☓番出口気づけば、薄暗い場所に常闇は立っていた。
先程まで、街中で…ああ、そうだった。子供の個性を浴びたのだった。泣きじゃくる子供を発見し、親を探していた途中。無意識のうちに子供が個性を発動させ、もろにそれを食らってしまった。無意識の個性の発動を急遽防ぐには、さすがに常闇も黒影にも難しかった。
一体どのような個性だったのか、現在の状況を改めて確認しても、まったく想像がつかない。薄暗い、まるで地下道のような場所。不衛生というわけではないが、どこか人を不安にさせる雰囲気があった。どこかに飛ばす個性か、はたまた今いる場所は現実ではなく仮想空間なのか。黒影に呼びかけても反応がないことから、おそらく後者であろう。
ひとまず、常闇は通路を歩いてみることにした。一本道の通路は、特に変わったところはない。そこまで広くもなく、曲がり角をいくつか曲がると、黄色の看板のようなものが壁にかかっているのを発見した。
「0番…?」
そこには、『出口 0番』という文字。出口という言葉があるということは、この空間から出ることは可能であるということか。なにかヒントはないかとくまなく看板を確認したが、なじみのない駅名以外にはなにもなかった。
仕方がない。出口と言うのならば、そこに向かうまで。常闇は注意を周りに注意を払いながら、足を進める。しかし、一向に出口…ここが地下ならば、階段のようなものはなく。
「ここは…俺が先ほどまでいたところでは」
あまり目印といったものはなかったが、見覚えがある。足早に先へ進むと、さきほどと同じ黄色い看板が目に入った。しかし、そこに書いてある数字は、0ではなく1。同じ道をたどったはずなのに、異なる看板がかかっていた。
「ご案内…?さきほどまでなかったはずだが」
変化していたのは看板だけではない。その横に、白い『ご案内』という看板が増えていた。
そこには
『異変を見逃さないこと』
『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』
『異変が見つからなかったら、引き返さないこと』
『8番出口から外に出ること』
の4つの案内が書かれている。つまり、3つの条件を守りつつ、8番の出口から出て行けば、この個性からは解放されるらしい。
なんとも厄介な個性である。そもそも、この『異変』とはなんなのか。閑散としたこの通路で、一体どのような異変が起こるというのか、常闇にはさっぱりわからなかった。
ともかく、外に出るには8番まで数字を進めなくてはならないらしい。先ほどは0番だったのに1番になっていたということは、今通ってきた通路には、なにも異変がなかったということだ。
黒影が出てこれない以上、戦闘となるような異変はなるべく出てきてほしくないと思いながら、通路を進む。やはり、異変はない。この角を曲がり、もう一度曲がれば今度は2番になっているだろう。
「常闇くん?」
聞きなれた声。なぜ?彼までこの空間に飛ばされたのか。否。そうではないことは、彼…ホークスを見れば、すぐにわかる。
「どうしたの?そんなおばけでも見ちゃったような顔して」
出会ったときよりも短くなった、明るい髪の毛。頬と額に残る傷跡。それは、常闇の知っているホークスだった。
しかし。
赤。彼の背中には、赤があった。久しく見ていなかった、たっぷりと羽根を蓄えた、大きな翼は、刀の代わりに背中で主張をしていた。そして、彼の着ている服は、真っ黒なスーツではない。黄土色の、温かそうなフライトスーツのようなヒーロースーツ。
常闇が、見たいと願って、しかし叶わないとわかっている、「剛翼が戻ったウィングヒーロー・ホークス」が、そこにはいた。
「常闇くん?そんな離れたところにいないで、こっち来てよ」
ホークスの声で、ホークスの顔で、常闇を呼ぶ。これが、異変。ありえないものが現れることが異変だというのか。
『異変を見つけたら、引き返すこと』
これが異変だと言うのならば、常闇はすぐさま振り返ってもと来た道に戻らないといけない。
「ホー、クス」
「そうだよ?はは、なぁに。俺の顔なんかついてる?そんな凝視しちゃってさ」
「ホークスなのか、なぜ、剛翼がある」
「うん?なぜって、逆になんで俺の剛翼がないって思ったの?確かにあの戦いでめちゃくちゃ消費してなかなか戻らなかったけど…今はもうばっちりだよ」
「公安は…委員長だろう?」
