御伽話のそのあとで 「帰れ」
扉を向こう側から地獄の底から響いてくるような、恐ろしく冷たい声が聞こえてくる。しかしその声を迎え撃った相手はびくともしてない。唸り声あげるように負けじと叫んでいる。
「断る、絶対に、俺は、帰らないからな!」
扉を挟んだカインとオーエンの攻防は膠着状態だった。強力な魔法結界に阻まれているため立て籠っている家屋に侵入するのは極めて難しい。結界に弾かれながらもカインは無理に開けようとしたがドアノブの方が耐えきれずに吹っ飛んだ。
「頼むから開けてくれ! お願いだから」
だがカインは諦めない。絶対に諦めることはあり得ないだろう。だがオーエンも簡単に引き下がらないことは皆がよく知っている。
「ぜっったいに、いや」
「っふざけるな! 引き摺ってでも連れ帰ってやるからな!」
ここは東の国、嵐の谷。
目に入れても痛くない愛弟子ファウストの住居でとっても迷惑なやり取りをしている因縁の二人をフィガロは頭を抱えて眺めていた。頼むからこれ以上ファウストの家を壊さないでほしい。直すの誰だと思っているんだろう。普段なら関わり合いになりたくないと回れ右で帰っている。だがこのやり取りに至った経緯としてその愛弟子とよりにもよって賢者様も加担しているのだ。そしてフィガロの職業的にも今の事態は見過ごせない。埒が開かないとため息ひとつついた隣の弟弟子が無言で杖を構えるのを見て手で制する。
「オズ、ダメだよ」
「だが……」
「だめ、まだカインに任せないと」
それに今のオーエンには彼の魔法は刺激が強すぎるだろう。万が一が起きたら取り返しがつかないのだ。流石にそれは目覚めが悪い。
「なぁ、頼むから顔だけでも見せてくれ。体調悪いんだろ? 無理にフィガロに見せたりしないから、な?」
「…………お前には関係ないだろ」
「関係なくないだろ!?」
ドアを開けた瞬間に拘束する気満々なくせにそんな様子をかけらも出さないこの男はなかなか策士なところがある。オーエンもカイン限定でちょろいところがあるからよく引っかかってるが今回はそう簡単にいかないらしい。オーエン、君の騎士様は誠実だけど結構腹黒いしそんなに清廉潔白じゃないよ。
ひとしきり叫んで疲れたのかオーエンは黙り込んでいる。そんな彼に何を思ったのかカインは一度呼吸を整えて静かに切り出した。
「……お前に大事な話があるんだ」
「知らない」
「本当は任務が終わったら一番に言いたかったんだ。このままでいいから聞いてくいれ」
「聞きたくない!……っう」
ぐらり、と結界が揺れる。オーエンの魔力が不安定なせいだ。それでもここまでの結界を貼れるとは流石オーエン。
「オーエン⁉︎ 大丈夫か? ……なぁ腹の子にも触るし、なにより俺はお前が…………」
「だまれ!!」
今日一番の怒鳴り声があたりに響きわたる。すごい剣幕だ。嵐の谷の精霊達も母親になりかけの魔法使いの怒りを恐れて様子を窺っている。早くなんとかしてあげてとばかりに視線を感じるが今のままではどうしようもない。いや、俺だってなんとかしたいんだけどね?
「オーエン、俺からもお願いです。決して不利なことにはしませんからここから出てきてください」
「賢者様…………この嘘つき、言うなって言ったのに……覚えておけよ……」
賢者様の懇願にも折れないどころか尚更頑なになった気がするのは気のせいではないような気がする。オーエンのことだ、気配で自分達がいるのはわかっているだろうがこれ以上刺激しないように口を出さない。ただそろそろ医者としては待てない。最悪の事態も頭の隅で考えている間にも因縁の二人はまた更にヒートアップしている。
一体何がどうしてこんなことになったのか、そんなことはフィガロだって知りたかった。