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    hiwanoura

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    hiwanoura

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    転生してみたら女の子になってたタルと先生の出会いの話。鍾タルが鍾タルになるまで。

    #鍾タル
    zhongchi
    #女体化
    feminization

    転生してみたら女の子になってた公子の話出会う話

    はぁ、と吐き出した息が澄んだ空に吸い込まれる。少し前まで激しい痛みと熱さを発していた腹は既に感覚はなく、ただ今はもう寒いな、と掠れゆく意識の中で思った。辛うじて見えている片目を、腹の方に向けてみるが、頭を動かすことが出来ないせいでどんな状態なのかは確認することは出来ない。が、傷口を抑えている手の感触から、溢れてくる血液の勢いが弱くなっているのを感じ、もう自分にあまり時間が残されて居ないことを理解した。

    (後悔は、ない)

    そんなもの、あるわけない。
    闘争に生き、そればかりを追いかけてきたのだ。むしろ、戦場で死ねることは、予想もしていたし、願ってもいた。最後まで思う存分、己の力を振るい続けることが出来たのだ。こんな幸せなことなどない。あぁなんて楽しい人生だったんだ…!そう、本当は大声を上げたかったが、肺に穴が空いているせいでそれは叶わないので、かわりに緩く唇に笑みを刻んだ瞬間、込み上げてきた血液に咳き込んでしまった。

    「はは、」

    味覚って、死ぬ間際でも消えないんだな…なんて。口内から鼻に抜ける鉄臭さに妙に感心しながら、今度はゆっくりと息を吐いた。

    (あー、おみやげ、やくそくしたんだった)

    渡すどころか用意すらも出来なかった弟と妹へのそれを思い出し、胸が痛くなる。死ぬ事への後悔はなくとも、一応家族より先に逝くことは申し訳ないとは思ってはいるのだ。けれどきっとあの人たちの事だ、どこかで察していただろう。あの子らしい、と泣きながら笑って見送ってくれるんじゃないかな、なんて大変勝手ながら思ってもいた。暫く会っていない相棒は…今はどこら辺にいるのだろう。彼の旅のゴールを見れないのは少しだけ残念だ。

    (あぁ、そう言えば)

    あの人は、元気かな。
    流れでふと、浮かんだ懐かしい顔に、僅かな期間だけれど共に過ごした思い出が蘇る。一緒に食事して、財布忘れたあの人の欲しいものを買ってあげて、たまに一緒に観劇して…うん、なんかオレ財布取り出してる記憶しか蘇ってこないぞ?これでも一応、所謂恋人関係…だったはずなんだけど?と。まさに今更と言うようなことに気がついてしまって、思わず苦い笑みが浮かぶ。

    「あーあ、どうせならもうちょっと恋人らしいことすれば良かったな」

    未練にもならない戯れを呟いて。そうしてもうほとんど見えない目で、最後に見たいと決めていた、空を見上げた。雲ひとつなく、どこまでも青いそこはきっと、家族の暮らすスネージナヤや、相棒のいる場所…それにあの人のいるところまでも、続いているだろう。

    「じゃあ、ね」

    ばいばい、と吐き出した声は、もう、オレの耳には届かない。
    それが、オレ…『公子タルタリヤ』の最期の記憶だった。






    バチン、と一瞬頭の中で何かが弾け、目の前が白くなった次の瞬間。そろりと目を開けたオレがまず思ったのは「マジか」だった。
    頭の中に確かにある、生まれてから…いや、流石に生まれた直後の記憶はないので、物心着く三、四歳からつい数秒前までの十うん年間の記憶。そこにまるで以前からありましたけど?と当然の顔をして、それよりも前――所謂、前世の記憶、と言うやつが現れたのだ。突如として頭の中にプラスされた膨大な記憶。それの処理に脳が追い付いていないのか、グワングワンと痛む頭を押えつつ、オレが『マジか』と思ったのは、実は前世の記憶が蘇ったことに対してではなかった。いや、確かに前世なんてものがあったことには驚いてる。驚いてはいるんだけど、そんなことより……

