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    Tofu_funya2

    @Tofu_funya2

    己の欲望を吐き出すだけです。

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    Tofu_funya2

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    魔王と子猫の物語
    貴方の匂いと声を、一生忘れません

    #すぎすぎ
    #三連の地獄

    涕泣、潮風遺る町の隅にて 無性に恋しくなる人が居る。
     母親に罵声を浴びせられ、暴力を振られた時。父や祖父母には見て見ぬふりをされた時。知らない女と夜を過ごしサヨナラした時。
     どうしても、会いたくなってしまう人がいる。
     
    「……………………お兄ちゃん」
     
     人とは脆いもので、いくら表面上では取り繕っていても確実にボロが出てくるものだ。
     積み上げていた積み木がグラグラと揺らぎ崩れるように、コップになみなみと注がれた水が零れ落ちてしまうように。
     今歩いている道が道なのかすら分からないくらい視界が歪んで、歩みを止めそうになってしまうことがある。
     それをいつも救ってくれたのは『お兄ちゃん』であった。
     積み木を正しい位置へと戻してくれて、零れてしまった水を優しく指で拭ってくれるお兄ちゃん。
     その人に、どうしても会いたい。
     でも、もうそれは叶わない夢なのだということは悟っている。慕っている『お兄ちゃん』はある日突然姿を見せなくなった。
     名前すら知らない人だ、どうしたって探しようもない。
     探したところで見つかるはずもないのだろう。〝そういう世界の人〟だというのは何となく察していた。
     だから、〝そういう世界の人〟が最期に行き着く場所はどこだろうかと必死に考えた。
     
     考えて、考えて、考え抜いた先が……海であった。
     
    「………………この時期の海は、寒いかなぁ」
     
     最後に海に行ったのは夏の終わり頃だっただろうか、随分と日を空けてしまった。
     何かと理由をつけて海を避けていたのは謝ろう。だって、『お兄ちゃん』がもう居ないという事実を受け入れるのはあまりにも時間が必要だったのだ。
     さて、と簡単な身支度をして立ち上がる。大事な物も特に無いので、ほぼ手ぶらで海へと向かった。
     
    「…………そういえば、アイツ散歩好きって言ってたな」
     
     特徴的な白黒頭、昼夜を潜ませた瞳を持つアイツが浮かんでくる。散歩が好き、などと言っていたが……そこらを歩いている〝客〟を探してるだけだろうが、と内心毒づいたのを思い出した。
     
    「…………たまには、違う道から行こっかなぁ」
     
     海へと向かう時はいつも大通りを歩いてゆくが、今日は何故だか遠回りをしたくなった。別にアイツの影響なんかじゃない。
     頭に浮かんで離れない白黒猫にしっしっと手を払い、狭い路地へと足を向ける。
     右へ曲がったり左へ曲がったり、行き止まりであれば戻ったり。
     そうこうしているうちに潮風が海の香りを運んできていることに気が付いた。海ももうすぐそこなのだろう。
     たったっ、と少し駆け足になる。
     
     お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。
     
     あの温度は無くたっていい、ただ共に過ごした日を忘れたくなくて。
     早く、と自身を急かしながらフェンスをよじ登り、曲がり角を抜けた時だった。
     目の前に広がるのは灰色の煙を吐く工場地帯。煙のせいか辺りは薄暗く、周りを飛んでいる無数の烏たちがギャアギャアと喧しい。波の狭間から聞こえる鈍い金属音がより一層不気味さを醸し出していた。
     
    「…………あぁ、クソ。何で気付かなかった」
     
     気付かなかった、というのは言い訳だ。『おにいちゃん』に会いたい気持ちが先走り、鼻につく錆びた匂いと埃っぽさに気付かないふりをしてしまった。
     ここは町の人間ならばまず近寄らない、近寄りたがらない。こんな不気味な雰囲気を醸し出す工場地帯だ、当たり前と言えば当たり前だろう。
     しかし、オレたちのような少しばかりやんちゃをする奴らはこの工場地帯に好奇の目を向けている。とある〝噂〟……ヤクを売り捌いてる役人がいるだの、人身売買を生業としているチームがいるだのというのをよく耳にするのだ。興味本位、度胸試しで立ち入ろうとする馬鹿も居るらしいが……尽く梅宮さんにシメられていた。
     あの梅宮さんが口出しどころか手を上げてでも行くことを止める場所なのだ、ここは。
     
