おはようハニー!ロンドンの街中、朝からザワザワと賑やかな音をアラーム替わりにまだ重たい目蓋をほんの少し持ち上げる。
一瞬仕事は何時からだったか、シフトを確認しないと…と身体を持ち上げかけたところでそうか今日は有給を取って丸一日休みだったのだと思い出す。
マットレスに突っ張った腕から力を抜き再び身体を沈み込ませていく途中、視界の端に映り込んだふわふわの塊が微かに揺れた。
「起きてたのか」
「うん。おはようマーク」
「おはようスティーヴン」
朝の挨拶を交わしそのまま自然と額に優しく口付ける。自分にしか聞こえない程小さな音を鳴らしゆっくり離れると再び視界に入ったスティーヴンが緩く微笑んで自分のことを見つめているから訳がわからず首をかしげた。
「?なんだ、寝癖でも付いてるか?」
同じ癖毛でも(何故か)スティーヴンよりは纏まりやすいし寝相も悪くないからそこまでおかしなことにはなっていないはずだが…。頭に手をやり確認してみてもやはり髪が跳ねているような感覚はない。疑問を残したままもう一度目の前の恋人に視線を戻すと更に緩くもはやニマニマ、ニヤニヤとした顔でしまいにはクフフ…なんて声まで漏らしているではないか。寝起き特有のほんの少し気だるげな空気も合間って隙だらけだ。
「だからなんだよ。頼むから教えてくれって。寝癖じゃないし…まさか寝言でも言ってたか?」
降参のポーズをとってそう告げる。朝から小さな勝利を得たスティーヴンは顔の横に挙げられた俺の手をそっと取り優しく包み込み暫しその感触を楽しむと腕ごと引っ張ってそのまま自分の胸元に抱き込んでしまった。
「寝癖でも寝言でもなくてさ、なんかマークとこうやっておはようって言い合えるのがすごく幸せでさ。いい気分だなあって」
俺の手をぎゅっと、強すぎない力で包み込んだまま少し照れくさそうに反対の手で頬をかいてもう一度視線を合わせてきた。
「僕はあんまり友達とか恋人とか、親しい人もいなかったからさ。起きてすぐ自分の目の前に大好きな人がいるってこんなに幸せなんだねって思ってさ。足とか手の先がムズムズする感じで…ちょっと恥ずかしいけど!」
嗚呼、スティーヴン。俺の大切な人。なによりも大切で愛おしくて自分の全てをあげてしまいたい人。俺だけのスティーヴン。
何枚毛布を被って厚着をしても全身が冷たくなっていた、物置で縮こまっていたことがまるで遠い過去のように感じられる。あの頃の自分では到底理解できなかった感覚。
今ならスティーヴンの言ったことが俺にもわかる。全身にジワジワ、ピリピリと温かななにかがゆっくりと巡っていくようなむず痒くて、でも間違いなく『幸せだ』と胸を張って言えるこの感覚が。そして幸せすぎてほんの少し怖くなるどうしようもない心も。
全てをあげたいと思っているのにいつもこうして貰う側になってしまう。
上手く言葉に出来なくてなにより今自分がそうしたくて。包み込まれていた手をそっと抜き取り今度はスティーヴンの手を掴み身体ごと引き寄せた。
「わ、なになにどうしたの、ちょっと苦しい…ていうかなんか言ってよ!僕けっこう恥ずかしいこと言っちゃったんだけど!…まぁく?聞いてるの?マーク君?スペクターさ~ん!また寝ちゃったのかな~ダ~リン~!」
照れ隠しと困惑とで賑やかになってきたスティーヴンを両腕でしっかりと抱きしめてありったけの想いを乗せて言葉にする。
「愛してるよ」
明日も明後日も、何度だって伝えるよ。