Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    aKi_5711

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 1

    aKi_5711

    ☆quiet follow

     さくさくと、誰の足跡もない雪景色を踏み荒らす。吐く息は白く、そして上がっている。防寒着はないけれど、自分に守護の魔法をかけているから凍えるほどの寒さは感じない。かつての記憶から引き出して、何とか使えるようになった唯一の魔法だった。
     随分遠くまできたような気がする。でも、徒歩だからそんなに遠くまで来てないような気もする。ぼんやりと歩いてきたからわからなかった。思考の代わりに、父に言われた最後の言葉が脳裏に焼きついている。
    『俺の妻を殺した魔女め!!』
     血走った目に狂気の形相を浮かべる父の元には、もう居られないと思った。

     私が生まれたのは魔法使いへの偏見の強い村だった。母はそれでも愛してくれたけれど、父は母がそう言うのなら仕方がないといった態度だった。北の魔法使いにしては魔力がとても弱く人間の振りをできていたので、しばらく……身長が伸び切るまでは平穏に暮らせていた。
     転機は、母の死だった。
     愛していた母を亡くし、父は精神を病んでしまった。私も大好きな母が亡くなってしまって悲しかったが、同時にやつれていく父も心配だった。もちろん、父を心配するのなら早く家を出た方がいいのはわかっていた。だんだんと私へ攻撃的になっていく父の元に今日まで居たのは、母との思い出のある家を出たくなかったという私のエゴのせいだ。
     私のよく知る北の魔法使いがこのことを知れば、喜んでなじってくるかもしれない。

     私には前世の記憶がある。私はかつて、日本に生まれた人間だった。名前は真木晶。そして、その後にこの世界に呼ばれ、賢者として賢者の魔法使いたちと共に〈大いなる厄災〉に立ち向かった。
     けれど、私にはそこまでしか記憶がない。戦った結果がどうなったかを覚えていない。だから、賢者の魔法使いたちのことを覚えているだけ、という程度のふんわりとした記憶しか残っていなかった。
     もちろん、その程度と言っても前世の記憶があるだなんて気味が悪い発言は誰にもできない。両親にも言わなかった。言ってないのに、今の名前も「アキラ」と言うのはどういった縁なのだろうとは思ったけれど。
     まさしく現実逃避の思考に陥り、ふふ、と笑みが溢れる。吐く息は相変わらず真っ白だ。行くあてもなく、生計を立てられる目処も立たないこの身はいつまでこの白い息を吐けるのだろうか。せめて方角が分かっていれば中央の国などの道端で寝ても寒さで死なないような国に行けたのに。
     そこまで考えて、私は足を止めた。私は魔女なのだから、方角くらい空を飛べばわかるはずだ。記憶も含め、あまりにも人間として生きてきたのでたまに使っていた守護以外の魔法を使うという選択肢がなかった。
     箒を召喚しようとして、ぴたりと口が止まる。そういえばその魔法も知らない。いかにも魔法使いな魔法は使わないようにしていたから、試したこともなかった。私は首を傾けながら、わからないなりに記憶を辿る。思い出すのは優雅に箒に腰掛け空を飛んでいた彼らの姿。あんな感じの箒を出して空を飛べたら……と考えて、口を開いて呪文を唱えようとしたその瞬間だった。