    「オレ、女の子になってんじゃん」

    湯けむりの向こう、浴室の姿見に映った己の真っ裸に、無意識のうちに漏らしたのが「マジか」という感想だった。

    「いや、オレ男だったよね……?」

    蘇ったばかりの記憶では、確かに自分は男だった。ファトゥス第十一位『公子』タルタリヤ、だ。公子とはそもそも男を表す呼び名のはず…もしもとから女だったなら『公女』になっていたはずだが、そんな記憶はない。と、いうか、どう思い出しても、ブツが付いていた記憶しかないのだ。つまり、間違いなく己は前世では男だった。

    「……」

    ――が、今はどうみたって、女である。風呂の鏡に映る姿を見ても、自分で身体を見下ろして恐る恐る触れてみても、股にはブツは無い。いや、胸もぺったんこだから、ブツのない男という線もワンチャンあるか?と、一縷の望みにかけようとしてみるが、前世では無い、現世の記憶でハッキリと自分は女であると記録されているのでその望みは一瞬で霧散してしまった。

    「そっかー、オレ女の子になったんだー」

    すっぽりどころか、手の方が余るくらいしかないなだらかすぎる胸をぺたぺたと触りながら、改めて口に出して言ってみると、妙にしっくりくる。そりゃ、この姿で十うん年…正しくは今年で十四歳だから、十四年、女として暮らしてきたのだからしっくりも来るだろう。前世の男だった時でも二十そこそこしか生きてないのだ。男歴だってそんな長くないんだから、執着もない。まぁ、これはこれでアリかなー、なんて未だ泡だらけの洗い途中であった前世と変わらない赤茶色の髪へと手を伸ばした。
    それにしても、一体何がきっかけで記憶が戻ったんだろうか…。頭を洗い、次は身体へと泡を纏わせたスポンジを滑らせながら、今日あったことを思い出す。いつも通り学校から帰り、家族と共に夕飯を食べて、風呂にはいって。髪を洗うその瞬間まで、特におかしなことの無い日だったはずだ。全くきっかけに覚えはない…が、そういえば前世で深淵へと落ちたのがたしか十四の時だ。それが関係しているのかもしれない、と名探偵ばりに閃くが、よくよく考えなくとも最近深淵に落ちた覚えは全くない。いや、それどころか小さい頃のことを思い出してみても道端の側溝にすら落ちた覚えはなかった。オレ、運動神経だけは良かったもんなーいや、顔もいいけど。可愛くない?女の子のオレ…なんて、鏡に映る自分を改めて見ながら長いまつ毛に乗る水滴を瞬きで落とす。いや、話がズレたな。オレが可愛いのはとりあえず置いといて、そもそもこの世界にはもう、元素力を使うことも神の目も存在してないのだ。指先を振っても空鯨は出ないし、水の弓も双剣も作れない。ならば落ちたらヤバい深淵も当然…いや多分、きっとないだろう。残念、名探偵にはなれなかった。

    「うーん」

    いくら考えても、わかったのは結局記憶が戻った理由はさっぱり分からない、ということだけ。
    さっぱりわからない…けど。

    「ま、いっか」

    訳の分からない場所にいきなり放り出された訳では無いのだ。オレはこの世界を…今、オレの住まうここの事をちゃんと知ってる。ここは前世の記憶と同じくテイワット大陸で、しかし、あの頃と全く同じ場所ではない。嘗ての祖国であるスネージナヤも、モンドも璃月も、いまはその名前を変えている。神は…今もいるかどうか分からないけれど、昔ほど信じている人はいないだろうし、魔神戦争とか、オレが死んだ戦いだとかは歴史の授業としてほんの少し習う程度だ。…ほら、ちゃんと今の記憶も残っている。ならば前世の記憶があったって、問題なく生きていけるだろう。ただ、まぁ過去を思い出したことで感じるのは、

