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    疲れて自宅で行き倒れた🦚と、それを回収して世話を焼く🛀

    ##レイチュリ

     昼間に「会えるかな?」などとメッセージが来ていたのを見て、その時は分からないとだけ返していた。だが、やはり気に掛かったので渡されている合鍵を使ってアベンチュリンの家へ向かうと、案の定玄関から伸びる廊下の上で行き倒れている男がいる。
    「……おい」
    「あは、レイシオ! 来てくれたんだね」
     辛うじて靴を脱いでいる彼は、ずりずりと衣擦れの音を鳴らしながら寝返りを打つと、へらりと笑ってレイシオの方に視線を向けた。その顔には疲労を中心に隠しきれない影が落ちていて、外面の良い彼でも限界を迎えていたことが窺い知れる。
    「そんなことだろうと思っていた。ここにお菓子たちもいるのはどういう了見だ?」
    「ん〜、僕が力尽きてたら寄ってきてくれたんだ」
    「アホな飼い主に付き合わされて可哀想に……」
     ちいさな三つのお菓子たちは彼の言う通り心配して駆けつけてきたのだろうが、今はその役目をすっかり忘れ、廊下の上ですうすうと寝息を立てている。
    「それはいいとして、いつまでここで寝ている気だ」
    「起こしてよ。なんか力抜けちゃったんだ」
     だらりと力無く両腕が天井に向けられ、抱っこをせがむ子供のように甘えてくる。それが子供ならいざ知らず、さすがに成人男性を持ち上げるのは多少骨が折れる。
    「……おねがい」
     器用にウインクまでしてせがんでくるので、結局根負けしてその上体を起こしてやる。ぐらりと揺れた頭は、それでもどうにかバランスを取って安定した。
    「はぁ、なんだかすごい疲れちゃった。ようやくの休みなんだ、いっぱい寝てやろうと思ってね。そんなこと考えてたら、家入った瞬間にスイッチが切れちゃった」
     あはは、と茶化すように笑って、アベンチュリンは床に転がっていたプライベート用の端末を回収する。それが差す時間を見ると、もうこんな時間かぁ、と少しだけがっかりしているようだった。
     その動作がいつもよりもずっと緩慢なことに違和感を覚えたレイシオは、彼の前髪を掻き分けて自身の手のひらをその額にべたりと押し当てる。
    「……ええ? 別に平気だけど」
    「それを判断するのは自分じゃない。自覚は無いにしても、今の君は目も据わっているし額も熱い」
    「気が抜けちゃったからかな」
     はは、と繕った笑いは続かず、ゆっくりと表情が真顔に戻っていく。それを見たレイシオは、ひとつため息をついて彼へと手を差し伸べた。
    「無理に風呂は入らなくていい。だが、こんなところにいたら余計に体を壊してしまう。行くぞ」
    「……はぁい」
     ようやく自分の変調を認めたアベンチュリンは、彼の手を取ってよろよろとリビングの方に足を向けたのだった。
     
     ***
     
     ルームウェアへと着替えさせてから体温計を渡せば、予想通り体温よりも二度ほど高い数値で検温完了の音が鳴った。
    「……ほんとだ、熱ある」
    「だから言っただろう。自己判断は当てにならないと」
     不満そうに口先を尖らせるアベンチュリンを尻目に、レイシオはキッチンからインスタントのスープを発掘してケトルのスイッチを入れる。ついでに風邪薬とゼリー飲料を揃えて、すっかり病人になったアベンチュリンの前にそれらを差し出した。
    「甲斐甲斐しいね、教授」
    「当たり前だろう。病人に当たってどうするつもりだ」
    「ふふ、そうなんだけどさ」
     湯気が立ち込めるスープをふうふうと冷ましながら、どこか嬉しそうな様子のアベンチュリンにつられてレイシオの口角も上がってしまう。ただ看病されているだけなのに、随分と安上がりな機嫌である。
    「たまには悪くないかもね。……まぁ、レイシオには迷惑かけちゃうけど」
    「百年壊れずに連続稼働する機械などない。ましてや、有機生命体である人間であれば尚更のことだ。どんなに気をつけていても、ダメな時はある」
    「慰めてくれてる?」
    「そう思いたければそう思うといい。……僕は君が薬を飲むところまで見届けたら風呂に入る」
     発した言葉はあまり可愛げのあるものではないが、その意図を正しく汲み取ったらしいアベンチュリンは「うん」と朗らかに笑った。
     