「俺が?目良さんでしょ?まぁ、大変そうだからサポートはするようにしてるけど…」
常闇の問いに、まるで当たり前だろうとでも言うようにホークスは答える。彼は、誰なのだ。自分の知っているホークスは、剛翼は元に戻らなかったし、公安の委員長として目まぐるしく駆け回っている。
「あなたは、誰だ」
「俺はホークスだよ。君の…師匠で、将来の就職先の所長!」
ああ。わかってしまった。彼は、目の前のホークスは、自分の理想のホークスなのだと。剛翼を失わず、福岡でホークス事務所の所長として市民たちを守り続けるヒーロー。もちろん、今だって彼はヒーローを完全に辞めたわけではないことは理解している。それでも、常闇は見たかった。もう一度、赤い美しい翼で、福岡の空を飛ぶホークスを。
「ね、常闇くん。もっとこっち来てよ。あっち出口だって」
「し、かし」
「そっちに戻ったら、出れないよ?ほら、一緒に行こう」
黒いグローブに包まれた手が、常闇に差し出された。わかっている。この手を取ってはいけないことを。元来た道を戻らなければならないことを。
それでも、目の前のホークスが、あまりにもきれいに笑うから。ふわふわと常闇の周りを舞う柔らかい剛翼が、優しく頬をなでるから。焦がれた人が、そこにいるから。
「こっち来て。俺の手を取って。常闇くん」
そんな、愛しいものを呼ぶような声で、名前を呼ぶから。
「は、い」
「うん。いい子」
その手を、取ってしまった。それでも重い脚を、剛翼が軽くつつく。幼子でも振りほどけるくらいの力で柔らかく握られた手を、離すことはできなかった。
「この辺に美味しいカフェがあるんだって。ちょっと遅いけど、お昼はそこに行こう?アップルパイもあるし、タルトもあるらしいよ。きっと常闇くん気に入るよ」
「そ、うか」
「…嬉しくない?」
「いえ…」
「もう。さっきから暗い顔ばっかりしてるじゃん。美味しいもの食べて、元気つけてパトロール再開しよ!」
大きく口を開けて笑いかけたホークス。もう、足は重くなかった。
「ここは…」
先程、ホークスとともに角を曲がったはず。それなのに、常闇は一人で、元居た場所に戻っていた。足早に通路を進むと、看板の文字は0番に戻っている。
なるほど、異変を見つけ、引き返さないと振り出しに戻るというわけか。先ほどは『異変』にまんまとしてやられたというわけだ。『異変』だとわかっているのに、それを振りほどけず手を取ってしまったことを恥じるべきだ。それなのに、なぜ、自分は喜んでしまっているのか。思わずその場に座り込み、頭を抱える。
ここは、『異変』が起こる不思議な空間。そして、その『異変』は、おそらく自身が焦がれているもの…理想的なものが現れる。まるで催眠にかかったかのように、常闇はホークスの手を取ってしまった。実際は催眠などかけられていない。それほどに、目の前に現れたホークスは、常闇が求めていたものだった。
自分の妄想が目の前に現れているだけなのだ。なにより、理想のホークスに目がくらんでいるのでは、本物のホークスに大変失礼であり、申し訳ない。
ばしん。痛いほどに強く頬を叩く。今度こそは、あのホークスを振り切って、引き返す。必ず、出口を出て現実へと帰る。なんといったって、今日はホークスと電話をする約束をしていたのだから。忙しくて寝る間も惜しんで仕事をしているホークスが、なんとか作り出してくれる、週に一回の電話の時間。たった数分だけだが、ホークスの声が聴けるのであれば時間なんて関係なかった。ホークスにおかしな個性にかかったことがばれないうちに、さっさと帰らなくては。「自分の理想のホークスに会っていた」だなんて本人にばれたらあまりの羞恥と申し訳なさで、しばらく声も聞けなくなってしまうだろうから。
「あー!疲れた!目良さん!休憩もらいます!」
ぱたんとノートPCを閉じて、ホークスはスマホを持って部屋を飛び出した。少し約束の時間よりも遅くなってしまったが、彼はきっと許してくれるだろう。
空き部屋に入って、スマホをすさまじいスピードでタップする。早く、早く声を聞かせて。そう思っているのに、なかなかダイヤル音は途切れない。タイミングが悪かったか、と顔をしかめると、ようやくダイヤル音が止まり、『はい』という声。
「え、あの。常闇くんじゃないですよね?」
『ああ。担任の相澤です』
「これ、常闇くんの携帯にかけてるんですけど」