    「変わったんだなー」

    と、いう酷く他人事な感想だけだった。
    前世のオレが死んで、どれ程の時がたったかは分からないが、何もかもが変わってしまうほどには、年月が過ぎたらしい。そりゃーオレだってこんな女の子になっちゃうくらいだもんね…と。シャワーで泡を流しながら改めて鏡を見る。顔は姉や妹の面影があって、さっきも思ったがとにかく可愛い。大きな青い目に、スっと通った鼻筋。各パーツの配置も完璧だ。体型は…全体的に細いのは闘争などない世界に生きているから、だろう。傷とかもないツルツルの肌はきっと淑女ならめちゃくちゃに嫉妬するだろうなー!
    ただ、うん。やっぱり気になるのは…

    「胸、無さすぎじゃない…?」

    なんの引っ掛かりもなく流れてゆくお湯を見ながら思わず溜め息が出る。上から見下ろして、足の先が見えるんだけど…もう少し…手で包めるくらいはあっても良いじゃないか、と思えてしまう。よく言えばスレンダー。悪く言えばどこもかしこも肉付きが悪くて薄っぺらい…これならば前世の時の胸筋の方が大きかったよ…と、男の時の己に謎の敗北感を感じながらシャワーのコックを捻った。

    こんな感じに特に感動的なエピソードも何も無く、唐突に前世記憶の戻ったオレだったが、予想していた通り日常生活に特に問題はなくいつも通りに学校へは行くし、クラスメイトとも何事もなく話すことができた。ただ、己の一人称だけはどうにも『オレ』と言ってしまいそうになるので、今まで通り『私』というのに苦労していたが。名前も流石に『タルタリヤ』では無いものの、前世の本名である『アヤックス』と名付けられていたので、違和感はない。まぁ、両親や兄妹達は今世では同じではなかったのは少し、残念ではあったけれど。それも仕方ないと割りきれる程度には今の両親にも感謝はしていた。
    今まで通りの、変化のない日々。
    …ただ、ごくたまに。ふと考えてしまうことはある。
    両親は全く別人、友人には嘗ての顔見知りは一人もいないし(執行官連中がいなくてよかったな、とは思ったけど)誰とも再会もしていない今の現状で、本当になぜ、自分だけ前世の記憶が戻ったのだろうか、と。せめて誰か知り合いに会えたなら、自分だけじゃないと思えたかもしれないが、誰一人として顔見知りに会えないのは、たまにほんの少し…いや、そこそこに寂しかった。

    (もしかしたら、あの人なら)

    元神様なわけだし、なんか凄い力でどこかにいるかもしれない…と。己の手の届く範囲で記憶に鮮やかに残る石珀色の目をした人を探してみたりもしたけれど、どんなに探しても髪の毛の先ほどもその痕跡は見つからなくて。あぁ、自分はもう特に意味もなくこの記憶を一人で抱えて生きて行かなきゃいけないのか、と。あの人を探すことも諦めかけていた頃、唐突に全てが転がり出したのだ。
    ――それは、オレの記憶が戻って季節が二つ、巡った頃だった。





    「――公子殿」

    声が、記憶を揺らした。
    けして大声や怒鳴り声などではない、どちらかと言えば落ち着いた呼び声だったそれ。しかしその場のざわめきに飲まれることなく確かにオレの耳へと響いたその声に、無意識に歩みは止まってしまった。低く耳朶に溶けるような声と、何より今世では一度も呼ばれたことの無い――いや前世でさえ一人にしか呼ばれていなかった、呼び名。酷く懐かしいそれは、いつも…いつも、こんな風に人混みの中でオレを見つけて、今のように呼んだのだ。

    (聞き間違え、じゃない)

    聞き間違えようもない。遠い昔の記憶を揺さぶり、繋がるように脳裏にあまりに鮮明にその姿が浮かぶ。まさか、そんな、あんなに探したのに?こんなところで、こんなタイミングで…?と。にわかには信じられないまま、しかし、恐る恐る振り返ってしまったのは、どうにも湧き上がる期待に抗えなかったからだったかもしれない。

