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    19iku19ike

    @19iku19ike

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    セスアキ じゃれあううちに両片想いをうっすら自覚するだけ。📼視点。

    #セスアキ

     午後五時。ここのところビデオ屋業は妹に任せがちになっていたけれど、今日は妹が映画好きの友人に誘われて話題の新作映画を観に行くということで、久しぶりに店のカウンターに立っている。二人は僕にも声をかけてくれたのたが『全エリー都が戦慄!』の謳い文句を聞き、慎んで辞退させてもらった。彼女たちのことだから、上映後はハンバーガーをお供に映画の感想を言い合い、帰りは遅くなることだろう。つまり今夜の献立の決定権はすべて僕の手中にある。
     何を食べようか、と考えながらカウンター越しに外を眺めていると、突然の雨が窓を叩き始めた。天気予報では夜まで降らないと言っていたけれど、新エリー都の天気はホロウの内部構造と同じくらい変わりやすい。店先に出す傘立てを準備していると、今度は見知った顔が店の扉を叩いた。

    「店長! 悪い、暫く店の前で雨宿りさせてくれないか?」

     治安官の制服に身を包んだ彼は、いつもならピンと立った立派な耳をしとどに垂らしている。彼は店を汚すまいと入り口に立ったまま此方を見つめた。

    「いいとも。随分と降られてしまったみたいだね」

     いざというときのためカウンター下に常備してあるバスタオルをセスに被せると、手を引いて強引に中へと招き入れた。春驟雨とはいえ、濡れれたまま軒下に立っていれば風邪を引いてしま。

    「わっ……店が濡れたら悪いよ!」

    「後で掃除しておくさ。そうだ、時間はあるのかい? そこまで濡れたならシャワーを浴びたほうがいい」

     タオルで頭を滅茶苦茶に撫で回している間、セスは拭きやすいよう頭を少し傾けてくれた。タオルが耳を掠める度、もどかしそうに耳が震えている。

    「オレはもう上がりだけど……本当に良いのか?」

    「もちろん。こんなに濡れている人をそのまま帰らせるなんて薄情な真似はしない。それと、制服はこのまま乾燥機にかけてしまっても平気かい?」

    「そこまでしてくれるのか。恩に着るよ、店長!」

     セスをバスルームに案内しながら、店先に「CLOSED」の札を出すようトワちゃんに目配せした。どのみちこの雨じゃお客さんは来られないだろうけれど。
     セスの制服を乾燥機に投げ込んでから、自室のチェストを漁る。身長こそあまり変わらないものの鍛え上げた治安官でも着られそうな服というと、僕がオーバーサイズで着ているTシャツとスウェットパンツくらいのものだろうか。リンがプレゼントしてくれたボンプの着ぐるみパジャマもあるが、これを出したとしてもセスは頑として着てはくれないだろう。

    「シャワー、ありがとうな……」

     着替えを済ませたセスは慣れたはずの僕の部屋にぎこちなく入ってくる。どうやら用意した着替えにはシリオン用の尻尾の穴がないせいで、ずり落ちてしまうようだ。幸いシャツがオーバーサイズなのでお腹は隠せているもののセス本人は落ち着かないらしい。ビデオ屋に来たときと同じように入り口で立ち止まって視線を彷徨わせている。

    「セス、こっちにおいで。座ればズボンも安定するだろう? それより、早く乾かさないと風邪を引くぞ」

     ドライヤーを片手に、腰掛けたソファを軽く叩く。躊躇いながらも隣にかけたセスが手を伸ばしたけれど、僕が持っていたドライヤーを掲げたためにその手は行き場を失った。

    「なっ……! こら、店長が早く乾かせって言ったんだろ。意地の悪いことするなよな……」

     セスは呆れた顔で耳を水平にしてこちらを睨んでくる。そんな彼を宥めるためドライヤーを握らせると、セスはすぐにスイッチをつけてぎこちなく耳のまわりから丁寧に乾かしていく。もっと豪快にやるものだと想像していたけれど、もしかすると水滴が飛ばないようにと気を遣ってくれているのかもしれない。

    「そんなつもりはないよ。ただ、僕がしてみたかったんだ。やっぱり、特別な相手じゃないと耳や尻尾は触らせたくないものなのかい?」

    「当たり前だ!」

     確かに、セスは誰にでも身体を触らせるようなタイプには見えない。セスの方からスキンシップをする方でもないだろう。友人のひとりとして、心の距離は縮まっていると思っていたけれど、セスはまだ僕を『特別』にはしてくれないようだ。僕は仕事上協力関係にあるエージェント以外をこの部屋に招くのはセスが初めてだと言うのに。

    「普段サメやオオカミのシリオンの友達が尻尾を触らせてくれるから慣れきってしまっていたけど、やっぱりネコは警戒心が強いのか……」

    「……そんなことしてるのか……。キミがいつかシリオンに通報されて治安局に連行されないことを祈るよ……」

     ドライヤーの音にかき消されるつもりで呟いた僕の独り言を聞き逃さなかった耳敏いシリオンは、警戒しているのかソファの端に寄ってしまった。見られていてはやりづらいだろうと、僕もスマホに視線を移す。
     その後一言も発さず考え込むような顔で頭全体を乾かしたかと思うと、急にこちらを向き直った。

