夜の町を彷徨うつがい達の話 町はネオンの灯りに包まれ、静寂の中できらめきながら息をしているかのようだった。一歩一歩と進む足元が、幻想的な町にリズミカルに響く。淡い光が私の髪を照らし、その光を受けて菫色の瞳が周りの景色を飲み込んでいった。
この町は私が生まれ育った場所のはずだった。しかし、目の前に広がるのは、見知らぬ景色ばかり。古びた看板、知らない店、耳に届く聞きなれない音楽。すべてが新しく感じられ、まるで初めてこの町を訪れたかのようだ。不安と興奮が入り混じった感情を抱えながら、何かを探し求めて歩き続けている。その”何か”が一体何なのか、自分自身でも良く分かっていない。でも、その”何か”を見つければ、この不思議な感覚から解放されるのではないかと感じていた。
夜が深まるにつれ、町の飾りは目の前でより鮮やかに煌めく。しかし、その眩い光の中で自分が探しているもの、見つけたいものが見えない。足元は自動的に進むように感じられるが、どんな風景が次に現れるのか、心の中では想像がつかない。
町の中心部に近づくと、人々の笑い声や話し声が聞こえてくる。だが、探している友人の声や姿がどこにも見当たらない。彼と一緒にこの町を歩むはずだった。なぜ彼は隣にいないのだろう。その現実が心を苦しくさせる。この町が現実のものでないと、心の底で感じている。町の不自然な喧騒や微妙な矛盾、それはまるで自分の感情や混乱を映し出す鏡の様だ。この町が夢か、自分の心の中の風景なのか。しかし、彼がここにいないことが最も理解できない。なぜ私の隣にいないのか。この夢の中で、最も側にいて欲しい存在だったのに。
瞳を閉じれば、一緒に過ごした彼との日々の瞬間が脳裏に浮かぶ。でも目を開けると、町には笑顔の人々しかいない。自身が何を求め、何を見つけたいのか、はっきりとは分からない。でも、なぜ彼の存在がこんなにも心を揺さぶるのか。その思いに苛立ちながらも足は重たく、絶えず前に進む。
町をさまよい、ネオンの光に照らされた街角にたどり着いた。その光は一見綺麗で、色とりどりの輝きが夜の闇を切り裂いていた。だが、その輝きも心に沁みるような暖かさは持っておらず、人工的な光の中に彼がいるとは考えにくかった。かといって隠暗で猥雑な裏道、そんな場所にいるはずもない。もしそんな場所にいたら、即座に連れ戻してやる。しかし、もしそこにいたら?…まずはどう接するのだろうか。優しく抱きしめるのか、それともただ黙ってあいつの側に立つのだろうか?………
そんなことを考えながら歩いていると、少年が灯りの下で目の前に現れた。明るい金髪が肩を超えて流れている。彼の碧眼は知性を湛えており、その美しい顔には矛盾するような聡明さが感じられた。
「おや、迷子の狼君かな?」
幼いながらも堂々とした声が降ってきた。張りのある声は変声前の柔らかさと同時に将来の風格が感じられた。
彼が私の姿をじっと覗き込んできたのを感じ、それに答えるように私も彼を見上げた。声からは、動物たちに対する深い愛情と興味が伝わってきた。彼は私の背中に手を伸ばし、その毛を撫でながらなんて素晴らしい毛触りなんだろう、と言い微笑む。その言葉と彼の手の温かさに、気づいたら私は膝をついていた。体を撫でられた感触が、私の中の人間としての意識を揺さぶると同時に、今の自分の姿が通常の人間の形ではないことに気づく。
「君はここに来る前、何をしていたの?」
少年の深い碧眼が私をじっと見つめた。
手を伸ばして自分の姿を確認しようとしたが、触れるのは厚みのある毛皮だけだった。
「私は…友達を探している。彼と一緒にここに来るはずだったんだ。」
と、獣の口から人間のような言葉を発した。この体で、自分の言葉が少年に伝わるのか内心迷ったが、彼は驚くことなく当然のように応えてくれた。
「君のような子が、さっき広場に向かって歩いて行ったよ。」
その言葉に、目を大きく見開いた。
広場に足を運ぶと、月の下で銀色の毛並の狼がじっと待っていた。その姿を目の当たりにし、心の中が一気に温かくなり、胸が高鳴るのを感じた。目頭が熱くなり、ゆっくりとその狼の前に進んだ。菫色の瞳が銀色の毛並みを優しく見つめ、空色の目に映る自分の姿を捉えた。
「会いたかった」
と、声に震えを帯びて言葉を紡ぎ出した。
その言葉に反応して、銀の狼はゆっくりと目を閉じた。しばらくの静寂の後に
「僕も、ずっと会いたかったんです。…」
と言葉を途中で切り、感情を隠しきれない様子であった。
「ここは俺の夢なのに、何故お前と会えなかったんだろう」
と声を震わせながら、再び彼を見つめると、少し目を伏せて考え込んだようだった。そして、しばらくの沈黙の後、柔らかな表情で答えてくれた。
「夢でも現実でも、僕たちはここにいます」
彼の鳴き声が心地よく響いた。
私達は互いの存在を確かめるように、横に並びながら静かに夜の町を再び歩き出す。
先の見えない深い闇や、様々な人々が行き交う町の不確かさ、ネオンの胡乱な輝き。それらは彼と並ぶことで遥か彼方へと消えていった。
「お前はいつからここにいたんだ?」
と問いかけると、彼は
「初めからいましたよ」
と私の予期していた返答を返してきた。
この先に待ち受ける未知の世界も、彼と共になら何の心配もいらないと、心のどこかで確信した。