「大丈夫ですか、カブさん」
「ああ、老体は労わってほしいものだ、なんてねあはは」
「あなたがポケモン相手に引きちぎっては投げていたので敵も手加減できなかったのでしょう。それよりポケモンの技を直に受けてたように見えたのですが…?」
「ああ、これしきなんともないよ、アオキくんに怪我がなくてよかった」
「自分は早々におとなしくお縄にかかりましたから。やはりフィジカルバケモンですね」
和やかに話す二人はパシオの岩場の奥、ロケット団のアジトにいた。
二人仲良く手足を縛られ、冷たいの床に転がされている。
いやよく見るとアオキの縄は随分適当にまかれたようにゆるゆるだった。
そして片やカブのほうの縄はこれでもかというほど何重にも厳重に巻かれている。
「これからどうします?」
「どうするかな、君のノココッチと僕のマルヤクデが無事だといいが」
「そうですね…」
アオキは面倒なことになったと深くため息をついた。
なぜこんな状況になったのか。
カブは鍛錬のためにいつものように岩場を走っていた。
そしてアオキも昼飯を誘おうとカブの後を追い、岩場に来ていた。
そんな時またもや、バディのポケモンを狙うブレイク団ではなく、
もっと質の悪いロケット団が現れたのだ。
3人の男がカブを囲み、ポケモンを繰り出す。
「お前のバディをよこせ」
「やめなさい!」
ポケモン勝負である。
遅れてやってきたアオキもすぐにカブに加勢し、
ノココッチを繰り出す。
カブのマルヤクデとアオキのノココッチが並んで、
威勢よく敵に向かって威嚇したところまではよかった。
そこにどこからかひょっこりケーシィが現れた。
誰のバディかはわからない。
突然バトルが始まり、眠りを妨げられたケーシィはたまたま近くにいたマルヤクデとノココッチに敵意の目を向けた。
そして。
「マルヤクデ!?」
「ノココッチ!」
二人が気づいた時には時すでに遅し。
ケーシィのテレポートによって二人のポケモンはどこかへ飛ばされていた。
パシオではバディとして一匹のポケモンしか連れていない。
ロケット団の目の前で丸腰の状態になってしまった。
「な、何が起こったんだ」
驚いたのはロケット団も同じである。
せっかくジムリーダーのポケモンを頂こうと思っていたのに、
目の前でそのポケモンが消え、残ったのはおっさん二人。
「とにかく、あの二人を捕まえろ!」
ロケット団も混乱し、自らのポケモンに二人を攻撃させた。
「なんてこった、行くよアオキ君!」
「はい、え…、危ないカブさん、避けて!」
カブはアオキに向かってくるスピアーの針をむんずとつかむとそのまま遠くへぶん投げる。
その隙に懐にもぐりこんだコラッタのたいあたりをもろに食らう。
体が傾いたところでオニドリルが猛攻を仕掛けるがそれを振り払い、足を持って地面にたたきつける。
まさに一進一退の攻防である。
手に汗握り、バトルに夢中になっているアオキの背後にはロケット団の影。
「動くな」
後ろから首元にナイフを当てられ、アオキは素直に両手を上にあげた。
「おい!お前もおとなしくしろ!こいつがどうなってもいいのか!」
ロケット団の一人が声を張り上げ、お決まりの文句を述べる。
未だにロケット団のポケモンたちと攻防を繰り広げていたカブはその声に顔を上げる。
はっと顔をゆがめると、ぴたっと止まった。
「捕まえるなら僕だけにしなさい。彼は放してあげなさい」
カブは背筋をピンと伸ばし声を張り上げた。
小柄な体ながら、その堂々たる佇まいに思わずアオキは天を仰いだし、ロケット団もポケモンたちも圧倒された。
しかし。
「そんな危ないことできるか!」
ロケット団のくせに正論だ。アオキも頷くしかなかった。
何はともあれ現在、ガラルのジムリーダーとパルデアのジムリーダー兼四天王は冷たい床に転がされていた。
「カブさん」
「うん、誰か来るね」
どたどたという足音とともに入ってきたのは先ほどのロケット団のメンバーだった。
まっすぐカブのほうに向かうと怒鳴りながら、足蹴にする。
「この野郎!俺のポケモンをひん死にしやがって」
「君のコラッタはいい技を持っていたが耐久が足りないな、鍛えなおしたほうがいいんじゃないか」
「私のスピアーの毒針を折るなんて信じられない!」
「それはすまない、ポケモンセンターで診てもらってくれ」
「僕のオニドリルちゃんを地面に叩きつけるなんて、なんて野蛮な」
「そうやってポケモンを甘やかしてばかりいては能力が育たないよ」
カブは怒鳴られ蹴られながら、全くものともせずロケット団員たちにアドバイスをする。
最初に音を上げたのはロケット団員たちだった。
「はぁ、くそっ、腹の虫がおさまらねぇ」
「でもジムリーダーなんて捕まえてどうする?」
「使い道はいくらでもある。特にガラルのジムリーダーは有名人だ。身代金でもなんでもふんだくれるだろ」
「甘いですね」
突如、ロケット団員の耳元でぼそぼそと低い声がした。
振り返る前に頭蓋骨をはさむようにきつい打撃が入る。
一人が倒れ、それを見て二人の団員がボールに手を伸ばす前に。
どんっ。
と重い一撃がそれぞれの腹に見事にクリティカルする。
団員が痛みに倒れる前に見たのは。
無害だと思っていたサラリーマン風の男だった。
自分の縄でロケット団員たちをひとまとめにして縛ると、
アオキは急いでカブのほうに駆け寄った。
「大丈夫ですか。すぐに縄を外しますので」
「また君に助けられたね。それにしてもアオキ君、強いんだねぇ」
カブはアオキが3人を一瞬で倒してしまったことに感激していた。
能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものだ。
でかい図体なのに覇気のなさそうな雰囲気からは想像できない強さだ。
興奮冷めやらぬ様子でアオキを見つめるが、アオキはふいっと目をそらした。
「いえ、まぁ人並みです、それに」
自分はポケモンとは戦えませんので。
「さて、マルヤクデたちを探しに行こうか!」
すっかり自由の身になったカブは体の節々を伸ばしながら言った。
「すいません、カブさん、ちょっと付き合ってもらってもいいですか?」
普段虚無を湛えるアオキの目は、今回ばかりは静かな闘志が燃えているのが見えた。
「珍しく乗り気だね。どうしてかな?」
「再発防止のためです」
歯切れ悪くアオキが答える。
「そうか、君は案外真面目なんだね」
ふっと笑うとアオキと同じくカブも正面を見据えた。
「いえ、…正直に言うと腸が煮えくり返ってます。カブさんを縛って動けないのをいいことに、好き放題してくれたので」
「あはは、大げさな。ちょっと蹴られたくらいだよ」
「それでも気がおさまりません。ここを潰しましょう。カブさんとなら定時前に終わるでしょう」
「それじゃ説教をしに行きますか」
「終わったらノココッチたちを探して、そのあと飯に行きましょう」
「いいね、じゃあ行こうか」
後日『パシオのロケット団基地壊滅』の記事が新聞に載る。