Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    伊倉鮭

    今日も一日

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    伊倉鮭

    ☆quiet follow

    須佐鍛冶リメイクちゅう…『甘酸っぱくて、甘ったるい』編

    【須佐鍛冶】甘酸っぱくて、甘ったるい ──バレンタインデー。世の恋する者たちが甘酸っぱい想いを開花させるその日に、鍛冶野彦道は悩んでいた。
    「あっ、鍛冶野」
    「シュウ……お前、予想はしてたが思った以上にモテんのな」
     両手に抱えきれないほどの袋を持ったシュウ──須佐見秀ノ介が困ったように笑う。腕の中からこぼれ落ちそうなそれらをいくつか代わりに持ってやり、そのまま下駄箱へ向かう。着いた秀ノ介の下駄箱を開けるとまたさらに出てくる可愛らしい箱たち。ふたりして顔を見合わせ、いっそおかしくなって笑った。優理香に持たされたらしい大きな袋にチョコレートを入れ、ふたりはそのまま帰路についた。
    「お前それ全部食えんの?」
    「そんなの、頑張る以外の選択肢はないだろ?」
    「食いきれないに賭けるわ」
    「じゃあ食べきれたらプリン奢ってね」
    「……仮に全部食えたとして、ホワイトデーのお返しはどうすんだ。宛先全員覚えてんのか?」
    「覚えてるよ」
    「……ああそう。さすが手慣れた優等生は違うのなー」
    「なんだい、それ」
     彦道がもらったチョコレートは幼なじみからもらったいわゆる『義理チョコ』と、母からもらう『義理チョコ』。それだけだ。若留にはそれこそプリンを奢ればいいし、母には肩たたきでもしようと思っている。ホワイトデーのことまで詳しく考えなくて良い彦道は、ふいと目線を逸らし秀ノ介の持つ重そうな袋に目をやった。
    「姉貴に手伝ってもらうって手は?」
    「うーん。それも考えたんだけどね……」
    「だけど?」
    「ほら、こういうのって気持ちだから。誰かに処理してもらうより、自分で食べなくっちゃって思って」
    「あっそ。考え方までイケメンなこって」
     肩をすくめて目を逸らす。秀ノ介がこちらを見ていない間に、彦道は通学カバンに潜ませていたものにそっと触れた。
     ──果たしてこれを今ほんとうに、渡してもいいものなのか。秀ノ介はもう十分すぎるほどにチョコレートを受け取っている。今さら自分が想いを託したとて、秀ノ介には負担かもしれない。重いかもしれない。それに、何と言えばいいのだろう。『好きだ』? そんなの、それこそ重い。どうするべきかと迷ったまま、躊躇ったまま立ち止まってしまった彦道を前に、秀ノ介は柔らかく笑って顔を覗き込んできた。
    「鍛冶野も、チョコレートくれるの?」
    「……あ、」
    「嬉しいな。ちゃんとお返しするから待っててね」
     ……そこまで言われてしまっては、渡さないわけにもいかなくて。それでも彦道はまだ、迷っていた。
    「……いいのか、本当に」
    「何が?」
     ──それこそが、答えだと思った。だから彦道はカバンの中からきれいにラッピングされたチョコレートを取り出して、渡す。頬が熱い。
    「っ……言っとくが、それ義理だからな」
    「え、そうなの? ふふ、食べるの楽しみだなぁ」
    「聞けよ、こら!」
     秀ノ介は嬉しそうに、他のチョコレートとは違ってそれを自らの通学カバンに大事そうに仕舞った。それを見て、思わず泣きそうな気持ちになる。他とは違うのだと、うぬぼれてしまいそうになる。さまざまな感情が入り乱れて、彦道はついこつんと秀ノ介の肩を小突く。
    「痛いよ、なに?」
     くすくす笑いながら秀ノ介が返してくる。照れ隠しのままそれは、続くだけだった。 






