可愛い存在 部下の神官を可愛いと思うのは間違っているだろうか。
両袖に入れた腕を組みながら、慕情は小さく頭を振った。
おかしいに決まっている。何を考えているのだ。
だが、頭の中でもう一人の自分が、ふんと笑う。自分を騙してなんになる、と。
扶揺。自分より年若い神官。
新しい技を習得した時に顔を輝かせて真っ先に披露しに来る姿。南風を揶揄ってやった話を楽しそうにする姿。そんな彼に、思わず自分の頬も、出来立ての饅頭のように緩んでいる。
――そして気づいたのだ。
これは何かを「可愛い」と思う感情なのではないかと。
数百年生きてきて、自分は、何かをこんなに可愛いと思ったことがあっただろうか。
能力が高く、覚えも早い彼を、可愛がっていたのは確かだ。
だが、鍛錬で刀を持つ姿勢を直す時に添えた手がぴくりと震え、その真白な頬が薄紅色になるのを見た時に覚えた感情は、それとは違うのだ。
嬉しいことは嬉しいと声を弾ませ、楽しいことは楽しいと屈託なく笑う姿は、かつて自分が密かに憧れ、手に入れたいと思いながら叶わなかったものだ。
手に入れたいと思ったことすら、忘れてしまったものだ。
「将軍、お茶をお持ちしました」
その声に慕情は顔を上げた。
茶汲みをすることすら楽しいと言わんばかりの顔で入口に立っている姿に頷く。
慕情の前に茶碗を置くと、彼は、もう一つの茶碗を置き、ちょこんと慕情の前に座った。その抜け目のなさに、いつもあっけにとられてしまう。
茶碗に口をつけると、微かに花の香りの混じる湯気が鼻先をくすぐる。自分の好みをよくわかっている。
「ん、うまいな」
慕情が呟くと、扶揺のハシバミ色の眼が輝く。
「よかったです。ああ、そうだ、これも」
盆から扶揺が皿を下ろす。
「この間、東の地に任務に行っていた神官が持ち帰った菓子なのですが」
ころんと丸く、白い粉に包まれた餅のようなものが二つ載っている。
「なんでも、大きな福という意味の言葉で呼ばれるらしいです」
それはまた目出度い菓子だな、と言いながら一つを手に取る。思った以上に柔らかい。扶揺も一つ取って、ぱくっと迷いなくかぶりつく。
「ん――っ」彼の小ぶりな口の前で餅が長く伸びる。やっと嚙み切った彼の口がもぐもぐと動く。
慕情はくすりと笑った。
「扶揺」そう言いながらすっと手を伸ばす。
「粉、ついてるぞ」
扶揺の口の脇をすっと指で撫でる。刀を握るときに劣らぬ俊敏さで、彼の頬が赤く染まる。
慕情はそれを眺めながら、指先をそっと舐める。
この感情が間違っているなんて、そんなことは言わせない。
頭の中の自分が、朗らかに笑った。