モブ凪が読みたいだけなのに…… 傘が欲しかったんだと思う。記憶が曖昧なのは極力思い出したくないからか、それとも本当は傘なんか要らなかったのか。少なくともあの時、何か目的を持って商業施設に入ったんだ。
雨に濡れた体は冷房の効いている施設内でぶるりと震えて、「あ、そういえばトイレに行きたかったのかも」なんてとってつけたように思いだして。あとは帰るだけの自分を急かすものはないから、一番空いてそうなトイレを選んで用を足してさあ帰ろうと手洗いも済ませたんだ。
「すみません、紙を取ってくれませんか」
一番奥の個室から、男の声が聞こえてきた。切羽詰まっている声ではない、淡々と状況を伝える姿勢に少しだけ「この人、危機的状況なのに全く狼狽えていない……大人だ」と感心してしまった。すぐにハッとして「任せてください」自身満々に答えてみせて、与えられたミッションを華麗にスマートにこなそうとすぐに隣の個室から一つトイレットペーパーを拝借する。
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