     ──そして、来るはホワイトデー。秀ノ介は朝から妙にそわそわして見えた。昼休みまでの間にいくつかクラスを回りひとつひとつ返礼品を渡していく秀ノ介は想像に難くなかったから、ついていくのはやめた。昼休み、「今日中にみんな渡せてよかったよ」と弁当をつつきながら笑った秀ノ介に、彦道はショックを隠せなかった。それでも他の二人──若留と優理香は笑っていた、から。彦道も、「そりゃよかったな」とうそぶいてみせた。今だけ、平静で居るのすら辛いと思った。
     その日もつつがなく授業は終わり、いつもなら若留に「今日どこ寄るよ?」と絡みに行っていた彦道はカバンを引っ掴み教室を出た。ずんずん歩く彦道に、周りがざわめき道を作る。しかしそれは──強く腕を引かれたことで、止まった。
    「こっち」
     彦道が向かっていたのは下駄箱。それに対し、彦道の腕を引くものの足が向かっているのは階段、おそらくは、屋上。
    「なんだよっ、おまえ──今さら!」
    「ごめん、後で謝るから、」
    「後でってなあ……!」
     ぎゃんぎゃん文句を言いながら、彦道は腕を引く先──秀ノ介の導くままに屋上へと辿り着いた。文句を垂れながらも素直についてきたのは、まさしく期待しているからに他ならなかった。休み時間の合間を縫って教室で返礼を渡されていた女生徒たちと違って、自分は渡したときあんなにも嬉しそうな顔をしてくれた、だからこそ自分のチョコレートを『ないもの』にされたのが許せなかった。だが今、あの秀ノ介が強引に二人きりになれる場所に連れてきた、とあれば。裏切られたという気持ちは薄れて、どんどんと、期待してしまう。胸が高鳴る。秀ノ介の顔が見られなかった。
    「鍛冶野」
    「……なんだよ」
    「さっきはごめん。まだ、怒ってる?」
     怒らせたのは誰だよ、と、喉まで出かかって、やめた。自分はいつも素直になれない。今日くらい、素直になったって、バチは当たらないんじゃないのかと。
    「……別に」
    「ほんとう? 鍛冶野、すごく怒ってるみたいに見えたから──」
    「ああもう用件はなんだよ! 早く言え!!」
     素直になる。そう決めたはいいものの、なかなか人は変われない。彦道には、この穴に入ってしまいたくなる甘酸っぱい時間に耐えられなかった。顔が熱くて、さっさと帰ってしまいたい。
    「バレンタインデーの……『本命』の、お返し」
    「ほっ……」
    「気づいてないと思ったの? バレバレだよ」
     気づいていないと思ったわけではなくて。それを、秀ノ介から言葉にされる心の準備が足りていなかった。頭から湯気でも出ているのではと思うくらい、顔が熱くて、耳も熱くて、心臓が痛いくらい高鳴っていた。
    「それで、お返しなんだけど……何がいいのか、すごく迷っちゃって」
    「……」
    「その……僕はこれが良いと思って買ったんだけど、君には重いかもしれない」
     秀ノ介が言っている言葉をうまく飲みこむことができない。秀ノ介の手にあるのが高級そうな黒い小さな箱だということも、理解するのに時間をかけた。確かにあのチョコレートは『本命』だった。だがしかし、そこに告白の言葉が付随していたわけではない。小っ恥ずかしくて言えるとも思えない。それを秀ノ介は見越した上で、許すというのか? 「開けてみて」と笑うので、受け取って蓋を開けた。
     そこには夕日を反射して輝く、シルバーのネックレスがあった。思わず、顔を上げて訊ねた。
    「……お前、俺のこと好きなの?」
    「……」
     その答えは、返ってこなかった。切なげに笑って「つけてあげる」と言われ、言われるままにネックレスを渡すと背を向けさせられる。それから、ひんやりとした金属が首すじを通っていく。
    「似合うね。かわいい」
    「か、」
    「ふふっ」
     至近距離で愛を囁かれ思わず後ずさってしまったが、そんな姿さえ秀ノ介は愛らしそうに笑った。その笑みに、『愛』も『恋』もないなんて思えない。たっぷり考えたあと、彦道は──。
    「あの、俺と──」
    「秀ノ介、いた! 探したんだから〜!」
    「──……っ」
     彦道は、秀ノ介がただ笑うだけだった意味を、知った。
    「どうしたの? 姉さん」
    「お祖父様から早く帰ってこいって電話があって。あんたバレンタインに死ぬほどチョコもらってきてたから、お祖父様も心配みたいよ」
    「……じゃあ鍛冶野、今日はありがとう。また明日ね」
     意図せず間に割って入ってしまった形になった優理香は、立ち尽くす彦道と歩き出す秀ノ介を交互に見たあと秀ノ介を追いかけていった。そののち、幼なじみが遅れて屋上に辿り着く。そうしてやっと我に返った彦道は、「どうしたの?」と不思議そうにする若留になんでもないと断ってネックレスを隠すように襟元にしまった。
     きっとこれは、秀ノ介なりの、どうにもならない想いのかたち。秀ノ介の周りの環境が秀ノ介自身にはどうにもならないと知ったとて、だからなんだと言うのだ? 彦道にはどうにかなる、なんてこともない。彦道は今、確かに、歯がゆく思った。自分がおんなだったなら。自分が金持ちの家の出であったなら。自分が、すでに成人している身であったなら。この中で一番現実的なのは、成人を待つことだ。彦道は心に誓った。大人になったら──秀ノ介に、もう一度恋心を問う。それまでどうか、彼に別の想いびとが出来ませんようにと──彦道は祈ることしかできなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works