相手の思うえっちな服を着ないと出られない秘境(リネフレ)「…」
「…」
僕とフレミネは今、とある秘境の一室に閉じ込められている。
室内は巨大なクローゼットの中のような様相で、多種多様な衣服がハンガーにかけられてずらりと並んでいる。いったい何着、何十着あるのか見当もつかないほどの衣服に囲まれた景色は、僕とリネットが舞台衣装の件でお世話になっている千織さんの店の中を彷彿とさせた。彼女の店はフォンテーヌのトレンドを抑えたワンピースやジャケットなどの街中で見慣れたものから千織ブランドの特徴でもある稲妻のものを利用した鮮やかなものもあったが…目の前にある服たちはそのどれとも違ったものであるということはパッと見ただけでもよく分かった。
なぜなら普段売られているのを見かけることなどないであろうメイド服やバニー服、果ては布面積の少ない下着のようなものまで…。いわゆるコスプレ衣装というものたちがほとんどの面積を占めていて、そして壁には「相手の思うえっちな服を着ないと出られない部屋」と大きな文字で書かれていたからだ。
僕とフレミネは目の前の理解し難い文字を2人でじっと眺めた後…困惑しきった顔で見つめあった。
ーーー
当然のようにさっき通った扉は消え去って、出入り口らしきところも見当たらない。反対に危険物も無さそうだし、命に関わる罠も無さそうな気がする。
条件自体は簡単なものだし、試してみるだけ試してダメだったらその後のことを考えてもいいだろう、と頭を切り替えることにした。
「仕方ない…どうせ服を着るだけなんだし、さっさと済ませてしまおう」
「え…?」
「フレミネが思うえっちな服を選んで、僕がそれを着る。そしてフレミネが僕の選んだ服を着る。…男同士だし、お互いの趣味嗜好に関しては他言無用にするってことにして、さっさと着て、さっさと出てしまおう」
「…」
僕の言葉にぱちくりと目を瞬かせたフレミネは、ぱっと顔を伏せて気まずそうに胸元のペールスを抱きしめた。
…まあ、気持ちは分かる。この秘境を出るための条件というのは、つまりは自らの性癖を相手に開示する、ということだ。
そして僕達は歳の近い兄弟特有の猥談的な話を全くしたことが無い。だからこそ、より気まずいし抵抗がある。
…いや、というかフレミネはそもそもえっちな物やことについて関心があるのだろうか。年頃の兄弟に抱くには変なイメージかもしれないけど、童話が好きだったり海の仲間と戯れたりしている彼には、いやに純真な印象を僕は持っている。
もしえっちな、ってどういう意味?なんて聞かれたらどうしよう…などと考えていると、フレミネは恐る恐るといったように口を開いた。
「リネ…」
「ん?」
「僕、え、っちな服だなんてよく、分からないよ…」
「本当に?…困ったな、相手の思うえっちな服、だから、フレミネにも何かしら提示してもらわないと」
「ぅ…」
顔を赤くして困っているフレミネはちゃんと意味がわかっているようだ…さすがに低く見積もりすぎたか。正直そのウブな反応も可愛いなって思うけれど、あまり長いこと拘束されてしまっても皆が心配するだろう。
目の前のクローゼットから適当に何着か見繕ってフレミネの前に突き出すと、衣装と僕の顔を見比べた。
「口に出せないのなら片っ端から着てみせるから、どれが良かったのか教えてよ」
「え、そ、そんな…」
「これも早く脱出するためだ。我慢して。その代わりフレミネにも着てもらうからね」
「う…わ、かった…」
渋々ながらも頷いたフレミネに、よし、と声を出して早速着替えを始める。
適当にハットをそのへんに置いてから、持ってきた衣装を広げてみる。改めて見てみるとおよそ男が着るようなものではないような…もっと奥にはスーツとか普通のもあったのだろうか。よく分からない。よく分からないが、とりあえずハードルの低そうなメイド服からにしようかな。これも妙に丈が短い気がするけど…。
特に気にせずその場でマントを外しはじめると、わ、とフレミネから声があがる。見ると、何故だかこちらを見ないように壁の方を向いていた。
「男同士なんだから気にしなくていいのに」
「そうなんだけど…なんだかこんな衣装を着るからか、変に緊張して…」
「まあ分からなくもないけど。でも今からそんな恥ずかしがってたら、いつまでたっても出られないよ」
「うぐ…そうだよね、うん…」
恐る恐るといったようにこちらに向き直るフレミネは、顔が耳まで真っ赤になっていた。次いでそろそろと衣装を物色し始める。顔色を赤くしたり青くしたりと忙しそうなフレミネに、ふ、と隠しきれない笑みを零しつつも自身の着替えを再開することにした。
マントを完全に外してハットの隣にきちんと畳んで置いておく。手袋とアームカバーもするすると外して、首元のボタンを少しだけくつろげる。さて次はズボンを…と考えたところで唐突にピンポーン!!と大きな音が鳴り響いた。
驚いてきょろきょろと周囲を見回すと、お題の書かれていた壁に「一人成功。あと一人で脱出出来ます」と書かれていた。
まだ何も着てないのに…と思いながらフレミネを見ると、知らぬ間にヘルメットを被って静かになってしまっていた。
その様子に少しだけ考えて…口元ににんまりと笑みを浮かべながら近寄る。
「フレミネもしかして君…」
「…」
「この格好をえっちだって思っちゃったってこと?」
「…」
今の僕の格好はただマントとアームカバーを外しただけなんだけど…。こんなのいつも見慣れているだろうにそんな風に見られていただなんて、なんだかむずがゆい気持ちになる。内心を誤魔化すように、つんつんとつついていると、そっと手首を掴まれた。
「や、やめてよ…」
「だって本当に意外で…。ねえねえ、どういうところがえっちだと思うんだい。ねえねえねえ」
「も、本当にやめてってば…」
ヘルメット越しの表情はよく見えないけど、恐らく先程と同じくらい顔が真っ赤なのだろう。くぐもって聞こえる声色は本当に困っているようだ。ひたすらにつついたところで、ばっと手を振り払って壁の方を向いてしまった。
あまりにも恥ずかしがるフレミネが面白くて、ついついからかいすぎてしまったのだと気がついて、慌てて帽子以外の服をきちんと着る。
「フレミネ、からかってごめんよ。もうしないから」
「…」
「ほら、もう服も着直したから。機嫌直しておくれよ」
「……」