輝きに焦がれて「迷わない」
「祈り」
「指先を掠めて」
びちゃりと音を立てて崩れ落ちた血肉を眺めていると、カツカツとヒールの音が響くのに気づいた。近距離で放ったアスカロンで自身は返り血に塗れており、デリザスタはすぐに洗浄魔法をかけて杖を袖にしまった。
「またやったの、デリザ」
「マジメな顔してガミガミうるせーんだもん。タバコくらい良くね?」
現れた女性は黒いキャップにタイトスカート、ベルトの下がるオーバーサイズのジャケットを着て立っていた。
グリーンとオレンジの偏光加工がされたサングラスを外す。つぶらで大きな瞳がじっとりとデリザスタを睨んだ。ぱっちり開いた瞳が持つ愛らしさは、不満につり上がればそのまま迫力へ変換される。ステージに立つ顔よりも、素の強い意志が垣間見える顔が、デリザスタは大好きだった。か弱く庇護欲をそそる顔立ちからはかけ離れ、この女は特別肝が据わっている。
足蹴にしていた警官だった肉塊を蹴り飛ばし、デリザスタは女を抱きしめ口を吸う。会うのは実に三ヶ月ぶりだった。自身は父の命で各地の反抗勢力を潰しては配下に置いて組織の管理を行い、女は地方を回ってコンサートを開いていた。生活リズムも予定も全く合わない。
女は所謂、売れないアイドルというやつだ。とは言っても、その実力は超一流と言って良い。歌もダンスも女のパフォーマンスを見ればしばらく他のものを見る気が失せるくらいには。それで売れないのは、事務所の方針が悪いとデリザスタは長らく思っている。そもこれほどの女を地方へ回す理由はなんなのか。
唇を離すと、唾液で濡れた舌を舐め「苦い」と眉を顰めた。デリザスタが愛飲する紙タバコはシーシャと違って重たく煙たいものだ。タバコも酒も喉に悪い、パフォーマンスに響くからと一切やらない女の舌には強い刺激になるだろう。
「……まあデリザがクソ狭い喫煙所でちまちまやってんの想像つかないわ」
「っしょ?はやくいこーぜ、気付かれたらめんどいし」
「てか私と会う前ならもっと穏便にしてよ。こちとら一応アイドル様なんですけど」
「売れてねーうえに反社の女やっといてそれ言う?」
手を繋いでやろうと伸ばした指先を掠めて女の長い黒髪が翻る。ひらり、軽い身のこなしで赤黒く染まった石畳の上で女がターンしてデリザスタから距離をとった。洗練された動作は風と踊るようだった。
「デリザは好きだけど、道連れになる気はないよ」
意地悪く微笑んだ女が歩き出す。後方から遠くバタバタと騒がしい足音が聞こえ、女の後を追った。
「今日どこ行く?」
表通りに出ると、女はサングラスを掛け直し、先ほど自ら逃れたデリザスタの腕に絡みついてきた。軽口を叩きながら歩くのはクラブでフロアが沸いてる時と、また違った喜びがある。表情がころころ変わる女の、あざとい計算された仕草はわかった上で引っかかってしまう。
デリザスタにはない柔らかな体の感触に機嫌が上がる。おまけにくどすぎない甘くてスパイシーな香りがして、女はそばにいると「良いな」と思うのだ。
「服見たい、そんでデリザの好みのやつ買う」
「おれ女の服とかわかんねーけど」
それでも良いのだと女は笑う。サングラスの隙間からスターサファイアのような独特の瞳孔が瞬いた。
女の瞳は魅了の魔眼だ。
完全に自分のコントロール下に置かれているものの、何が起こるかわからないと外に出る時やパフォーマンス時に、魔眼無効のサングラスやコンタクトをつける徹底ぶりだ。
愛されるための才能、天性のものを女は決してアイドルとしての活動には使わなかった。もちろん、デリザスタにも使ったことがない。魅了の魔眼に頼らず成り上がられなければ意味がないのだといつか語っていた。
デリザスタからすればつまらないマジメな考え方に聞こえたが、女は歌唱に絶対の自信があればこそ魔眼を封じた。縛りプレイって言えば分かる?と呆れた顔が懐かしい。
「好きな男の心は掴んどかないと。あんたみたいな刹那主義の馬鹿野郎は、特に念入りに、自分の力で」
ぎゅう。上目遣いの女の胸が腕に押し付けられる。今更そんなことでときめきと羞恥に赤くなる関係でもないが、こいつ一生このままでいて欲しいな、とその半ば祈るような気持ちで行動を受け入れデリザスタからも身を寄せた。計算尽くされている行動だろうが、愛しいものは愛しいのだ。
自身は努力も何もせず生まれ持った能力で楽しく生きているが、この女は自身とは違う生を、違った楽しみ方をしている。時にセルフプロデュースなどで必死な様は愚かしく見えるが、縊り殺そうとは思えなかった。
サングラスの下で輝く青い一等星が、ギラギラとデリザスタを照らす。いつか大きなステージで、その様を観ることができたらそれはきっと、デリザスタの何かを変えそうだと予感があった。
「ね、あのお店入りたい」
「いーよ、行こ」
「ここメンズもあるからペアルックしてよ」
「おれすぐダメにすると思うけど」
「デリザとお揃いのものを買ったって事実が欲しい」
「そか」
デリザスタはこの女を唯一長くそばに置いてる。
迷いなく、必要以上に媚びることなく、堂々とデリザスタの正面に立ち、時に並び立つ心地よさといったらない。
瞬間瞬間楽しければよし。そんな悪魔の子の心を奪い続ける女が、宿命でなければなんだろう。
女の服を二着、揃いのフーディを購入して店を出たデリザスタは、思いつきで女へ声をかけた。
「ジュエラー行こ」
ショッパーを女の手から奪い取って肩に引っ掛ける。ガサガサ音を立てるそれは、細い肩にはやや重たい。
「いいけど、アクセじゃなくてジュエリー?あんた宝石に興味あったっけ」
「魔宝石ついてる奴ってペアリングならお互いの安否わかる呪いかかってんじゃん。必要じゃね?」
「それ、私は欲しいけど……あんた必要?」
「要る要る、超ひつよー」
「じゃあ行こか」
女はまたデリザスタの腕に絡みついて手を握った。
売れないアイドルとはいえ、自身を商品にしている女は生活の安全を保証されていない。ストーカーや強盗など事件に巻き込まれる可能性は一般人より遥かに高い。実際、過去に一度嫌がらせを受けたと聞いたことがある。
そんな時に側にいてやりたいし、逆に自身の命が危うくなった時せめて知ってもらいたい。
デリザスタがここまで想いを寄せているとキアラは知らない。無邪気な淵源の血を分けられた刹那主義の人間が、自分のような見どころのない表の昼に生きる人間を側に置く理由を考えて、首を傾げてしまうくらいだ。だからこそデリザスタの興味が自身に向くよう工夫し続けている。
そんなことしなくても、おれはとっくにその輝きに焼かれてんだけどな。なぁんか、わかってねぇよな。
ジュエラーで買う指輪に付ける石はスターサファイアにしよう。女の瞳を思い出すほど鮮烈な星が入った石を選んで、自身の髪色のゴールドを土台にした、そんな指輪がいい。
「デザイン決めてる?」
「もち」
「そか、じゃあデリザチョイスのもの増えるんだ、へへ。うれし」
「いーやつ選ぶからまかしといて」
「うん」
繋いだ手を握り直し、二人はジュエラーへ向かった。その後ろ姿は街ゆく人々に溶けて、次第に見えなくなる。この瞬間、二人はただのヒトだった。