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    【10/27新刊サンプル】 柔を喰む

    ▽新刊「柔を喰む」文庫 / P42 / カラー口絵
    怪物ハンターパロ ブラッドリー(人間)×ネロ(吸血鬼)
    吸血衝動に抗えないネロがブラッドリーの血を頂く話。半分くらいずっと吸血してます。

    (前略)

    町の中心から大分離れた郊外。
    ハイウェイ沿いに建ち並ぶ、寂びれたモーテルのドアが勢いよく開く。玄関脇の外灯に群がっていた蛾の群れが、大きな音にびくりと羽を震わせ飛び去っていく。ちかちかと、消えかけの薄明かりが音の主をかすかに照らした。
    廃墟も同然のモーテルだった。脆く所々朽ちた様子が窺える木製のドアに、申し訳程度に取り付けられた金属の鍵。
    かなり年代物で古びているのは確かだった。だがおよそ人の腕力では押し開けられないそれを、侵入者は鍵のあいた戸を開けるように、もしくは、もとより鍵などされていなかったかのように、難なく打ち開くと、ずかずかと無遠慮に室内へと足を踏み入れた。
    年季の入った玄関マットが足音を受け止め、代わりに土埃を空中へと吐き出す。
    肌に纏わりつくかび臭さと積み重なったヤニのにおい。それに加えて思わず顔をしかめてしまうような鉄の臭気を纏わせながら、侵入者——くすんだ青髪の男は荒く息を吐き、ずんずんと、奥へと進んでいった。
    男の足元からくぐもったうめき声のような音が漏れ聞こえる。
    一瞬、男の歩みが止まる。伸びた前髪の下にひっそりと据えられた、虚ろな瞳が音のする方へ下りていったが、すぐに何事もなかったかのように部屋の最奥へと戻っていった。
    わずかな静寂が部屋を通り過ぎる。けれどすぐにその静けさも、朽ちかけの木の床がぎしぎしと鳴る音に打ち消された。
    青髪の男は左手に自分よりも一回り大柄な、顔に傷のある男の胸倉を掴んでいた。
    ずるずると引き摺るように木の床を撫でていき、ぽたぽたと垂れ落ちる赤色の液体で腐りかけたそれを染め上げていく。
    顔に傷のある男は時折、掴む手から離れようと身じろぐが、本格的に逃げ出そうとはしなかった。自分の知る、普段のこの腕の持ち主からは考えられないような、人ならざる腕力に恐れをなしたという訳ではない。
    ただこれまで自分の身に起きた何回かの経験で、この状態にある男の扱い方は身に沁みて学んでいた。これから行われるであろう、これまた自分のよく知る男の、人ならざる行為を考えると、どうしてもこれ以上気力も体力も失うのは避けたかったのだ。
    それほど胸倉を掴み上げるこの一本の手の意味するところは大きかった。
    錆びて建付けの悪くなった窓がカタカタと風に煽られる。
    室内には男が二人いる。どちらも言葉を発さず、窓が震える音と隙間風が通り過ぎる音、そして獣のような息遣いだけが空間を支配していた。
    暗闇の中、入り口から最も反対側に位置したベッドルームへ入ると、青髪の男は左手に掴んだそれをぐいと引き上げ、突き飛ばすように手を離した。
    胸倉を掴まれ、圧迫されていた気管が突然自由になり、ヒューと掠れた声を漏らしながら傷の男はベッドへと落ちていく。安く、古びた硬いマットレスは一八〇センチを超した男の体重をなんとか受け止めるも衝撃までは吸収できず、そのまま巨躯へと返してくる。使い古された木製のベッドフレームがきしぎしと嫌な音を立てた。
    小さくうめきながら、男はいよいよ体力の限界を感じていた。身体中の悲鳴が聞こえてくるようだった。傷の男は指の一本たりとも動かすのが億劫だと言わんばかりに、石畳のような硬いマットレスに身体を預けた。
    抵抗しない目下の男に気をよくしたのか、くすんだ青色の男は乱雑に靴を脱ぎすてると、寝転ぶ巨躯へ乗り上げる。
    その男は傷の男に比べれば一回り小柄だった。けれど着やせする服の下にしっかりと筋肉を携えた男が、獲物を逃がさないように腹の上に位置取れば、いよいよ身動きなどとれるはずもなかった。
    うう、と唸るような声を喉の奥で鳴らす。眉根を寄せた顔を覗き込むように一瞥し、挑発するように傷の男の胸元に手をかざした。
    レンジャーの真似事で付けていた、首元のスカーフが邪魔だというように、腹上の男は軽く手で払いのける。サッと埃を払うかのような軽やかな動き。
    あ、と意識と視線がそちらへ向く前に、スパッと繊維が裂けるような音と共に、数秒前まで服だった何かがはらはらと床に落ちていた。ジワリと胸元に一線の熱が灯る。
    すぐさま獣のように喉を鳴らしながら男の顔が熱に近づいた。
    ずる——、ずる————、じゅる——————。
    傷の男の口からひゅっと息がこぼれ出た。吸われている。ぱっくりと横一直線に切られた胸元に唇を付け、ずるずると、じゅるじゅると、吸われている。
    傷の深さは如何ばかりか。薄皮一枚か、それとも二、三ミリほどか。意識を無理矢理どこか別の場所へ移動させようと試みたが、耳につく人ならざる物の怪異な響きがべっとりと、鼓膜に纏わりついて離れない。
    ざあざあと場末のモーテルに打ち付ける風が隙間から侵入する。窓に垂れ下がるタール臭いカーテンを揺らし、部屋に陰影を運ぶ。サイズの合わない布切れを無理矢理カーテンに見立てたかのような、不格好なそれの隙間から、満ちた月明かりが僅かに差し込んだ。
    腹上の男はゆっくりと顔を上げた。
    身に纏うけだものさながらのオーラに艶めかしい色を孕ませながら、ゆるやかに口内で味わい、ごくりと喉を鳴らした。嚥下しているところを見せつけるように、喉元を晒しながら。
    前髪の下の相貌は部屋の暗がりが隠していたが、入り込んだ淡い光が男の口元をありありと浮かび上がらせた。


