寂しがり屋のアナタへ「ライカンさん、よかったらでいいんだけど手を見せてくれないかな」
ぎゅう、とライカンの身体に手を回して、逃がさないとばかりに意地悪い顔をする彼を見上げて、視線をソファに向ける。久々に会えたことで少し浮かれているのかもしれない、とアキラは苦笑しながら、二人掛けのソファの隣にちょこりと座る。
そして笑みを浮かべてライカンの手を触りたそうに窺う。「駄目かな」
「構いませんよ」
「ありがとう」
「ですが、急にどうされたのですか?」
「……ライカンさんの手って落ち着く、というか」
アキラの白に近い灰色の髪が、さらりと揺らいで顔を隠す。言っておいてなんだがむず痒くなったのか、顔を逸らす――耳は隠せていないのだが。それを微笑みながら見つめ、彼の髪を空いていた方の手で触れる。ん、とくすぐったそうにライカンの方を見る。
「……え、と」
「申し訳ございません。ご不満でしたか?」
「そうじゃないよ。ただちょっと恥ずかしいというか」
「左様でしたか。ですが、私としてはアキラ様のお顔を拝見したいと思いまして」
「…………うう」
顔を赤く染めながら、ちゃんと向き合ったアキラを見て満足げにしたライカンが、少しアキラの手を見た。「もしよろしければ私も、アキラ様の手を触れてみても?」
「それは、構わないけれど」
「では失礼致します」
ライカンの真紅の瞳が、アキラの手を見遣る。
綺麗だと思う。
高級な陶器のように滑らかで、細かな傷一つなく、少し冷たいその手は一種の芸術品のようで。触れていると、今にも融けてしまいそうな、そんな儚さも見えるような、そんな手。じっくりと眺めていれば少し手の体温が上がったような気がする。
「綺麗な手でございますね」
「そうかな……」
「ええ。美しいと思います」
「――案外、嬉しいものだね。褒めてもらえるのって」
くすぐったそうに笑う彼を見ながら、お互いの手を見合う。
狼のシリオンと人間はやはり違いが分かりやすい。ふわふわではあるが鋭い爪を持つライカンと、柔らかなアキラの手。それでも血の通った同じ理解者であることには変わりない。
「……」
ふと、着ていたシャツの袖を引っ張られて、ライカンは視線をアキラに映せば、ぎゅう、と自分のお腹にくっつくアキラの姿が見えて。人というより猫のような行動を起こす彼に、一体何かあったのか、とアキラの肩を叩いても、反応は一切ない。
らしくない、と思ったが彼の耳や態度を見て察したようにライカンは目を細める。
一般人と変わらない体格だが、少し肉がついた彼の腰部分に触れれば、彼の弱点の一つのようで、びくりと身体を震わせたかと思えば、甘い声で鳴いた。
「んぁ、ぁッ、!」
「アキラ様」
「…………いじわる、だね」
「こうして無言で触れている貴方様の理由が知りたいのです」
重点的にそこを責めれば、うう、と上目遣いで見つめてくるその双眸は、キラキラとハイライトが灯り、深海というよりは夜空のようだと思った。それは、と弱弱しい声で抵抗するアキラに、怒っていないという視線を向ける。視線だけでも通じるのだと知っているからだ――観念したように、折れたのはアキラだ。少し頬を赤く染めながら、
「……その、あの」
「ええ」
「…………こうやって会うのは久々じゃないか」
「左様でございますね」
最近はお互いに忙しくて、殆ど会う事もなくDMもそこそこだった――だから、アキラは我慢が出来なくて、つい家に遊びに来て、と誘ったのがほんの一時間前。
連絡が来ても、すぐに会えるとは思わなかったし、そもそも反応が来るかどうかも不安だったのだが、ライカンからの返事は思いのほか早くて、驚いた事は記憶に新しい。
「ライカンさんに会えて嬉しいというか」
「……」
「……そ、の……じゅう、でん。してみたくて……」
最後の言葉は、言えなかった。
急に触れられた唇は、そのまま舌を入れられて味わう様に、口内を犯されていく。彼のマズルが顔に触れながらも、びくびく、と電気が走って、涙一杯の視界から何とか見えたシグナルレッドの瞳は、歓喜に蕩けている。そのまま腰を支えられて、キスから解放されれば鼻と鼻をくっつけあう。アキラはこの仕草が好きだ――自分のものだとマーキングされているようで。
「つまり、寂しかったという事ですか」
「……まあね。忙しいのは重々承知してたけど」
「大変申し訳ございません、アキラ様。そのように思われていたとは」
「いいんだよ。もう十分満足したし――」
「本当に?」
ぐい、と引っ張られて彼と視線が合う。それは、獰猛な欲望と愛情に満ちた――獣の瞳。
「……ずるい、な。そんな風に聞くなんて」
「失礼だと分かっていますが、それでも私はアキラ様の本音に応えたいのですよ」
そう言って、アキラの身体に手を伸ばしたライカンに、びくりと反応したアキラの顔は、既に蕩けている。色事に長けた、その双眸は情欲と、魔性のお化粧をされて、にこりと笑う。
「んぅっ♡、あっ…♡」
色欲に溺れ、濡れた唇から発せられた甘いテノールがライカンの耳を支配する。
「……本当に、ずるい」
どさりと、押し倒されネイビーがばさりと白いソファに広がる。彼の、情欲に塗れたその深紅の瞳を見ながら、アキラはライカンの空いた手に触れた。自分を、蕩けさせて、そして安心させてくれる――魔法のような、暖かさを持つその手を。
その手が、その全てが自分のものだと思うと、とても心地が良くなる。
「会えなかった分、満たしてくれるかい?」
「仰せのままに」
そうして、二人は甘い空間へと堕ちていく――それが禁忌だと知っていようと、誰も彼らの宴を止める事は出来ない。
その禁忌こそ、愛なのだから。