    「あ、」

    嗚呼、自分はいつもなんと応えていただろうか。『久しぶり』『どうしたの?』『また何か欲しいものでもあった?』頭の中に浮かぶ返答はどれも応え慣れたもので。しかし、振り返った先、真っ直ぐと向けられた石珀色の目を見た瞬間、それらは全て吹っ飛んで、ただ、無意識に、まるで喘ぐように、声を絞り出すことしか出来なかった。

    「せ、んせ」

    舌にのせたその音は、別に珍しい単語では無い。しかしこの瞬間、確かに特別で、ただ一人を示す音となった。
    ――刹那、目の前が暗く陰りそうして顔面への衝撃とともに身体がキツく拘束された。

    「んぶ!?ちょ、ぐぇ」

    なんの襲撃かと驚くが、冷静にならずとも正体はすぐにしれた。まぁつまりは、数メートルの距離を一瞬で詰めた目の前の人に、体当たりも同然の勢いで拘束され思い切り抱きしめられているのだ。胸板にぶつかった鼻が痛い…あと、腰というか背中に回った腕の力が強すぎるって!肺が潰れて苦しいし、背骨が変な音たて始めたんだけど!?こんな感じのプロレス技あった気がするな!!なんて。混乱を誤魔化すよう内心でツッコミを入れてみるが、正直流石にこれ以上締められたら色々とヤバい…まさかこんな所で圧死なんてしたくない、と何とか片腕だけ動かし、バチンバチンと相手の背中を叩いた。

    「ちょ、せ、せんせっ!しぬ!オレ死んじゃう!!」
    「む、」

    それはまずい…と。呟きが聞こえた後少し緩んだ腕の中、ぶつけた鼻の痛みと息苦しさからの涙の浮かぶ目をそろりと上げる。前世では同じくらいの身長だったからか下から見上げる…という記憶ではあまり見た事ない角度からの顔。しかし自分を腕に捕まえているその人は間違いなく見知った人で。やっぱり、鍾離先生だった…と思うと今度は痛みからではない涙が涙腺を熱くし視界を揺らした。

    「こ、公子どの、どうした?どこか痛いか?」

    腕の中でオレが突然泣き始めたからだろう。慌てたように視線を揺らした先生は、背に回していた片腕を解き、その長い指で濡れる目尻を撫でた。触れられたことで溢れ出しポロポロ零れる涙を拭う指。その懐かく暖かな感触に、思わず擦り寄ってしまう。

    「先生、力強すぎ。オレ圧迫死する所だったんだけど」
    「あ、あぁ…すまない。つい…力の制御が出来なかった」
    「なにそれ」

    まだ凡人になりきれてないの?揶揄うようにくすくすと笑うオレに、先生は気まずそうな顔をするか…と思えば、何故か目尻を緩めている。そのなんとも言えない慈愛に満ちたような目にドキドキと心臓が鼓動を早めるのを隠すため、なんでそんな嬉しそうなの?と首を傾げると、「やっと見つけたからだ」と、その石珀が煌めいた。

    「ずっと探していたぞ、公子殿」

    生クリームに練乳をぶっかけて更に粉砂糖をふりかけたかのような甘い甘い声をオレの耳に注ぎつつ、目尻を辿っていた指が頬を撫でてゆく。いや、いやいやいや、何その声、その顔。愛おしいと顔面に書いただけじゃ飽き足らず、全身からただ盛れるのを隠すことも無く、腕の中のオレに問答無用て注ぎ込んでくるこの人に、もう思考は完全に停止していた。あんた前世ではこんなじゃなかったじゃないか…頭の片隅で突っ込んでみても、目の前の状況が変わる訳もなく。そうこうしているうちに、頬を撫でていた指がするり、と顎を掬った。

    ――あ、これやばいのでは?