    (中略)


    「ああ、痛え…」
    鏡の中の、赤く腫れた下顎を眺めながらネロは呻き、そしてぼやいた。古めかしいタイル張りの壁に嵌め込まれた、あちこちひび割れているむきだしの鏡。ぼんやりと濁っているそれ越しに己と相対する。眉間に皺を寄せた冴えない自分と目が合った。
    そっと顎をさする。鈍い痛み以外に顎の骨に違和感も、口内を切った様子も無いのは幸いだった。
    使い古された折りたたみ式の剃刀を開き、年季の入った持ち手からは想像がつかないほど鋭く砥がれた刃を頬に滑らせる。一日、二日で気になるほど伸びてくるものではなかったが、なんとなく起きた時の習慣になっていた。腫れ上げた下顎に気を使いながら、水垢で曇る鏡越しに苦戦する。手に馴染むそれを素早く軽やかに動かし、最後にもう一度、頬そして顎をさすった。問題ないことを確認してパチンと閉じた。
    天井付近の換気扇がカタカタ異音を鳴らす。羽根が一枚欠けたプロペラが不安定に回り、蓄積した分厚い埃が、緩く流れる空気に押され上下する。吐きだしてるのか、吸い込んでるのか、その不明瞭さはこの寂れたモーテルをよく表していた。
    「なんだかなあ…」
    呆れた声が思わず漏れる。換気扇から視線を下げ、洗面台脇の壁に備え付けられた、これまた年季の入ったシャワーヘッドに移す。洗面台と同じくタイル張りの壁に、直接埋め込まれたそれは、施工不良なのかそれとも古びたせいなのか、タイルが欠け、下地のモルタルが剥き出しになっていた。
    何より、目が覚めるような水量で浴びたかったシャワーヘッドからは、今はじょうろで降らせたかのような優しい雨が降っていた。ぽたぽたと割れた床のタイルを濡らし、勾配のない地面がそれを受け止める。排水溝までたどり着けない雨は水たまりのように溜まっていく。
    水量を増やそうにも水栓のハンドルは歯車がかみ合ってないのかくるくる回る一方だ。ネロは何度目かのため息をこぼし、さっさとこのおんぼろのモーテルから出ていくことだけを目下の楽しみにした。
    本降りの雨をあきらめ、お湯が出るのを待ちながら、未だ不鮮明な脳を動かす。古びたモーテルの愚痴など、本来考えなければならないことからの現実逃避以外の何物でもなかった。
    昨晩の記憶はほぼないに等しい。覚えているのは、この潰れかけたモーテルから3マイル離れた廃工場にブラッドリーと潜入した、というところまでだ。ネロは記憶をたどる。
    昼間、街中で調べ物をする際に身分を怪しまれないように偽装して使用した、レンジャーの真似事のような服装のままだった。上下黄土色のもたついた格好に、首元のスカーフ。ボーイスカウトの少年少女のような装いに、お互い腹を抱えて笑ったのを覚えている。あまりにも不自然で似合わなかった。
    工場と呼ぶにはおこがましい程に崩れかけた廃墟に侵入し、近接戦が得意なネロは一階から、一方で遠隔戦が得意なブラッドリーは最上階から調べる手はずだった。中間地点で落ち合おうと決めていた。
    どうやってここまで帰ってきたのか。起きがけに黄ばんだカーテンを開けたところ、窓の外にあるはずの愛車、古いジープの存在はそこにはなかった。必要な道具や武器を乗せ、行きは廃工場の近くに停めていた。帰りは乗らなかったのだろうか。