    「ねえ、そこの魔女」

     後ろから声をかけられて、振り返る。聞き覚えのある声に反射的に振り返ってしまった私は、あり得ない光景に目を見開く。音もなく美しい微笑みを浮かべている、雪景色に同化しそうなほど真っ白な魔法使いが立っていた。
    「ここが誰の縄張りなのか……当然知ってるよね。それとも知らない? おまえは北の魔女とは思えないくらい弱いし、他の国の魔女なのかな」
     穏やかな声音で言葉を紡ぎながら、真っ白な魔法使い───オーエンは、雪を踏み締め近づいてきた。私は後退りをする。
     オーエンは、他の魔法使いを殺すことに抵抗のない北の魔法使いだ。賢者だった頃は、賢者を殺すとどうなるかわからないという理由で殺されることは免れていた。でも、今の私は一介の魔女だ。オーエンの意思ひとつで、私は殺される。逃げなきゃいけない。逃げなきゃいけないのに、恐怖で足が動かなかった。膝が笑ってその場に座り込んでしまった私に、弾むような声が掛けられる。
    「おまえみたいな子供がこんなところに捨てられたの? 僕の噂を聞いて、僕に始末されるようにって願われてたのかもね。はは、可哀想に。まあそんなのどうだって……」
     さくり、さくりと雪の中でじわじわと距離を詰めてくる。動けない私と、雪の中に溶けて消えてしまいそうなほど真っ白なオーエンの目が合った。妖しく細められていた色の違う瞳が大きく見開かれる。
    「おまえ……」
     オーエンの足がぴたりと止まって、呆然と呟く。私は形の良い唇からこぼれた言葉に微かに首を傾けた。まるで「真木晶」を覚えているかのような反応をする。
     魔女として生まれた私、アキラは賢者であった「真木晶」と瓜二つの見た目をしている。茶色の髪に茶色の瞳、少しだけ吊り上がった瞳など容姿の共通点が多い。けれど私は、賢者の魔法使いは次の賢者が来たら前の賢者を忘れてしまうということを知っている。今の私がいるということは、「真木晶」は死んでいるはずだ。でも、今も空に浮かぶ〈大いなる厄災〉と、壊れていないこの世界を思えば「真木晶」の後にも賢者と呼ばれる人がきっと存在している。オーエンが「真木晶」を覚えているはずがないのに。
     私が俯いて考え込んでいると、おい、と声が掛けられる。そうだ。命の危機だった。私が顔を上げると、探るような視線に射抜かれる。
    「おまえ、何者?」
    「な、何者……? ただの北の魔女ですかね……?」
    「嘘つくなよ。次、ふざけた返答したら殺す」
    「本当です!! 生まれはすぐそこにある村の北の魔女なんです!!」
     私の足跡が残る歩いてきた方角を指さして叫ぶ。指も腕も震える。怖いけれど、まだ生きるのを諦めたくない。必死の私とは対照的に、オーエンの瞳は冷え切っている。
    「……おまえは北の魔法使いにしてはあまりにも魔力が弱い。中央とか、南って言われた方がまだ納得がいくよ」
     抑揚のない冷たい声音でオーエンはこぼす。次の瞬間、私に向けられたオーエンの手のひらから氷のつぶてが放たれた。それは顔の真横を猛スピードで過ぎていき、私の髪を舞い上がらせる。
    「次は当てる。答えろ。おまえは何者?」
     浴びたことのないほどのオーエンの殺気に、血の気が引いて体がますます震える。口の中が乾いて、唇も震える。本当に殺される。死にたくない。死にたくないけど、少しだけそれでもいいかもしれないとも思った。
     私がまだ「真木晶」だった頃、私はオーエンに想いを寄せていた。意地が悪くて天の邪鬼で、追えば逃げるのに追うのをやめると寄ってくる、猫のようにかわいらしくて美しい魔法使い。他者との関わりがとりわけ薄い彼にも他の魔法使いと仲良くなってほしくて追いかけていたのに、次第にその気持ちだけではなくなってしまった。その強い想いは、今も記憶と共にこの身に宿っている。
     底冷えするような凍てついた美しい顔を見上げる私の心臓はうるさいほどに拍動していた。もはや恋なのか恐怖なのか自分でもわからない。なんだったら今の自分が「真木晶」なのか「アキラ」なのかもわからない。思考がうまく回らなくなった私は、つい思ったことをそのまま口に出してしまっていた。
    「……やっぱり綺麗だなぁ」
     色の違う瞳を縁取る長いまつ毛、すっと通った鼻筋、薄くて形の良い唇を持つ彫刻品のように完璧に美しいオーエンの顔を見つめていると口からそうこぼれた。
    「……は?」
     じわじわと開かれる色の違う瞳を見て、私は勢いよく両手で口を覆った。本当に何を言ってるんだ。どう考えても今はそんな話をする状況ではない。張り詰めていた空気を盛大に壊してしまった私は、座り込んでいた姿勢から深々と頭を雪に埋めた。先程までは体が固まってしまってできなかった命乞いスタイルだ。殺されてもいいかもと少しは思ったけど、殺されないならその方がいいに決まってる。