    「……やっぱり後ろ、乾かしてくれないか。自分の家じゃ尻尾まで気にしないけど、キミんちのソファが濡れるといけないし……」

     ドライヤーを差し出してはいるが、視線は斜め下を向いている。髪の隙間から見える眉は不機嫌そうに歪んでいる。

    「良いのかい?」

    「聞くな、治安官に二言はないっ!」

     かなり嫌そうな顔に見えるのだけれど、本人が譲らないのであれば仕方がない。不思議と口角が上がりそうになるのを抑えながらドライヤーを受け取ると、ベッドに乾いたタオルを敷き、その上にセスを座らせた。僕もベッドへと上がるといつかこんな日も有ろうと備えてあったシリオン用ブラシで梳きながら風を当てる。
     
    「うちのクロよりもふわふわだ……」

    「ペットと比べるなよ。というか、なんでキミがシリオン用のブラシなんて……」

     言いかけたセスは何かに気付いたような顔をすると、俯いて黙り込んでしまった。
     シリオンの尻尾は敏感だと聞くので、熱くはないか、痛くはないか、何度もセスの顔色を伺ったけれど、床を見つめたまま羞恥に堪えるような顔で動かない。もしかすると尻尾に触れるのはセスにとってはハグや手を繋ぐよりも恥ずかしいことだったのかもしれない。名残惜しいけれど手短に済ませて上げた方がいいだろう。

    「そうだ、人間の髪の毛は根本から乾かすと良いと言うけれど、シリオンのしっぽもそういうものなのかな」

    「待て、根っこは……んッ……!」
     
     毛のない人肌と毛皮の境に触れた瞬間、セスの口から上擦った声が漏れた。セスは口元を押さえながら小刻みに震えている。先程までとは比べ物にならないほどに顔を紅潮させながら。

    「すまない……くすぐったかったかい?」

    「……いや、平気だ。忘れてくれ……」

     咳払いをして平静を装うが普段なら桜色をした耳の内側まで赤く染まっている。普段凛々しい治安官が虚勢を張るその姿は僕の中にある小さな嗜虐心を刺激した。

    「平気なら、続けてしまうけれど?」

     ふと、先週ゲームでセスに大敗したことを思い出し、ささやかな復讐のつもりで尻尾の根を指先で擽る。そして畳み掛けるようにドライヤーでふわふわの毛並みを取り戻したばかりの耳に息を吹き掛かけた。

    「~~ッ! わざとやるのはナシだろ!」

     まだしっとりと濡れた尻尾を逆立たせたセスに睨み付けられ、手を払い除けられる。尻尾から離れ名残惜しく思っていると、セスの目が獲物を捉えた仔虎のごとく光った。

    「そういう悪いヤツは、こうだ!」

     次の瞬間、僕の身体は目にも止まらぬ速さでベッドに縫い付けられる。治安官に馬乗りで取り押さえられるのは、逃亡犯さながらの気分だ。

    「おっと……反撃かい?」

    「後悔しても遅いからな!」

     そう言って、セスの手は哀れな逃亡犯の両脇を捉え、その手のビデオなどに古より伝わる拷問『くすぐり』を放った。

    「……ひぁ……!」

     予想外の反撃に情けない声が出る。咄嗟に口元を覆うが、目の前の治安官はしたり顔のまま悪人への『裁き』を続けた。布越しのぎこちない手つきがこそばゆい感覚を助長する。

    「……ん、う……っ……はは……」

     力では敵わない相手になす術もなく、指の背を噛んで笑い声を押さえる。先程まで考え込んでいたセスが楽しそうにしているので、この戯れも少しくらいは耐えたいと思わされてしまう。けれど情けないことに僕の身体は治安官ほどの忍耐を持ち合わせていない。口の端から吐息を漏れてしまうものの、身を捩ることでなんとか堪えようと努力する。空いた手で僅かな抵抗のつもりでセスのシャツの裾を引いた。そうしているうちにも彼の指は脇腹から脇下まで這い上がってくる。

    「……も、無理……降参だ、セス……あッ……ん……!」

    「……………………」

    「……セス……! だめ、……ストップだ……!」

     なけなしの力を振り絞り出した声はやっとセスに届き、手が止まる。擽られている間は表情を伺い見る余裕もなかったが、彼の頬は茹だったように紅く染まり、反撃を受けていたのはこちらのはずが彼まで少し息が上がっている。

    「……はっ。ご、ごめん、アキラ。やりすぎた……」

     一瞬で僕の上から退いたセスは土下座せん勢いでベッドの上に正座した。その耳と尻尾は元気をなくし垂れ下がっている。元はと言えば僕が焚き付けたのだから、今回はおあいこだ。返事の代わりに頭を撫でると、セスの尻尾がピンと伸びた。

    「……あっ、と、トイレ! 借りてきて良いか! ……その、体が冷えたみたいだ……!」

    「えっと……、出てすぐ左だ……」

    「ありがとう……!」

     逃げるように部屋を出たセスの背を見送ると、じゃれ合ううちに乱れたシャツを整え、溜め息を吐く。あまり表情には出さないようにしていたが、心音はやけに騒がしい。擽られた脇腹以上に、跨がられて触れていた部分の感触が頭にこびりついていた。彼に言えない秘密がひとつ、増えてしまったのかもしれない。
     彼が戻ったら冷えた身体を温めにいつもの麺屋錦鯉に行こう。いつも通りに、友達のままで。そう自分に言い聞かせて。


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