さてどうしたものか。
風信は壁に背をもたせかけ、腕を組んで目の前の虚空を見つめる。足元からは、抑えきれないすすり泣きの声。
懐中電灯の電池が切れたので備品室に取りに来ただけだった。気配を感じて部屋の奥を覗き込んだ風信の目に入ったのは、床にうずくまった人影。小さく揺れる肩と、見慣れた髪。
備品室になんて滅多に来ないのに、来た時に限って何故、と思ったことは否めない。だから気配に気づいて頭を上げ、涙に濡れた顔で「なんで……」と呟く南風と目があったとき、風信のほうも同じ気持ちだった。
そのまま見なかったふりをして立ち去ればよかったのだろう。でも風信にはそれが出来なかった。ゆっくり近づいていっても南風は立ち上がることはなく、うずくまったまま、また腕に顔をうずめる。
そっと横に立つ。
「何があったか知らないが、話したければ聞くぞ」
下から返ってくるのは小さく鼻を啜る音だけ。やはり放っておくべきかと思ったが、なぜか見えない手にズボンの裾をぎゅっと握られてるような気がしてそのまま佇む。
視界の端でドアが開くのが見える。入って来た人に目で訴えると、察しのいい奴だったらしく、チラリと覗って、いるものだけ取るとすぐに出ていってくれた。
足元で丸まる姿を見下ろす。
「泣きたければ思いっきり泣いたほうがいいぞ」
相変わらず、小さく肩が揺れるだけ。視線を上げ、薄汚れた天井を見つめる。
「俺たちは空には感情を持っていけない」
悩みも悔しさも悲しみも、すべて地上に置いていかないといけないのだ。
「だから地面に足がついてる時に存分に泣いておけ──経験者からのアドバイスだ」
一瞬、視界の下でその動きが止まる。
「お前はよく頑張ってる。それでも、ままならないこともあるさ」
啜り上げる音に、嗚咽が混じった。
唸るような、喉を引き絞るような声。その手から腕を伝って、肘から床に雫が落ちる。
腰を折って、その顔の前にハンカチを差し出す。顔を上げた南風は、真っ赤な鼻先に現れたそれを目を丸くして見つめ、そしておずおずと受け取った。
「鼻かんでもいいぞ」
ふっと笑いながら言うが、南風は手の中のそれをじっと見つめている。その目にみるみるうちにまた涙が溜まっていく。ぎゅっとハンカチを握り、その手を胸に抱くようにしたかと思うと、また顔は下を向いてしまう。
それを見て、風信はすっと壁から背を離す。たぶん、もうこれ以上ここに風信がいても無駄だろう──少なくとも今は。
「何か話したくなったら、いつでもメールしろよ」
頭が小さく頷くのを見届け、その黒髪をくしゃっと撫でる。
部屋を出る背中ごしに聞こえた息遣いは、もう風信の後ろ髪を引きはしなかった。