    「…………梅宮さんにバレるのだけはごめんだな」
     
     あの人が烈火の如く怒り狂う様を想像しただけで冷や汗が止まらなくなる。さっさとこんな場所からおさらばしなくては。
     くるりと踵を返した瞬間、背後から話し声が聞こえてきた。
     ピタリと動きを止め、耳を傾ける。
     
    「なぁ、タロウさん何考えてんだろうな?」
    「ア?何の話」
    「いやいや、ほら……商品逃がされたことあったろ。あん時のガキ見つけたっつーのに何で始末しねーのかねって話。分かりやすかったろ、白黒頭でよォ……目も色違いで……って今は片方失くしたんだっけ?勿体ねぇよなぁ。始末しねぇならさっさと売り飛ばしちまえば良かったのに」
    「無駄口叩いてねぇで仕事しろボケ。それこそタロウさんにバラされて売られるぞ」
     
     白黒頭……?アイツのことか……?
     いや違う、アイツの両目は今も昼夜を宿している。
     人違いか、と少しだけ安堵した自分に心の中で舌打ちをした。
     そんなことより今コイツらが話している内容の方が重要だ。商品?売る?始末?物騒な単語が羅列しているのが波の音と金属音の狭間から聞こえる。
     
     嫌な勘が当たりませんように。
     
     そう願いながら陰からちらり、と話し声のする方へと視線を向けた。
     黒いローブに身を包んだ人間が二人。背丈からして男性だろう。
     フードを深く被っているが、隙間から何やら白い面が見えている。懐が妙に膨らんでいるのは……ナイフか、短銃か。
     黒いローブが見えた時点でもう嫌な勘は当たっていた。
     
     〝海坊主〟だ。
     
     ここら一帯をテリトリーに活動しているとは噂に聞いていた。人身売買を生業にしていることも。だが噂は噂、本当に存在するチームだとは夢にも思ってはいなかった。
     それに〝海坊主〟の噂としてはもう一つ重要なものがある。
     『海坊主を見かけたら最期だと思え』
     要は消されるのだ、この場に足を踏み入れたが最期。人身売買なんてものをしている奴らだ、捕まったらどんな惨い最期になるかなんて想像に容易い。
     早くこの場から去らなくては、と息を殺しながら立ち去るタイミングを窺う。瞬きをする一瞬すら逃せない。自然と頬にたらりと汗が流れた。
     長いようで短い時間が経った頃、男らが大きめの黒い袋を手に取り、持ち場を離れようとするのが見えた。(よし、今なら……)と一歩踏み出す。
     だが何と運が悪いことか、足元に転がっていた空き缶を軽く蹴ってしまった。
     カンッ、という音が辺りに響く。小さな音ではあったが、男らの耳に届くには十分な音であった。
     
    「誰だ!」
    「おい、逃げんな!ツラ貸せや!」
     
     まずい、まずい、まずい。
     縺れそうになる脚をどうにか引き摺りながらもその場を駆け出す。〝逃げる〟という点において自分の図体のデカさはあまりにも不利だ、目立ち過ぎる。こんなに自分の身体を恨んだことは無い。
     息を切らしながら入り組んだ道を右へ左へと走るが、背後から追ってくる奴らの声が遠ざかることはない。
     
    「おい、手分けして探せ!」
    「絶対逃がすな、何聞かれたか分からねぇ」
    「おい、そこにいるテメェらも手伝え!背のデカい長髪の男だ、まだそう遠くには行ってねぇ。絶対見つけ出せ!」
     
     次第に追手の声が増えてきた。
     最悪、殴り合いにでも持ち込むか……いや、相手は〝海坊主〟だ。殴り合いなんて素直に応じるわけがない。一方的にナイフだの銃だのを使われてお陀仏だ。
     どうする、と焦りばかりが募って上手く息が出来ない。ハッハッ、と乾いた呼吸音が嫌に脳に響く。
     とりあえず今は前に走れ、そうでなければ待っているのは〝死〟なのだ。
     ごくり、と唾を飲み込み再度走ろうと脚を踏み出そうとした時だった。
     
    「…………ここで何してんだ」
     
     真後ろから男の声が聞こえた。
     振り向こうとするが、すぐさまぐいっと首根っこを引かれ壁に叩きつけられる。
     かはっ、と息を吐くと男は脇腹に何かを突きつけてきた。
     
    「ここはガキが遊びに来る場所じゃ…………ア?お前……………………子猫?」
     
     子猫。
     その言葉にビクリと肩が揺れる。その名は、その呼び方をするのは一人しかいない。
     
    「な…………んで、知って……」
    「アァ?覚えてねぇ?一回町で会ったことあるけど」
     
     『お兄ちゃん』の知り合いだろうか、当時は『お兄ちゃん』の傍をうろうろと歩くだけで周りの奴らの顔なんて覚えていなかった。
     おろおろと視線を泳がせていると、その男は深くため息をついた。
     