    さらに目が覚めた時には、スラックスもはかず下穿き一枚で薄く硬いベッドの上に転がっていた。隣で眠っていた男も同じく大分はだけた状態で寝転がっていた。
    もちろん今までそんなことがなかったわけではない。戦闘直後の高ぶった勢いのまま、お互い獣のように貪りあったことも、晩酌が弾み興が乗ってそのまま一夜を過ごしたことも、それにお互い手っ取り早く性欲を解消することも、もちろんあった。
    だが何一つ覚えておらず、辺りを見渡せば脱ぎ散らかされた靴、破れて服の形を留めていないジャケット、血の付いたシーツ。そして腫れた下顎。隣の男は首や胸板に巻かれた真新しい包帯にじんわりと赤く滲んでいるのが見受けられた。昨日まではなかったはずだ。
    ぼんやりと薄く靄がかかったように記憶の扉は閉ざされている。何一つ思い出せないことに苛立ちよりも、何かしてしまったのだろうかといった呆れと気だるさを感じながらまた一つ諦念の息を吐いた。
    「そういえば、腹は…そんなに減ってないな…」
    ボタンもせず羽織っていたくたびれたシャツを近くの椅子に放り、決して貧相ではない薄く筋肉の付いた腹をさすった。
    昨日まで感じていた腹の内側から込み上げるような食欲は、どこかへ行ってしまったかのようにしんと静まり返っていた。人間の食事で胃は満たせるが、欲と言う意味ではやはりあの赤い液体ではないと充たされることはなかった。
    「あれ…」


    (中略)


    遠くでシャワーのヘッドから噴き出した水がぼたぼたタイルを弱くたたく音がする。それに混じるようにカタカタと換気扇が合唱していた。
    一足先に目を覚ましたネロがシャワーを浴びているようだ。
    同じ硬いベッドで眠っていたブラッドリーは、隣の男がごそごそと起き始めた時には同じく目覚めていた。職業上、恨みを買っている数など両手では数えきれない。いついかなる時でも襲ってくる人間以外の化け物相手だと、自然と物音に敏感になっていくのは当然だった。もとより眠りは浅いほうではあったが。
    寝起きのネロは、下顎の鈍い痛みに驚いた後、声にならない悲鳴を上げ、訳が分からない様子だった。一緒に起きてしまおうか、等と思ったりもしたが、なんとなくすぐに声をかける気にはならなかった。
    ベッドから降りて自分が下穿き一枚の様子に疑問符を浮かべ、ペタペタと裸足で薄汚れたカーテンを開けに行き外の様子にまた疑問符を浮かべ、何度か小首を傾げながらシャワールームへと消えて行ったのが横目でも見えた。十数分前のことだ。
    普段からポーカーフェイスを装っているようで全然表情を隠せずにいるところや、頭脳戦より肉弾戦のほうが得意で、案外処理能力が低くぼんやりと抜けたところのある、よく見知った相棒に戻っていることにひどく安堵した。
    昨晩の出来事が夢のようだが、首筋にくっきりと残る二つの穴に、胸元に付いた一線の存在が夢ではなかったことを伝えてくる。


    (後略)

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