと、ずっと愛してた」
「兄ちゃん……」
「おい、泣くなって…」
「だってぇ……」
「…幸せに、なろうな」
もし意思が違えば、罪悪感を持たせていたであろうこの告白を、兄ちゃんは受け入れてくれた。
女の子を口説く時みたいに、ずっと優しい口調で。
俺を慰めてくれた。手にキスしてくれた。
幸せを、一緒に追いかけようとしてくれた。
それだけだ。それだけでよかったのに。
「ヤバい、俺、バレたかも…」
「バレたって何が?」
「付き合ってる事」
「え、」
「お前は、大丈夫か?まだ何もされてないか?」
「あ、うん…」
「なんかあったら言えよ、俺がソイツ殺すから…」
「大丈夫だよ、ありがとう兄ちゃん。兄ちゃんも、なんかあったら言ってね」
「あぁ、ありがとうな」
だんだんと感じ始めた孤独感。距離感。
流れる噂は酷いものだった。思い出せないけど、酷かったことは覚えてる。
そのうち、実害が出てきた。
俺が、俺が告白なんてしなければ。
この恋路を、辿るのを辞めれば、
どんなによかったことか。
俺は、俺は。
「ごめんね、兄ちゃん」
「あ?何が?」
「…なんでもない、兄ちゃん、ねぇこっち向いて」
「はいはい、」
唇からは塩の味がする。
しょっぱいのに甘くて、甘くてどうにかなりそうだ。
海に身を任せ流れ沈んでいく冷たくなった兄ちゃんの体を、
幸せを流し込むように触ったのが、最後の記憶だった。
…俺は失敗した。