    「……で?子猫がこんなところで何してるわけ?まさか自殺志願者とかじゃねぇだろ?」
    「ちが、おれ、お兄ちゃんに会いにきて」
    「ハァ?アイツの縄張りはここじゃねぇだろ。会うならいつものクラブとかに」
    「もう!居ねぇの!あそこには!!!!」
     
     シンッ、と辺りが静まる。
     どういうことだ?と言いたげな男に言葉を続けた。
     
    「もう、居ない……から、会いに来たの。海に」
    「……………………あぁ、そういうこと」
     
     すいっ、と男の目が海の方へ向けられた。
     その視線がどこか、悲哀を含んでいるような気がした。
     釣られて海の方へ視線を向けようとするが、今はそれどころではないことを思い出す。早く逃げなければ。
     
    「あ、の……オレ、行かなきゃ」
    「ア?ここから逃げる術でもあんの?お前」
    「な、い……けど、走ればどうにか」
    「なるわけねぇだろ。町の境に居るメンバーにも多分もう連絡がいってる。町に逃げ込む前にズドン、だぞお前」
    「………………っ、」
     
     どうしようもない状況に手の先が冷えてゆくのを感じる。
     もうすぐそこで自分を見つけ出そうと躍起になっている奴らの声が聞こえる。
     もう無理なのかな、と俯きそうになる顔を男に掴まれ上を向かされた。
     
    「下向くな。仕方ねぇ、こっち来い」
    「え、なに、」
    「………………逃がしてやる」
    「な、んで……?アイツらの、仲間?なんだろ……アンタ」
    「仲間って言う程、情はねぇよ。それに、お前……アイツの愛猫でしょ?ここで死なれたら後味悪いからさァ。知らねぇとこで死んで」
     
     ぐいぐいと引っ張られながら連れられたのはとある一室。何かを纏めた袋が散乱しており、壁には所々黒いシミが点々とついている。中央には酷く古びたソファーがぽつんと置いてあった。
     電気はもうずっと通っていないのか、豆電球が割れており窓から差し込む僅かな陽の光のみが部屋の中を照らしている。
     男にぐい、とより一層力を込めて腕を引っ張られ、そのままソファーへと投げられた。
     
    「いっ…………た」
    「早くここ座れ。あともうすぐアイツらが来ると思うけど一言も発するな。いいな」
    「う、ん」
    「あと下脱げ。片脚だけでいい」
    「え、なんで」
    「いいから早くしろ。死にたくねぇんだろ」
     
     有無を言わせない雰囲気に従うしか選択肢は残されていない。
     カチャカチャとベルトを外しジッパーを下げ、スラックスの片方だけを残し脱ぐ。
     
    「ぬ……いだ、けど」
    「ん。ちょっと持ち上げるぞ」
    「えっ」
     
     素足を晒している方の膝の裏をぐいっと持ち上げられ、そのまま外側へ開かれる。
     なに、と抗議する前に男が脚の間へと身体を割り込んできて、そのまま腰を押し付けられた。そのまま男は上体をこちらへ倒し、羽織っているローブでオレの上半身を包み込むようにしてくる。
     
    「は、ちょ、なにっ」
    「大人しくしろ」
     
     状況が飲み込めずただダラダラと汗を流す。更に脚を広げられ、腰の角度を度々変えては強めにぐっぐっと押し付けられる。
     
     こんな格好じゃ……まるで……………
     
     カァァッと顔が熱くなるのを感じる。やめて、と声に出そうとした時だった。
     コンコン、と扉から控えめなノック音が響く。
     ビクッと肩を揺らすと「大丈夫」というように目を細められた。耳元に男の唇が近付いてきて「静かにな」と小声で囁かれる。こくこく、と頷き男が包んでくれたローブに控えめにしがみついた。
     ガチャリ、という音と共に誰かが部屋へ入ってくる気配がした。
     
    「失礼します。タロウさん、取り急ぎ報告が」
    「…………なァ、今オレが何してるか分かんねぇ?」
     
     ゆさ、と身体を揺さぶられる。思わず「ぅ、」と小さく声を漏らすと口元に人差し指を添えられた。声を出すな、ということだろう。
     そのまま何度かゆさゆさと激しく身体を揺さぶられる。ただ唇を噛み締めて声が出ないよう耐えた。
     