    石珀に映る己の顔が次第に大きくなる。ゆっくりと距離を詰めてくる先生に、止まっていた思考が動いたのは奇跡だった。

    「ま、ままままって!先生ストップ!」
    「何故だ?」
    「キスしようとしてるでしょ!?だめだよ!?」
    「何故だ?」
    「なぜって…どう考えたってまずいでしょ!」
    「何故だ?」

    早口でだめだって止まれよと叫ぶオレに、半眼の目に不満を隠しもせず心底不思議そうに『何故だ?』を繰り返すこの人は、やっぱり神様の感覚が抜けてないらしい。ダメだって言ってんのに尚もギリギリと距離を詰めようとしてくる先生を何とか押し留め、いや、だって!と更に声を上げた。

    「ここ!学校!!キスしたら先生逮捕されるよ!!」

    そう、なんだか勢いで忘れていたが、ここはたまたま説明会で訪れていた来年度入学予定の高校で、しかもオレは中学校の制服姿。それに対して先生はと言うと、きっちりとスーツを纏ったどこからどう見ても成人男性…まぁつまりは、誰がどう見ても、やばい絵面だった。それでなくてもこんな公衆の面前でキスは流石にちょっと恥ずかしすぎるってのに…先生、前世の頃の方がもうちょっと節度あった気がするんだけど?と、叫ぶオレの声が届いたのか、動きの止まった先生は上から下へとじっくりとオレの姿を眺めたあと暫し何事かを考え、やっと顎と腰への拘束を解いた。が、今度はオレの腕を握ってきてるから逃がす気はないんだろう。まぁ逃げる気もないけど。

    「そうかその格好、公子殿はまだ中学生か」
    「うん。十五歳にこの前なったよ」
    「十五…」

    それは確かにまずいな…そう、低く呟いた先生は、一瞬でさっきまでの甘ったるさを消してしまった。

    「…萎えた?」

    まって、と言ったのは自分だと言うのに、いざ距離を取られるとなんだか急に寂しくなってしまう。あぁ、こんな風に感じたこと前世ではなかったのに…女の子になったせいか、はたまたまだ肉体が子供なせいか…己の面倒くささに若干嫌気を感じて、逃げるように目を伏せると「いや」という声と共にふわりと頭を撫でられた。

    「前の時にはこの歳の公子殿には会っていないからな。幼い公子殿も可愛らしいと思っていた」
    「…へ?」
    「欲を言えば、もっと公子殿の成長を長く見ていたかったな。早く見つけていればよかったと、少々後悔している」
    「は、」

    可愛い?成長をみる?言われている内容に思考が追いつかず、何言ってんだ?と先生を見上げつつ首を傾げると、愛らしい…と呟いて石珀色がゆるりと笑みを描いた。なんだかまた甘ったるい雰囲気が戻って来たのを感じつつ、その視線や空気に、疑いようもなく感じ取れるのは、

    「ずっと探してたんだ…オレのこと」

    と、言うことだった。

    「なんだ、俺が公子殿を探すのはおかしいか?」
    「いや、うーん。おかしいって言うか…記憶戻ってから今まで、オレが探しても知り合いに会えなかったからさ。逆に探されてたのか、てなんか不思議で。ずっと先生も見つけられなかったし」
    「公子殿も俺の事を探していたのか」
    「…あっ」

    つい零してしまった内容が戻る事などなく。しまった、言うつもり無かったのにと口を塞いでも時すでに遅し。じ、と真っ直ぐに向けられる二つの目に、うぅと呻いて渋々と頷いた。前世の頃から先生のこの目には弱いのだ。

    「まぁ、見つけられなかったけどね。でもまさか学校で会うなんて思わなかった。会えて嬉しいよ」

    オレ、女の子になっちゃっけどねー。
    開き直るように言うと、先生はそうだな、と頷く。そうして、おもむろに捕まえるように握っていたオレの腕を離し、代わりに手のひらへと指を絡めすくい上げた。

    「せんせ?」
    「再会して早速で悪いが、公子殿」
    「うん?」
    「俺と結婚を前提に付き合ってくれ」

    持ち上げられた手の甲に、形の良い唇が寄って、吐息と共にふに、と柔らかな感触が触れる。告げられた言葉と、その行動の意味がわからず、はい?と間抜けな声が零れた。

    「え?結婚?」
    「あぁ、結婚だ。まだ前提だが、いずれ娶ることはもう決定しているからな。契約書を書くか?」
    「契約書、って…いやいやいや、は!?え、友達とか…セフレとかじゃなくて!?」