『常闇の携帯に出たからな』
「なんでです!?」
電話に出たのは、待ちに待った常闇ではなく、担任の相澤だった。どうして相澤が。考えられるのは、悪いものばかり。
「すいません。常闇くん、なにかあったんですか」
『話が早くて助かる。常闇は今入院中だ』
「入院…?どこか、大ケガでもしたんですか」
『電話越しに殺気出すんじゃない。個性事故に遭って、外傷はない』
「そ、うですか…よかった」
ひとまず、怪我をしたわけではないことに安堵し、ずるずると壁越しにうずくまる。それでも雄英ではなく、入院をしているというのは、やはり大事なのではないか。
「入院って、いつからですか」
『昨日の昼からだ。眠りにつく個性だから、点滴を打っている』
「待ってください。点滴を打たなきゃいけないくらい、長く眠るってことですか」
『ああ。いつ眠りから覚めるかわからない。最悪、このまま寝たきりかもしれない』
「……。解除の条件はわかっていないんですか」
『子供が初めて使った個性らしい。両親の個性からも解決方は導き出せていない』
「なんすか、それ」
それでは、常闇はずっと寝たきりだというのか。白いベッドの上で、点滴をつけて。それは、ホークスにとって、二度と見たくはない姿だった。
『わかっていることは、夢を見ていること。その夢からは自力で目覚めなければいけないということだ』
「夢、ですか」
『どんな夢を見ているかまではわからん。ただ、おそらく、その夢は常闇にとって目覚めたくないと思わせるようなものだと考えている』
常闇が目覚めたくなくなるほどの夢だなんて、一体どのような夢なのか。自分との電話をいつも楽しみにしてくれているのに、とどこに向けていいのかわからない嫉妬で、握りしめたスマホが悲鳴をあげた。
『一応病院の住所は伝えておくが…来るのか』
「いや、俺の忙しさ知ってるでしょ?今は剛翼もないからすっ飛んでいけないですし。常闇くんのこと、よろしくお願いします」
『わかった』
ぷつん。電話が切れた途端、大きなため息を吐く。本当は、すっ飛んで行きたいに決まっている。側にいて、俺と話をしようよと声をかけてやりたい。それでも、ホークスは責任者の立場だ。仕事をほっぽって行くわけにはいかない。
「常闇くん…」
どうか、早く目覚めて。無事でいて。スマホをポケットにしまい、ホークスは仕事を片付けるべく、部屋へと戻った。
「常闇くん、なんでそっち行っちゃうの」
「だから、引き返さなくてはいけないのだと…!」
「やだ。お願い。もっと常闇くんと話したいの。だからそっちにはいかないで」
「くっ…」
常闇は、苦戦していた。今度こそはと息巻いたのに、ホークスはあの手この手で常闇が引き返すのを止めた。ホークスを見た途端、引き返せばよいと考えた常闇は、2番の通路で赤が視界に入った途端、すぐに振り返り、駆けた。
そうして5番まで来たというのに、今度はホークスが学んだのか、常闇が角を曲がってきた途端、剛翼でずるずると自分のそばへと引っ張った。なんとなく、数字が大きくになるにつれて、ホークスの言動も変わってきているような気がする。
2番の通路で出会ったホークスは、手を差し伸ばしてきたものの、自分からは常闇の手を引かなかったし、剛翼で無理に引きずってはこなかった。
しかし、今常闇の身体に抱きついているホークスは、常闇に「戻らないで」と子供のように駄々をこねる。そんな行動が、まるで自分を好いているのだと錯覚させるから、質が悪いと常闇は歯ぎしりした。ホークスが自分に懸想してくれるわけがないのだ。自分たちの間にあるのは、信頼関係のみで、そこに恋だの愛だの浮ついたものがあってはならない。少なくとも、ホークスにはそのような感情はないのだから。
「常闇くん。行かんで。俺のそばにいて」
「だめだ。あなたは俺の妄想が生んだホークス…惑わされない!」
「妄想じゃないよ。俺は俺。常闇くんのことが好きな、ただの一人の人間」
「だからだ!ホークスは、俺のことをす、好きなどと言うわけがない!そもそも、ホークスが好きなのはエンデヴァーであって…」
「エンデヴァーさんは確かに俺の原点であこがれだけど…俺が大好き、そばにいたいって思うのは、常闇くんだけだよ」
「ち、がう!」
