失敗した、と冒険者は内心で呟いた。
声に出したところで、勢いづいたエメトセルクはおそらく言葉を止めはしないだろう。
ことの発端は街角で小耳に挟んだ噂だ。恋人の愛情は互いに言葉にするほど長続きするものだという、よくある些末な話だった。素直さを遥か古代に置き去りにしたらしい、元・闇の使徒の顔が浮かんだのも致し方あるまい。愛情表現が率直な言葉になることはほぼないと言っていい人種である。行動や表情でこれでもかと受け取ってはいるが、どう考えているのか知りたくないと言えば嘘になる。更に言えば、冒険者は好奇心一つで国を越え海を越え、果ては世界さえ越えてしまうような人間である。一度気になってしまった以上、放ってはいられなかったのだった。
何の気なしに、噂話とどこが好きなのかと単純な疑問を投げかける。暖炉の前に移動させたお気に入りのソファでうつらうつらとしていたエメトセルクは、それを聞いて冒険者を手招いた。隣に座れば、腕の中に閉じ込められる。つい先程まで寝そうだったとは思えないほどしっかりとした声で言い放った。
「お前の目が好きだ。好奇心も敵意も悲しみも喜びも、全てを映し、心を映す目が好きだ」
これを皮切りに見た目から心根の話まで、壊れたオーケストリオンもかくやとばかりに延々と喋っている。最初のうちは少し照れこそあれ、嬉しく聞いていたが、徐々に気恥ずかしさが上回りつつあった。首から上が火を灯したように熱い。対するエメトセルクは平然としているように見えて、視線は触れたら焼けそうな熱を帯びていた。
息を吸う間に冒険者はあわてて口を挟む。気持ちはよくわかったから、もう十分だと。エメトセルクはつまらなさそうに言った。
「なんだ、もう終わりか?」
嫌というわけではなくむしろ嬉しいのだが、一気に言い募られると恥ずかしい。そう伝えると、狼狽えた様子にエメトセルクはようやく笑みを浮かべた。
「そうか。じゃあしかたないな。続きはベッドで聞かせてやろう」
何もしかたなくないだとか、結局止める気はないのかだとか、そういえばベッドの中の話はほとんど出ていなかっただとか、取り留めのない思考がぐるぐる回る。
それら全てをざっくりまとめ、失敗した、ともう一度強く内心で呟いて、冒険者は頭の中で明日の予定を立て直し始めたのだった。