バーベキューパーティーの妄想「来週の週末は皆、任務の無い日があったな。…久しぶりにバーベキューパーティーを開催する。準備をしておくように」
ブーフ・ド・エテの館に顔を見せられたお父様は、そう宣言されたと思うと、またすぐに「所用がある」とのことで去っていった。
…僕達兄妹がこの館に来て初めて言われたその言葉に、2人して顔を見合わせる。
…バーベキューパーティー?…随分とほのぼのとした単語だけれど、『マレル』=『安心』のような、重要な暗号か何かなのだろうか。
同じく周りでその言葉を聞いた子供達は、お父様が居なくなると同時に真剣な表情で集まって何やら会議を始めていた。
リネットが館の設備を壊した件の汚名を返上したばかりの僕たちは、少しは周りに溶け込め始めたけれど込み入ったグループには所属出来ていなくて、周りに聞き耳を立てることでしか情報を得られなかった。
辺りを見回すと僕達の他にもグループに入っていない見知った存在に気がついて、すぐさま声をかけた。
「フレミネ!」
「あ…お兄ちゃん、リネット」
「こんにちは、フレミネ」
僕達よりも背の小さい、けれど大きなペンギンのぬいぐるみを抱えた少年が手持ち無沙汰に部屋の隅に立っていた。僕に声をかけられた少年…フレミネは驚いた様子だったが、すぐに目元を緩ませた。
…彼には僕の力ではどうにも出来なかった壊れた屋敷の設備を直してもらった経緯があり、他の子供達よりも仲良くなった自信があった。
僕のことをお兄ちゃん、なんて呼んで慕ってくれるし、なんとも愛らしい弟が出来たものだ。
僕たちよりも長くこの孤児院にいる彼からなら、今回の件についても何か話を聞けるだろう。
そう思って、やあ、とひらひらと手を振る。
「フレミネ聞いたかい?バーベキューパーティーだって」
「うん…すごくひさしぶり。ぼく、どうしようかと思って…」
「その…僕達は初めてで…何をしたらいいのか分からないんだ」
「そっか、お兄ちゃんたちが来てからやったことがないんだ。えっとね…」
そう言って、辺りをきょろきょろとし始めるフレミネ。
と、何かを見つけた様子で壁炉の部屋の近くにある本棚へとてとてと歩いていく。沢山の本の隙間から丸まった大きな紙を取り出して、壁炉の近くにある机にそれを置いた。僕達はあとについて歩いて、彼の行動を見守る。
フレミネはその小さな体をいっぱいに使って机に紙を広げようとしているようだが、広げた端からくるくると丸まっていた。
「…手伝おうか?」
「ぁ…えと…う、うん」
「じゃあ僕はこっちの端を押さえるよ」
「私は何か重しになるものを取ってくるわ」
「あ、ありがとう…」
申し訳なさそうな顔のフレミネと一緒に紙を押さえながらよく見ると、それはどうやらこの辺りの地図のようで様々なことが書き込まれたものだった。フォンテーヌ廷の代表的な建物から小さな通り、さらにその外の草原や浜辺、そして海中のことまで。それらの情報や特徴がこと細かに書かれていて、これさえ頭に入って入ればこのあたりで迷子になることは無いだろう。
「これは、フレミネのものかい?」
「ううん、皆のだよ。何があってもいいように、頭に入れておくよういわれてるから」
「へえ…」
少し引っかかる物言いだったが、特に追求せずにある意味宝の地図のようなそれをじっくりと眺めていると、やがてリネットが本棚から適当な本を見繕って持ってきた。四隅を固定するように置いてもらって、ようやく押さえていた手を離す。
フレミネもふう、と息をついて体ごと手を離したところで、フレミネを間に挟むようにして3人で並んでソファに腰かけた。
「えっとね…バーベキューパーティーはお父様がいらした時にたまにやってて…。うちの近くではできないから、フォンテーヌ廷の外の…このあたりに色々と持っていってやるんだ。…もちろん勝手にやると警備のマシナリーに攻撃されちゃうからお父様が先に許可をもらっておいてくれてる」
「へえ」
「そうなのね」
「…お父様が主催のパーティーだから…みんながはりきって作戦を立てるんだ。誰がいちばんお父様の気に入ることができるのかって」
地図を指さしながら教えてくれるフレミネは、本当に何度か経験しているのだろう、慣れた様子で説明してくれる。…みんな張り切ってる、ということはお披露目会のようなものでもあるのかな。警備を緩めるような許可を貰えるということは、危険なものでは無いのかもしれない。
「フレミネは?いつもどういうことをするんだい?」
「えっと…ぼくはその時によるかな。機材がちゃんとうごくのか確認したり…他の子達がやりたがらなかったことは、大体目立たないことだからそういうことをしてる」
「なるほど」
たしかにフレミネはそういう仕事が得意だし、逆にアピールがしやすい目立ちそうなことは避けるだろう。そうなると…おのずとまだここに馴染めていない僕達2人がやるべきはアピールのしやすいことになる。
ただ、それは一体どういった行為のことを言うのだろうか。
「目立つことって例えばどんなこと?」
「うーん…お父様の近くにいられる…食材を焼いたり…はこんだり…かな?ぼくはやったことない…」
「お兄ちゃん、私ごはんを運ぶ役をやりたいわ」
「リネット?それは給仕がてらつまみ食いでもしたいんじゃないのかい?」
「だってお父様に運ばれるごはんなんでしょう?きっと美味しい…違う、毒味役が必要なはずよ。それもやるわ」
「リネット、君ねえ…」
「あはは…まあ、たしかにお父様にはいちばん美味しいものがはこばれると思う」
耳を忙しなくぴくぴくとさせるリネットは、このパーティーの意味は分からなくとも美味しいものが出ると聞いて興奮気味だ。まあ少なくともご馳走は出るんだろう。それが食べられるチャンスがあるかは分からないけど。そう思っていると、フレミネが、でも…と小さく声を出す。
「焼く係やはこぶ係は本当に人気で…大体はぼくたちよりも年上の子達がやるから、むずかしい、かも」
「そうなの?なんだか残念」
「あ、でも…お父様にはこばれるものじゃなくても、十分美味しいものはあると思う。…少なくともぼくは余り物でも美味しいと思ったよ」
「そうなのね」
またきらきらと瞳を輝かせるリネットに我が妹ながら現金だなあ、と思う。…しかし、予想は出来てたけれど人気、か…これは、パーティー当日までに準備をしておかないといけないな。そう考えをまとめて、詳しく教えてくれたフレミネに向き直る。
「うん、大体分かったよ、本当にありがとうフレミネ。さすが頼りになるなあ」
「こ、これくらいなら、だれでも教えられるし、べつに…」
「そんなことないわ。私たち本当に困っていたから、また助けられちゃった。ありがとう、フレミネ」
リネットと一緒に両サイドからフレミネの柔らかい髪をかき混ぜるように頭を撫でると、顔を赤くしてペンギンで顔を隠してしまった。彼は本当に照れ屋で、ついついリアクションを楽しむように大袈裟に褒めてしまう。リネットも同じようで、楽しそうに口元を綻ばせていた。十分に楽しんだところで、すぐにでも自室に引っ込みたそうなフレミネとはその場で別れる。
さて、パーティーまでは約1週間。それまでにきちんとした計画を立てて、実行する算段を組むことにした。