「俺は、常闇くんと一緒にご飯食べてるだけで幸せ。一緒に空を飛ぶなんて、本当に最高だと思う。中身のない会話をするのも楽しいし、こうやって、触れられるなんて夢みたいで、ほら。俺の心臓ばこばこ言ってるのわかる?」
ホークスが胸元に常闇の頭を抱えた。飄々としている顔だが、確かに、鼓動は大きく脈打っている。ああ、彼は、しっかり生きているのか。
「俺、常闇くんがいてくれるなら、それだけでいい。だから、お願い。引き返さないで」
「…すまない!」
どん。ホークスを押しのけ、無我夢中で引き返した。だめだ、このままでは脳みそが溶けてしまう。自分はホークスに、あんなことを言われたかったのかと湯だった顔をなんとか落ち着かせるために、立ち止まって深呼吸をした。5番でこれなら、先に進むとどうなってしまうのか。先ほど聞いたホークスの鼓動よりも早く、いっそ痛いまである胸をなんとか抑える。
「6番も、7番もなにもなかったか…」
恐々と進んだ先は、なにもなく拍子抜けだった。しかし、常闇は確信している。この先、8番に絶対にホークスがいると。そして、そのホークスはどんな手を使ってでも自分をまたもとの0番の通路に戻そうとすると。
そうなると、ホークスに捕まる前に、引き戻すのが得策だが、おそらくそれはできないだろう。きっと曲がった途端に捕まえにくる。
それに、最後に会うホークスからは、逃げてはいけない気がした。彼は、自分の理想…妄想から生まれた、哀れな存在なのだから。しっかりと向き合って、それでいて引き返さなければならない。脳みそが溶けようが、何をされようが。
「常闇くん」
「ホークス」
「好き。好きなんだよ。だから、出て行ってほしくない。俺のそばで、ずっと一緒にいてほしい」
「だめだ。ホークス。俺は帰らなくてはいけない」
「どうして?」
「帰った先に、あなたがいるからだ」
現れたホークスは、意外にも剛翼で常闇を引き寄せることはなかった。いや、いつでも羽を飛ばす準備はしていただろう。ただ、常闇が迷いなく自身の元へ歩いてきたから。ホークスは弱弱しく常闇の手を握り、祈るように額に押し付けるだけだった。
「きっと、帰った先にいる俺より、今目の前にいる俺の方が、君のことを幸せにできる」
「そうかもしれないな」
「そうでしょ?だからさ」
「それでもだ」
「…電話に出てくれなかったのに?」
「今は忙しい中、電話をかけてくれるし、メッセージの返事だってしてくれる」
「大事なことは話してくれないのに?」
「仕事のことは守秘義務があることは理解している。以前よりも、相談や近況報告はしてくれるようになった」
「空だって、飛べないよ」
「黒影とともに、一緒に飛べばいい」
「君のこと、好きじゃないかも…この言い方は違うか。君に恋してないかも」
「いいんだ。恋慕しているのは俺だけでいい。墓まで持って行こう」
苦しそうな顔をするホークスは、それでも常闇の手を弱弱しく握ったままだ。きっと、どこまでも優しいホークスは、常闇を無理やり先に進めようとしない。むしろ、逃げ道をふさがずにいてくれている。
「そんなに、『俺』が好き?」
「ああ」
「そっか。だめなんだね、俺じゃ」
「あなたがダメなんじゃない。俺がダメなんだ。弱い俺の心が、あなたを生み出した」
「ほんと、常闇くんってどこまでもかっこよくて、ちょっとむかついてきちゃった!ほら、もう行った行った!俺の気が変わっちゃわないウチに、さっさと帰っちゃえ」
とん。まるで泣きそうな顔で、無理やりに笑ったホークスは常闇の背中を押した。ああ、やはり、ホークスは、どんなホークスでも優しい。
「ホークス!」
「うわ!なに…」
「短い時間だったが、あなたと過ごせて楽しかった!」
「常闇く、ん」
「ありがとう、ホークス」
すり。振り返ってホークスに抱き着いた常闇は、くちばしをホークスの頬にすり寄せた。これくらいはしてもいいだろうという欲も少し含まれていたが、自分の理想として生まれ、自分を求めてくれたこの世界のホークスへの最大限の礼だった。
「さらばだ!ホークス!」
少しの気恥ずかしさとさみしさを感じながら、常闇は引き返した。そのまま足を進めれば、もう一度8番の文字。そして、今までなかった階段。ああ、ホークス。あなたに会いたい。焦る気持ちで階段を駆け上った。
「はぁーあ。俺だって、『ホークス』なのになぁ。だめかぁ」
ぱちり。目を開けると真っ白な天井が目に入り、思わず顔をしかめる。しばらく薄暗い場所にいたからか、まぶしさは目の毒だった。
