煉獄家のおじ上ꕤ寿郎は、自分の家が大嫌いだった。
夕飯を済ませると、お腹の大きな母は、上座に坐る父にゆっくりとお辞儀をした。
「では、今夜も行って参ります」
「うん、よろしく頼む」
母が部屋を出て行くのを、ꕤ寿郎は黙って睨んでいた。
今夜、庭で焚き火をする──観篝(かんかがり)という、煉獄家の古くからのしきたりである。
子供を授かった煉獄家の嫁は、お腹に赤ちゃんがいる間は、7日おきに2時間ほど大篝火を見る。
そうすることで、煉獄家の特徴的な焔色の髪と瞳を持った男子が生まれるのだ。
(余計なことを……)
ꕤ寿郎は、舌打ちしたい気持ちだった。
この父や祖父と揃いの髪色が、何よりも嫌いだったのだ。
煉獄家は、代々教師を務める家系。
江戸の時分には、お殿様にも教養を授けた立派な家らしい。
しかし父、千寿郎は料理人である。
今は大正時代、西洋の料理が日本にはたくさん入ってきたものの、レストランの厨房というものはヤンチャして行き場を失った者の受け皿の要素が大きく、その職の地位はとても低い。
父は特技を仕事にしたのだというが、裕福な家庭からよりによって料理人とは……信じられない。
祖父、槇寿郎は教師であったが、その鍛え抜かれた鋼のような肉体を見込まれ、日露戦争に参戦した。
追い込まれた二〇三高地を命からがら生き延びたが、戦友を失い…妻を病気で失い…すっかり気力を無くして、酒浸りの日々。
今や耄碌ジジイと近所で揶揄されている。
そんな家族の一員であることが、一目でわかってしまうこの髪色。
ꕤ寿郎は、そんな自分の頭髪を恨めしく思い、なるべく短く切っていた。
一体、躍起になって、この家の何を守るというのだ……。
この煉獄家に生まれてしまった不幸に、自分が可哀想で泣けてくる。
──いや待て、煉獄家には、最も恥ずかしい存在がいる。
「ꕤ寿郎、こちらに来なさい」
その男の名前を思い出すより先に、父がꕤ寿郎を呼んだ。
しぶしぶといった様子でそばに座ると、父・千寿郎は険しい顔つきで咎めた。
「返事は?」
「………はい」
自分の前では厳しい父親のように振る舞っているが、本来は気が弱いことを知っている。
優しい性格につけ込まれて、面倒事を押し付けられているのもしょっちゅうだ。
気のいい返事をしたくなくて、ꕤ寿郎は俯いた。
「もうすぐ、お前の弟か妹が生まれるのは、わかっているな」
「はい……」
「そこで、しばらくのあいだお前を、俺の兄上に預ける」
「はい………え!?」
ꕤ寿郎は思わず顔を上げた。
父の兄といえば、煉獄家の最も恥ずかしい存在、その人だ。
「…杏寿郎おじ上のところに……?」
「そうだ」
ꕤ寿郎は慌てて頭を振った。
冗談じゃない、ぜったいに嫌だ…!!
煉獄杏寿郎──俺のおじ上は、男の恋人と煉獄家を出て行った男だ──