中華パロSS 第一章 裏路地の何でも屋とある中華風景観が特徴的な街。
そこは非常に治安が悪く、国の手が届かない無法地帯と成り果てていた。
これはそんな街の路地裏にある小さなお店の話。
「いちはちさーん!日替わり定食一丁!」
「任せんしゃい!日替わり定食一丁!!」
ピンクの髪をふわりと靡かせ、じらいちゃんは厨房付近にいるいちはちに注文を伝えた。いちはちはそれを取り次ぎ厨房へ伝えた。厨房内でも注文内容が反響されていく。
「レモン風味の杏仁豆腐です、お待たせしましたぁ〜」
厨房付近で待機していたいちはちは出来上がったばかりの料理を受け取りテーブルへ運んだ。その容姿に似合わない低い声が店内に響く。店に入ったばかりの客は驚いて目をまんまるに開いていちはちを見ていた。どうやら新規客のようだ。気持ちはわからなくもない。あの容姿であの声は普通想像できないだろう。
「はいっ、じらいちゃんの小籠包です!」
今度はじらいちゃんが別のテーブルへ料理を届けている。男の客はあからさまにじらいちゃんに対して照れるような反応を見せている。ありゃ男だと気づいてねぇな。かわいそうに・・・機嫌氷点下モードのじらいちゃんと出会わないよう祈っておくとしよう。
「日替わり定食です〜」
いちはちが、具材のたっぷり乗ったラーメンをテーブルへ運んだ。そのラーメンの上には大量の焼き豚ともやしだけが乗っていた。客が疑念に満ちた目でいちはちを見る。
「あ、お客さん、ここの日曜の定食頼むの初めて?日曜のラーメンはね、具材をここの店員が一人一つ決めてそれを全部乗っけるんよ。だからまぁ、時々こういう事故が起こるんだけど、それもまた一興ってことで」
その通りだ。事故も含めて愛されているのがここの日曜定食。六人全員が違う具材を選び種類豊富になる日もあれば、今日のように具材が偏ってしまう時もある。今朝五人が焼き豚を選んでいたと弟から聞かされた時は腹を抱えて笑ったものだ。弟は不愉快極まりない顔をしていたが。まぁ五人が焼き豚を選んだせいで急遽仕入れに行かなければならなくなってしまったのだから仕方ない。それに彼はもやしを選んだと聞いた。他の五人のせいで買い出しに行かされるなど不憫で仕方ないが、おそらく責任感の強い弟はどのみち買い出し担当の自分が行くと言って聞かなかっただろう。
「しるこさん、しるこさん」
じらいちゃんが伝票を抱え、ホールの隅の席を陣取って店内を眺めていた俺に声をかけた。
「なに?」
「注文だよ」
注文を俺に伝えにくる時点で要件は明らかだ。一言一句聞き取らないよう耳を傾ける。
「赤出汁茶漬けの味噌煮込みうどんだって。六番テーブル」
「・・・了解」
さぁ、仕事の時間だ。俺は六番テーブルに座る男にアイコンタクトを送り、店の奥へ招き入れた。
〈三人称視点〉
男は“隠語”を使い、店に裏メニューの注文をした。
そう、この店はただの飲食店ではない。
「注文内容に間違いはない?」
「あ、ありません!」
男がこの店を頼ることに決めたのは、もう後に引けなくなったからだった。
詐欺に引っかかり全財産を失った彼は、自分と一人娘の命を繋ぐため、藁にもすがる思いで店に来た。
「なるほどね、詐欺か。最近多いねぇ」
「はい・・・気を付いてはいたんですが、聞いていた手口と違っていたのでロクに警戒もしないまま引っかかってしまい・・・。父として不甲斐ないです。娘に申し訳ない・・・。友人に、ここの裏メニューのことを教えてもらって、それで来たんです!お願いです、奪われた全財産を取り返してください・・・!依頼代は、取り戻した財産の中から差し引いてください」
男の必死な姿を見てノーと言えるほど、しるこは薄情な男ではない。二つ返事で了承した。
「いいんですか?」
「もちろん。この店は飲食店兼何でも屋だから」
ここ“BinTRoLL”は表向きには裏路地に店を構える小さな飲食店だが、隠語を使って裏メニューを注文すれば何でもやってくれるという特殊な店だ。犯罪で街の安寧を揺るがす存在を決して許さず、街の民を守ることを大前提としている。たとえ裏メニューを知っていたとしても、彼らの正義理念に反していれば依頼は受けてもらえず、最悪の場合その場で商材にされる。
「じゃあこっちでいろいろ調べとくから今日はもう帰っていいよ」
「えっ」
「俺らを信じな」
男はそこまで言うならと引き下がり、店の中へ戻った。
「あっもう帰っちゃうの!?ちょっと待って!」
厨房からぴょこっと顔を出したじらいちゃんが男を引き止めた。
「君は、さっきの」
「あ、俺じらいちゃん!覚えて帰ってね!」
俺・・・?と男がじらいちゃんの一人称に驚いて固まっている間にじらいちゃんは厨房に行き、すぐに包を両手で抱えて戻ってきた。
「はい、これ。うちの看板メニューの小籠包」
「え、そんな、俺お金なんて」
男は所持金がないことを理由に受け取りを躊躇う。
「あのね、全財産盗られた人から代金巻き上げるほどうちはケチじゃないから!お金ないんだったら、ここ数日まともにご飯食べられてないんじゃない?これ、娘さんと食べて。お代は要らないから」
じらいちゃんはそう言って、男に包を手渡した。
「いいんですか・・・?本当に?」
「うん!さぁ、冷めないうちに娘さんのところに帰りな」
「はい・・・!本当に、ありがとうございます・・・!!」
男は涙を流して、何度も何度もお礼を言って店を去った。
「あぁやって、真面目に生きてる人だけが不幸を見る。他人を蹴落として、犠牲にして富を得た奴らがどこまでも甘い汁を吸い続ける」
「俺はそういう奴らが許せない、でしょ?」
その先の言葉がわかっていたように、じらいちゃんは言葉を紡いだ。
「うん。さぁ、また少し忙しくなるよ。まぁ件の詐欺グループは以前から追っていたものだったから大して変わらないけどね。結構大きい規模だったし、じらいちゃんにも出てもらうかも」
「OK!じらいちゃんの蹴り食らわせてやんよー!」
「チャイナドレスで蹴るのはやめな」
「えー!なんで!そのためのドレスじゃん!!」
じらいちゃんはブーブーと文句を口にしている。
「今すぐにでも動きたいところだけど、実働部隊が戻ってこないことには厳しいかな」
「そうだね。今は情報収集と下積みしよ」
「うん。じゃあ、じらいちゃんはホールに戻って。いちはちくんがそろそろ根を上げる頃だと思うから。俺は奥に引っ込むよ」
「了解〜!」
じらいちゃんはビシッと敬礼をしたのち、ホールへ戻っていった。しるこは“BinTRoLL”の裏方担当である弟へ会いに店の奥へ向かった。