[ハグの日] 仙楽三角「風信、慕情」
呼びかけた声に左右の姿が反応する。
君たちがいてくれて良かったと二人の肩に腕を回したあの時の感触を、幾百年たっても謝憐は忘れはしなかった。
謝憐の率直な言葉に、片方は体を揺らして笑い、もう片方は身を硬くして呆れた。
あの頃は、謝憐を頂点にして、そこから伸びる辺の先にはいつもこの二人がいた。三人を繋ぐ三角は、時に鋭角に尖り、時に鈍角に緩み、それでも常に離れることはなかった。
だが、二人の肩を抱いたあの感触を思い出す時、一緒に思い出すのは、あの後の苦しみと悲しみの記憶。
狂い始めた歯車はもとに戻ることなく、歪み、崩れ、離れていった。
時に相手を支える腕を伸ばすのを拒み、また時に、伸ばされた腕を取るのを拒み突き放した。どうしてこうなってしまったのかと問うても、答えはもう三人の間にはなかった。
一度切れてしまえば、もう三点が繋がることはなかった。互いのことを忘れてしまったことはない。だが、謝憐と二人は、文字通り天と地に離れ離れとなり、手の届かない存在となってしまった。
あの力強い肩と、すくめた肩をまたその両手に感じることができればと願わなかったといえば嘘になる。だが、果たしてそんな時がくるのか、たとえ神であったとしてもわからなかっただろう。神ですらなくなった謝憐にはもはや霞みのような望みだった。
だから――
訝し気に見る左右の二人。謝憐は静かに微笑む。
いま三人の間に横たわるのは完全に等辺の三角だ。もう風信と慕情は謝憐の従者でもない。対等な三人の神官。
そのことが謝憐には嬉しかった。
腕を伸ばし、二人を引き寄せる。
「本当に、君たちがいてくれて嬉しい」
「急にまた、なんなんです?」風信が眉を寄せる。
「別に。言いたかっただけだ。いいだろう?」
二人の背に腕を回し、さらにぎゅっと力をこめて引き寄せる。
目を閉じて、謝憐はその腕と両手と体のすべてで二人の存在を感じた。
武神として数百年を歩んだ二人の体は、あの頃以上に硬く力強い。
「殿下……」
風信の呆れたような声すら心地よい。
「いいじゃないか、このくらいしたって」
謝憐は目をつぶったまま口の端を上げる。
「いえ、殿下、その……」「……謝憐!」
二人の声を怪訝に感じ、謝憐はやっと目を開けた。
謝憐の腕の中で、風信と慕情は向き合った状態でぴったりと一纏めにされていた。なんとか上体を逸らして顔がくっつくのだけは阻止している。
「す、すまない……!」
顔を赤くして謝憐は急いで腕を離す。
「まったく、あなたって人は……! 自分の力を忘れないでくださいよ!」
服を整えながら風信が言う。
「ははは、ごめんごめん。ちょっと感傷的になってしまって」
「感傷的になるたびに人を絞め殺すのはやめて頂きたいですね」
腰に手を当てて慕情が白眼する。
「まあそう言わずに」
謝憐が腕を伸ばすと二人は同時に身を引いた。
「わかったわかった」
謝憐は笑って肩を竦めた。
おもねることも遠慮することもなく、二人がただそこにいるというだけで幸せだった。