「病院、か?」
「…常闇くん?起きたの?」
「……俺はまだ、通路にいるのか?」
「通路?なにそれ?体調悪いとかない?気持ち悪いとかは?」
「大丈夫だ」
なぜか、目の前にはホークスがいる。赤い羽はなく、真っ黒のスーツを着たホークスが。まだあの世界にいるのだろうかと身構えたが、しっかりと現実世界に帰ってきたようだった。
「なぜ、あなたがここに」
「相澤先生から連絡もらって」
「仕事は…」
「死ぬ気で終わらせてきた!で、こっちでもできそうなものだけ持ってきた」
「待ってくれ、ホークス。いったいどれだけここにいたんだ」
「ん?そんないないよ。まだ半日くらい」
あっけらかんと答えるホークスだが、常闇は今のホークスにとっての半日がいかに貴重か理解している。
「相澤先生がさ、常闇くん次第では目が覚めないかも、なんて言うから」
「大変、ご迷惑を…申し訳ない」
「なんで謝るのさ。俺が勝手に来たくて来ただけ。目が覚めたのならすぐ帰らなきゃいけないけど…帰る前にさ、結局のところ、どんな個性だったわけ?」
「それは…」
「個性の持ち主の子のためにも、言わなくていい、とは言えないんだよね」
ホークスに言うのか。自分の理想のホークスが現れて、自分にそばにいてほしいとすがってきたと。きっと、困惑どころではなく、不快感すら見せるかもしれない。
「教えて?」
「…あなたがいた」
「俺?」
「おそらく、個性の内容としては、夢の仲にとじこめるものかと。夢から覚めるには、条件を満たす必要があった」
「なるほどね。条件は?」
「夢の中では、通路のような場所にいた。8番出口にいければゴールだが、『異変』がそれを阻害してくる。おそらく、時間の経過も現実世界とは異なる···のかもしれない」
「『異変』ね…どういったものだったの?」
言葉を選ぼうと、常闇はくちばしを開けては開いてを繰り返した。それを見たホークスは、常闇を安心させるため、手を握る。その力加減は、あの通路にいたホークスと同じものだった。
「俺が出会った『異変』は、あなただ」
「俺?なに?ホラーチックだった?」
「…違う、剛翼があった」
ぎゅ。ホークスの手に力が入った。
「剛翼があり、ヒーロースーツを着ていて、福岡で空を守っているホークスと会った。す、ま、すまない。こんなこと、…!」
「それは、常闇くんにとって、どんな俺だったの?」
「きっと、理想だったのだと。あなたと、また空を飛びたいと、あなたとともに、平和を守りたいと。願って、しまった」
「うん、そっか」
ぼたりぼたりと常闇の大きな瞳から涙が落ち、ホークスの手を濡らした。こんなことを言われても困るだろうに、ホークスは優しく落ちる涙をぬぐってくれる。
「俺、嬉しいよ。常闇くんがそう思ってくれたこと。もう剛翼で空は飛べないけどさ…でも、一緒に平和を守っていきたいって気持ちは、俺も一緒だから」
「ホークス…」
「今度はさ、俺のこと抱えて夜間飛行としゃれこんでよ」
「ああ。ああ!もちろんだ」
「うん……でもさ、なんか、ちょっとむかつくな」
「!す、すまない…!」
「ちがくて!その夢の中の俺?常闇くん、数日間目覚めなかったんだけどさ、それくらい常闇くんのこと引き留められてたってことでしょ?」
さっきまでしんみりとした雰囲気が一変。ホークスがぴりぴりと空気を震わせる。それを常闇は感じ取ったものの、なにに対しての怒りなのかわからず、思わずシーツをぎゅうと握りしめた。むかつく、が自身が理想のホークスを生み出してしまったことに向けられているのではなく、生み出されたホークスに向けられるとは思いも寄らなかった。
「どんな手を使って常闇くんを阻んでたの?剛翼で囲い込んだり?」
「それ、は…!」
素直に言うべきか。言わない限り、ホークスは納得しないだろう。かといって「常闇くんが好き」と言ってすがってきたなど、言えるはずもない。
「その…」
「うん」
「こう、ドギマギ、させられた」
「ドギマギ!?!?なにされたと!?!?!?」
後日談
「俺が夢から覚めなかったことがあっただろう」
「子供の個性にかかっちゃったやつ?」
「あのとき、夢の中のホークスに何をされたかと聞かれてはぐらかしたが…」
「ドギマギすることでしょ?なんだったの?」
「…まさか、現実で同じようなことを言われて、されると思わなかった」
「なに!?どれ!?」