    結婚?前提??娶る??どの言葉も、今世どころか前世でも聞き馴染みがなくて、ただ一つ聞き覚えのある契約書という単語だけを手繰り寄せ、何とか理解しようとする。が、やはりよく分からず、咄嗟に口から出た問いかけに、目の前の綺麗な形の眉が寄せられた。

    「何を言っている、お前はまだ成人していないだろ。成人するまでセックスはしない。まずは恋人からだ」
    「セッ…、って、はい!?恋人!?なんで!?」

    恋人と言う思わぬ単語に目を見開く。なにそれ、再会して数分で何言いってんのさ!というオレの至って普通の反応に、しかしこの元神様はニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべると、

    「公子殿が言ったんじゃないか。前の生の死ぬ間際、もう少し恋人らしいことをしたかった、と」

    と、とんでもないことを言ってきやがった。

    「前世…死、あっ、なんで!?」

    忘れたくても消えてくれないかつての終わり際。確かに、薄れゆく意識の中そんなことを呟いた気もする。だが間違いなくあの時オレは一人で死んだのだ。だからこの人は傍にはいなかった…つまり聞こえてなんて居ないはずなのに!

    「き、きききききいてたの!?」
    「聞こえてきた」
    「このっ似非凡人!!今すぐ忘れて!!」
    「それは無理だな」

    そんなところで神様の力使ってくるんじゃない!とじたばたと暴れるオレを片手で易々と捕まえて。実に楽しそうに笑って先生はもう一度掴んでいた手にキスを落とす。

    「好いた者の望みは叶えたいのが人というものだろう?公子殿。だから俺と今世でもう一度、恋人になってくれ」

    そうしてゆくゆくは結婚を。そうまるでプロポーズのようなことをしてきた人は、きっと断られるなんで少しも考えていないのだろう。逃がす気などすこしもないその傲慢な石珀には過去散々に振り回されてきた。もうため息すら出ない。

    「…オレ、女の子になっちゃったんだけど」
    「あぁ、前世の公子殿も良かったが、今世も可愛いな」
    「先生よりすごい年下だけど」
    「そこは前と変わらないな」
    「…ってか、オレに先生とは別に恋人がいるとは思わないの?」
    「ふむ、それは考えていなかったな」

    あまりにすべてなんの問題もないと返され、この人の思い通りになるのが悔しくて。ちょっとくらい動揺したら面白いな、とふっかけてみれば、そこでやっとパチリと目が瞬いた。何その青天の霹靂みたいな反応。オレだって告白くらいはされたことあるし、誰かと付き合っていたっておかしくないでしょ!
    …まぁ、誰とも付き合ったことなんてないけど。

    「公子殿が、俺以外の誰かと付き合っているのならば…さてどうするか」

    考えるふりをして、答えなんて決まってるんだろう。ス、と細めた目に殺気にも似た剣呑な色を見て、早々に降参するかのように肩を竦めてみせる。もしも、の話でいもしない架空の相手にそんな殺気むけるなら、ホントにいたらどうなるのか、考えたくもない。

    「ま、そんな相手はいないんだけどね」
    「そうか、ならば問題はないな」

    完全に逃げ道は塞がった。後退が出来ないのなら、突き進むだけ。

    「しょうがないから、先生に今生のオレをあげるよ」

    先生の相手なんて、オレくらいしか出来ないだろうしね。と、緩みそうになる唇を誤魔化すためにため息をついて、掴まれたままの手を引き寄せて、そうして先生を真似てその指先にキスを落とした。

    「飽きさせないでね?」
    「あぁ、善処しよう」

    契約成立――こうして二度目のオレの人生にまた元神様な似非凡人なこの人が乱入してきたのだった。





    ちなみに、オレたちのこの告白はばっちり色んな人に見られていて、在学生はおろかオレと同じ入学予定の生徒にまで知れ渡ることになるのだが、この時のオレにはそこまで考える余裕なんてなく、後々死ぬ程恥ずかしい目に合うのだが…それはまた別の話だ。

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