貴方へ贈るマルベリー 吸血鬼の間には決して破ってはならない掟がある。それは
『吸血鬼同士での吸血は決してしてはならない』
吸血鬼の血液は同族にとって猛毒であり、口にすれば必ず死に至る。間違っても種族を絶やさない為に先祖代々から言い伝えられている掟であった。
だがこの同族同士の吸血行為という禁忌は現代になると恋人らの逃避に使われるようになった。身分が違い結ばれることの無い者らや同性同士で恋仲にある者らが「来世でまた出逢い、お互い祝福されますように」とお互いの血を口に含みあの世へ飛び立つ。所謂、心中というものだ。
そんな行為が蔓延ってしまっている現代。年若い子らがそれらを聞いてしまえば影響を受けてしまうのは明白で。
杉下京太郎と桜遥もまた、その禁忌とやらに触れようとしている最中であった。
杉下京太郎は古から繁栄してきた吸血鬼の子孫。純血のヴァンパイアである。
祖父からは幼い頃から「お前は特に御先祖の血を色濃く受けた。他と違い力も、吸血衝動も強い。日々己を律し、注意深く行動しなさい」と言いつけられ育てられた。確かに幼少の頃から力は強く、少し加減を間違えただけで物を、最悪の場合は生き物を傷付けてしまっていた。
そんな自分に嫌気がさし、あまり他者と関わらず触れ合いもせず、俯き歩く生活を送っていた。
そんな先の見えない暗闇の中にいるような生活に一筋の光が差した。
この町に、桜遥という吸血鬼が越してきたのだ。
パキッと分かれた白と黒の髪の毛、瞳には静かな夜と燦々と輝く太陽を住まわせている。その体からは混血独特の甘い香りが漂い、鼻腔を擽った。
そして何より魅力的だったのが圧倒的な強さだった。混血など微塵も感じさせない程の強さ。他者に屈することなくその歩を進める後ろ姿。己の身に余る強さに己自身が屈してしまっていた杉下には桜はあまりにも美しく、眩しく映ったのだ。そしてそんな桜を目にした瞬間、酷く喉の奥が渇くような、灼けるような感覚に襲われたのを覚えている。
一目惚れだった。
どうしてもこの男を自分のものにしたいと強く思った。どうしても傍に居て欲しいと願ってしまった。
それからは己の中に湧き上がる想いをこれでもかという程伝えた。桜は混血故に今まで他者からの当たりは強かったのだろう。初めのうちは「近寄るな、揶揄うな。オレは誰とも番う気は無いし、お前と関わる気もない」と拒絶する一方だったが、一つずつ丁寧に「好きだ」伝えた。長く粘り続けた結果が実り、見事杉下と桜は恋仲となったのだった。
だが自分は純血、相手は混血。おまけに同性同士である。祝福などされるはずも無い。
コイツと共に居られないのなら、いっそ
そう思った。だがこれはあまりに一方的で、身勝手な願いである。
ふぅ……溜息をつくのは何回目であろうか。ここ最近では先のような考えばかりが頭を過ぎり、目の前がぐらぐらと歪む。
「……杉下?大丈夫か?」
眉間に皺を寄せ、俯く杉下を心配した桜がその顔を覗き込む。真っ直ぐとこちらを見つめる色の違う瞳は宝石のような輝きを放っている。こんな美しい宝石を、割ろうとしているなんて。自分自身に腹が立つ。
ごちゃ混ぜになった思考に顔を歪めると桜に「なぁ、本当に大丈夫?」と髪を撫でられた。桜の指先から伝わる体温に気が緩んでしまい、つい口から言葉が漏れる。
「……………………お前はさ」
「ん?何?」
「…………お前は、オレがお前と共に居られないのなら、いっそ来世に期待したいと言ったら……幻滅するか?」
言ってしまった。
こんな、ドロドロとした感情は向けるべきでは無いのに。愛しているのなら、尚更。
忘れてくれ、そう言おうと口を開いたが上手く息ができない。言葉もそのまま奥底へ消えてしまった。
長い長い沈黙。
この先に待っているのは拒絶だろうか、それは嫌だと手を伸ばした。
そんな縋るような杉下の手に指を絡ませ、桜はふっと微笑んだ。
「お前がさ、今世で息をするのが苦しいなら……オレも一緒にここを去るよ」
「混血で見た目も変わってる……こんなオレに愛してるを伝えてくれたんだ。そんなお前を見捨てるなんて非道な真似、出来ねぇだろ」
「来世でも絶対さ、オレのこと見つけて……愛せよな」
すぅっと細められる目元。その顔があまりにも慈愛に満ちていて。
杉下は何かが自身の頬に伝うのを感じた。
「…………愛すよ、何回生まれ変わったって」
「泣くなよ、似合わねぇな」
「うるせぇ、お前が泣かせたんだろ」
「そうだね、京太郎くんは泣き虫だね」
「はっ倒すぞてめぇ」
はははっと笑い声が辺りに響く。ぱちりと目が合い、どちらともなく唇を重ね合わせた。
あぁ、なんて穏やかなのだろう。こんなに安堵したのは何時ぶりだろうか。
何度か角度を変えながらのキスを楽しみ、ちゅっとリップ音を立てて離れる。
「…………ねぇ、杉下。最期にお前がオレに贈ってくれるのは何の花?」
キスの余韻で潤んだ瞳を向けてそう質問を投げかける桜。
いつから続けられている儀式なのか、吸血鬼同士が心中する時は愛する相手に最期の花を贈るのだそうだ。
杉下は暫く考え込んだ後、小さな声で答える。
「…………………………マルベリー」
「マルベリー?薔薇とかじゃなくて?」
「あぁ、ぴったりだろ。オレたちに」
「ふぅん、何がぴったりなのか知らないけど」
「お前は勉強しような」
「馬鹿にしやがって、大して学力変わらねぇくせに」
むぅ、と頬を膨らませそっぽを向く桜。悪かったよ、と笑いながらその頬をつんつんと突く。
「もう一回キスしてくれたら許すよ」なんて愛する人に言われて断る理由もなく、「仰せのままに」と優しい口付けを交わした。
なぁ桜。お前は別に知らなくたっていいよ。花言葉なんて、柄じゃないだろう。
でもオレたちが死ぬその時、その意味はお前に伝えてやろう。
マルベリーの花言葉は
『ともに死のう』
そしてもうひとつは
『貴方(彼女)の全てが好き』