    「本当にごめんなさい殺さないでください!!」
     かつてこうして絶句させてしまった後、オーエンは大抵機嫌が悪くなった。あの頃は大抵オーエンが姿を消して終わりだったが、今のオーエンには立ち去る理由はない。機嫌を損ねれば、即ち殺される。オーエンに命乞いはあまり意味はないが、気まぐれで見逃してくれることに賭けた。
     視界は真っ白な雪しか映らないので、どう出てくるかわからなくてまた心臓がうるさくなった。沈黙が続くたびに、恐怖がじわりと湧いてくる。突然、呪文が唱えられた瞬間首根っこを掴まれて足がぶらりと空中に浮く。服で首が締まってカエルが潰れたような声を出してしまったが、オーエンはお構いなしで自分の目線と同じ高さまで魔法で私を持ち上げた。オーエンは訝しむような、探るような目付きで口を開く。
    「おまえ、名前は」
    「え……えっと、アキラです」
    「アキラ……」
     オーエンは私の名前を繰り返すと、口を閉じて何かを考えるように目を伏せた。襟元を両手で引っ張って首が締まらないようにしてる私は、読めない反応にドキドキしながらオーエンを見つめる。オーエンはとっくに「真木晶」を忘れているのに、その反応がなぜか覚えられているようだった。ぎゅうと両手で襟元を握ってオーエンの様子を伺う。
     伏せられていた視線が上がり、ぱちりと目が合った。色違いの瞳も、唇も弓形に描き始める。至近距離の美しい笑みに、一瞬見惚れてしまう。けど、すぐにあのオーエンがご機嫌そうに笑みを浮かべていることに血の気が引いた。この様子ではまだ殺される可能性はある。何を言われるのか。何をされるのか。私はぶら下がっている体を固くしてオーエンを待ち構える。すぐにオーエンの紋章がちらりと覗いた。
    「僕がおまえを拾ってあげる」
    「え……」
    「何? こんな何もない場所で弱い魔法使いが一人で生きられるわけないだろ。僕に感謝しなよ」
    「ありがとうございます……?」
     まさかのオーエンの結論に驚いて、思わず促されるまま感謝の言葉がするりと口からこぼれる。それに満足そうに微笑んだオーエンは、箒を出して私を前に乗せて空を飛び始めた。現実逃避のように懐かしいな。前に乗せられたことはなかったけど、今は体が小さいもんな、なんて考えながら私はどこかに連れられている。
     そのうちに少しだけ冷静になって、私はまた考えこみ始める。オーエンはなぜ私を拾う気になったのか。かつて賢者をしていた時に聞いたミスラやアーサーは、魔力が強かったから拾われたらしい。でも、オーエンは私のことを弱いと言っていた。だったらきっと私のマナ石に価値はない。マナ石が目的でなければ一体なんなのか。結局オーエンの行動の意味なんてわからなくて、余計に混乱するだけだった。
     私がそんなことを考えているうちに目的地に着いたのか、箒の高度が下がる。私の目にログハウスのような建物が映った。扉の前に到着すると、オーエンはふわりと停止する。
    「早く降りて」
    「は、はい」
     ぎりぎり足のつかない高さで止まっている箒から降りろと言われて、私は慌てて降りる。当然うまく降りられるわけもなく、雪の中にべしゃりとダイブを決めた。雪まみれになった私に目もくれず、オーエンは箒を消すとログハウスの扉に手をかざして呪文を唱える。そして扉を開けると、中に入っていった。扉を閉められてしまう前に、私は慌てて立ち上がって後を追う。
     この建物自体に守護魔法が掛けられているのか、入った瞬間から寒さを感じなくなった。私は少し余裕ができて、部屋の中を見回した。全体的に壁や床の素材を活かした素朴な内装で、ソファやベッドやテーブルなどひと通り生活ができそうな家具が置いてある。流石のセンスの良さだ。私は物珍しさできょろきょろと見回していたら、オーエンと途中で目が合った。にっこりとわざとらしく作られた笑みはそれでも美しくて、私は思わず見惚れる。
    「気に入った?」
    「そ、そうですね。内装も素敵ですし……」
     にこにこと問われる内容の意図がわからないまま、私は言葉に詰まりながらも答える。素敵だと思ったのは嘘ではない。
    「気に入ったなら逃げないでね」
    「え……?」
     オーエンは微笑みながらそう言うと、指をパチンと鳴らした。背後の扉が閉まり、がちゃりと金具の音が響く。窓からも同じような音が聞こえた。音に反応して扉の方を見ていた私は、ゆっくりと振り返る。オーエンは相変わらず美しい笑みを浮かべていた。
    「おまえは今日からここで暮らすんだよ」


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏💘💘💘☺☺☺💖☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works