    「いや、ですが……今さっき、ここいらで彷徨いていた奴がいるとのことで……何を聞かれたか分からないので始末しなければ……」
    「あのさァ、何度も言わせんなよ。何してるか分かんねぇ?」
     
     ビリ、と空気が揺れるのを感じる。全身が強ばり総毛立つ。出そうになる悲鳴を、頬の内側を噛んで何とか堪えた。
     男は視線だけを扉の方へ向け、低く唸るような声を上げた。
     
    「なァ、今オレ何してんのかなァ?」
    「いや、えと」
    「〝仕込み〟だよ、上に渡す商品のさァ……それをお前は何の権限があって邪魔してんだ?ア?答えろよ」
    「ぁ…………」
    「はぁ…………まともに口も聞けねぇのか、テメェ?さっさと出てけ。不愉快だ」
    「し、つれい…………しました」
     
     バタン、と扉が閉められる。
     足音が遠くなったのを確認し、男は包んでいたローブから解放してくれた。
     
    「ふぅ…………まあこれでここら辺は暫く誰も近寄らないでしょ。後はオレが適当にシメて海に捨てたって言っといてやるから」
    「ぁ…………い」
    「ア……?なに、腰抜けたの?アハ、かわいいね」
     
     あ、今の笑い方……『お兄ちゃん』に似てるなぁ。
     場違いなことを思いながら呆然としていると、いつの間にかスラックスを履かせられカチャカチャとベルトを締められていた。
     
    「ほら、お前は早くあの町に帰んな」
     
     数度頭を撫でつけられ、さらりと髪を梳かされる。
     
     あれ、この触り方知ってる…………?
     
     オレはこの触り方を、あたたかさを知っている。
     のそりと起き上がり、男に近付く。猫背を更にグッと曲げ、もう一度男が羽織っているローブに頬を擦り付けた。目を閉じて深呼吸すれば潮の香りと埃っぽさ、そして奥にある血の匂いが鼻孔を擽った。
     知っている。オレはこれを知っている。
     遠い記憶に残された『お兄ちゃん』の横に在ったこの人が、ぼんやりと形を帯びてくる。
     たった一度だけであったが、オレに優しく触れてくれた人。
     「こっちに来てはいけないよ」と悲しげな目をした人。
     町を見る表情が夕陽に照らされてやけに儚く見えた人。
     
     なんで、忘れていたのだろう。
     
     男のローブをきゅ、と握り閉じていた目を開く。少し上にある男の目と合った。
     
    「………………やっぱ、会ったことあったね」
    「…………そうだって言ってんだろ」
    「ねえ、今度さ」
    「お前と仲良くお喋りしてる暇なんかねぇんだよ。さっさと帰れ」
     
     氷のような冷たい視線が突き刺さる。でもこの人の声だけはどこまでも優しくて。
     
    「………………わかったァ」
     
     男の残る部屋をちらりと見遣り、扉を閉める。小さく「またね」と呟いた自分の声はその人に届いただろうか。
     
     それからはただ真っ直ぐに町へ向かった。海の方へ傾く太陽がやたらと赤く色付いていて、まるで灼けているのではないかという錯覚さえした。
     
    「………………あ、お礼言えてない」
     
     またいつか、どこかで会えた時にお礼を言えるだろうか。名前を教えてくれるだろうか。
     それに、あの人は『お兄ちゃん』の知り合いだ。オレが何も知り得なかった『お兄ちゃん』のことを聞けるかもしれない。
     もう一度あの時のように優しく撫でながら、教えてくれるかもしれない。
     
     あの冷たくて、あたたかい人にまた会いたい。
     
     目にじりじりと焼き付いた夕陽を濁すように目を閉じた。
     
     
     
     
     
     
     あの工場地帯で大規模火災があったことを知ったのはこの出来事から数日後であった。
     鎮火後、身元不明の死体がいくつか出てきたらしい。
     その中に、きっとあの人もいたのだろう。こういう勘は嫌に当たるのだ。現にあの工場地帯付近を探し回ってみたがあの人に会うことは叶わなかった。
     
     自分はどうしてこうも選択肢を誤るのか。どうしてこうも大切なことを聞けず、大切なことを言えず終いにしてしまうのか。
     
     記憶に新しい潮と埃と血の香りを反芻する。
     鮮明に思い出されるあの人の香り。じわりと心に染みついて離れないあの人の優しい声。
     
    「…………もう一回だけでいいから……会いたかった、なあ……っ」
     
     潮風だけが遺る町の隅で、ただ静かに頬を濡らした。
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