     体を清めてからリビングへと戻れば、ソファを占拠して横になっているアベンチュリンが視界に入った。時間的に見ればまだ薬が効いてくるタイミングではないけれど、すっかり安心し切っているようで顔色が少しまともになってきている。
    「……具合は?」
    「体がぽかぽかしてきてるけど、そんなに辛くはないかな。なんだか鼻水まで出てきたよ。……それより、安心したら目が覚めてきちゃったね」
     君がいない間ちょっと暇だったんだ、と口にするアベンチュリンの横には、いつの間にか移動してきていたお菓子たちが楽しそうに尻尾をぶんぶんと振っている。
     そのうちの一つを抱えながら、レイシオはアベンチュリンの足を退けて隣へと腰を掛ける。不満そうに鳴き声を上げたお菓子を改めて膝の上に乗せてやれば、満足そうな表情を浮かべながらまばたきをしている。
     その様子を見たアベンチュリンも上体を起こし、レイシオの膝の上でうとうとしているお菓子をゆっくり撫でた。
    「ふふん、すっかり懐かれちゃったね」
    「その点は飼い主に似たんだろうな」
    「はは! そうかもしれない。何しろ、こんなに良い男だからね」
     こてんとレイシオの肩に頭を預けたアベンチュリンは満足そうにふーっと息を吐き出し、レイシオの片手を自分の方に寄せて握り込んだ。
    「君、もう帰るかい?」
    「目を離すとまた行き倒れてそうだからな。不要なら帰るが」
    「……帰ってほしいように見えるかな」
     だとしたら僕の愛情表現が足りないのかも、と心にもないことを言ったかと思えば、今度はくすくすと肩を揺らしている。
     病人ということも相まって、ゆったりとした口調と朗らかな笑顔はいつもよりもずっとあどけない雰囲気を纏っていた。いつも外では隙を見せない立ち振る舞いをしている彼の素の表情は、こんなにも穏やかなのだ。
    「調子が悪いなら素直に言うんだ。『会いたい』だけでは伝わらない」
    「本当に分かんなかったんだよ。安心したら熱が出てきたんだ」
     でもありがとね、と小さく感謝の言葉を口にしたアベンチュリンに、レイシオは構わないと一言だけ返して、握られたままの手をそっと握り返したのだった。 
     
     ***
     
     レイシオに飲まされた薬が効いてきたのか、かなり調子が戻ってきているようだ。廊下に寝そべっていた時はあんなにも瞼が重かったのに、看病されて薬を飲んだ途端これなのだから、アベンチュリンの意と反して体は随分と調子に乗っているようである。
     早く寝ようとは思うものの、すっかり冴えてしまった頭のせいでそれは叶わない。せっかく彼と過ごしている夜なのにさっさと寝てしまうのが勿体無いと感じてしまって、こうして病人のくせにリビングでぐずっている。
     それを感じ取っているらしいレイシオは指摘することもせず、ソファからダイニングテーブルに場所を移した後ものんびりとアベンチュリンとの会話を楽しんでいるようだった。 
    「うーん、これでも早く寝ようとは思ってるんだよ。……すっかり遅くなっちゃってるけど」
     机の上の二人分のマグカップには、それぞれ好きなものが注がれている。さすがにここでコーヒーは許されないと踏んだアベンチュリンは、自分の体調を鑑みて牛乳に蜂蜜を落としたものを選んだ。
    「いや、元気そうで何よりだ。その調子ならじきに治る」
     伸びてきた手が再びアベンチュリンの額に押し付けられて、その温かさを確認したレイシオはふっと笑いを浮かべた。その顔があまりにも穏やかだったので、それを間近で食らってしまったアベンチュリンはうっかり照れてしまう。
    「こうやって甘えるのもそうだけど、君が帰る時間を気にせずにおしゃべりできるのは楽しいね。……付き合う前は、時間ばっかり見てたのに」
    「初耳だな」
    「言うわけないだろう? これでも恥ずかしいんだ。大の大人が、もっとしゃべりたいなんて口にするのは、ちょっとね」
     あの頃の自分の葛藤がこんな形で昇華されていることに幸せを感じ、そっとマグカップで口元を隠した。依然彼から投げかけられている目線は柔らかなもので、見られているこっちが照れくさくなってしまいそうだ。
    「……贅沢な時間だね」
    「すぐ金を送ろうとする君がそれを口にするとはな」
    「元々貧しい生い立ちなんだ、お金に換えられないものくらい分かってる」
     シリアスになりそうだった空気を「例えば、君とか?」と茶化してごまかすと、レイシオは呆れたように眉を上げてリアクションを取っている。外だと絶対にしないフランクな反応を見るたびにどきどきして、それが自分に向けられることに優越感を覚えてしまう。
    「こんな甘やかされたら、捨てられた時に悲しくなっちゃうよ」
    「まず、君は物ではない。それに、勝手に僕をそんな男にしてくれるな」
    「はぁ、君のモラルと情の深さにはいつだって驚かされるね。教授」
     人の気持ちに永遠などないことは知っているけれど、すでに知ってしまったこの温かさを手放すことができないことも分かっている。法的に何の効力も持たない関係だとしても、社会的に何も利がないとしても、それでも二人で歩むことを選んだのだ。
    「……その言葉、百年先まで覚えてるからね」
    「先に僕の命の方が終わりそうだな」
     果てのない約束をさらっと結んだことに心を打たれたアベンチュリンは、ふんと得意げに鼻を鳴らす彼を眺めつつ、鼻水を啜る振りをして滲み出しそうな涙を引っ込めたのだった。
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