境界舎

創作の絵、試行錯誤のメモ置き場。
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#創作

創作部部誌班

過去絵を晒すタイトル:過去作品まとめ
作者:智紫国基
テーマ:魔法/宇宙
過去二年分の部誌に掲載した小説です。あえて加筆修正をせずそのままの文章を使用しています。こうして改めて並べると、文章の書き方の変化やその時に影響を受けていたものがよくわかりますね…笑
過去作品まとめ
智紫国基

・魔法存在論議 ──── 二〇一八部誌 テーマ「魔法」
・星降る夜に ──── 二〇一九部誌 テーマ「宇宙」



─・─・─・─・─・─・─・─・─・─



二〇一八 ──── 魔法存在論議



             魔法というものは果たして、
             この世に存在するのだろうか。



 そのような事を本気で議論しようとするのであれば、誠に不本意ながら少々学の足りない人間であると思われるかもしれない。それくらいは流石の僕とて、理解している。
しかし、誰にだって、魔法が使えれば、と思う瞬間はあるだろう。



            そう。例えば、今の僕のように。





 僕は、中学生。今日の日付は、八月三十一日。これで、大体の方には何故僕が魔法を渇望しているか、察して頂けただろうと思う。
 …そう、全くもってその通り。僕の机の上には、未だ手付かずの問題集が積み上げられている。
 大体、今は「夏季休暇」期間ではないのか。休暇であるはずなのに、何故課題なるものが存在するのか。…などという事を今更嘆いても意味はなく。魔法が使えないのであれば、大人しく椅子に座り、課題を片付けていくしかないだろう。

 結局、最後の一冊を終わらせたのは深夜二時頃で、僕は倒れこむように布団に入った。一瞬で眠りに落ちる。
 嗚呼…魔法さえあればこのような思いは………。



 朝、目覚まし時計の音で目を覚ます。今日の日付は、八月三十一日。嗚呼、今日はもしかして。慌てて携帯電話の予定表を確認する。矢張り。今日は、応募していたイベントの抽選結果が判る日だ。
 当たっていたら良いのだけれど。それとも矢張り、外れてしまうだろうか。世の中の中高生の間で今流行りの三人組バンドのライブチケット。「夏季休暇課題」なるものを応募最終日までに終わらせることが出来たら申し込んでも良いと親に言われ、必死に宿題と格闘した日々を思い返す。
 …あんな思いをして申し込んだのだから、正直当たっていてくれないと割に合わないのでは、と思わず溜息をついた。

 午後七時。抽選結果が判る時間になってしまった。結局今日一日、結果が気になってしまい何も手につかなかった。魔法さえあればこれ程やきもきすることもなかっただろうに。祈りながら特設ホームページを開く。

『厳正な抽選の結果、残念ながら…』

 以前も何処かで出会ったことがあるような文句をちらりと見て、端末の電源を切った。どうせ当たらないだろうと思っていたけれど。思ってはいたけれど…。思っていたよりもショックを受けている自分に苦笑しながら布団に入る。暫くは眠れないだろうか、と思っていたけれど、案外とすぐに眠りに落ちたようだった。
 もしもこの世に魔法が存在すれば、抽選結果を良いものに出来たのだろうか…。



 親の怒鳴り声に驚いて飛び起きる。時計に目をやると、短い針が十二を指している。今日は確か…
「八月三十一日?」
 近所の神社の夏祭りの日だ。急いで準備をしなければ。友人と待ち合わせをしているのは十六時。あと四時間しかない。身支度をして甚平を出して…。少しでもまともな格好をして行きたい。
 僕らは中学生。夏祭りがあると聞けば、同級生のほとんどが遊びに来る。もしかしたら、僕が片想いをしている相手にも遭遇出来るかもしれない。…それがどれくらいの確率かは判らないけれど、でも、有り得ないことでないのなら、準備をしておいた方が良いに決まっている。

 友人と落ち合い、神社の境内に足を踏み入れる。この地域で一番の祭りとあって、流石に人が多い。人とぶつからないようにして歩くのが精一杯で、相手の顔を見ている余裕などない。これでは、もし彼女とすれ違っていたとしても、気づかないではないか。魔法でも使えれば別なのかもしれないけれど。
 …なんて、阿呆らしい事を考えつつ、友人と屋台を冷やかして回った。

 祭自体はとても楽しかったが、矢張り、彼女に会えればもっと良い思い出になっただろうか、などと思いながら帰路に着く。だけど、魔法が存在するはずもないし、大人しく、帰る以外の選択肢はないだろう。
 友達と駄弁りながら歩く帰り道。心地よい疲労感を自覚する。
 嗚呼、この分だと、きっと、すぐに眠りに付けるだろう。早く、家に辿りに着きたい………。



 ふ、と目を開ける。カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めてしまったようだ。時刻は午前五時。目覚まし時計より先に起きてしまったか、と苦笑する。
 今日は、八月三十一日。両親は仕事に行ってしまうが自分は特にすることもない退屈な平日。出来ることなら、何処かに出掛けたい気分。
 とはいえ、現実を見れば、留守番を言いつけられている。それに、家を抜け出したとしたって中学生の小遣いなんてたかがしれている。何処かに行ける訳などなかった。仕方がない。大人しく親に頼まれた家事をこなし、ゲームをして、一日を過ごすこととしよう。

 …とは思ったのが、家事はすぐに終わってしまった。かといって一日中ゲームをしている訳にもいかないし、半日くらいですることがなくなってしまった。
 何をしようか…。そうだな、矢張り何処かに出掛けられたら、それが一番なのだが。
 例えば、隣県にある遊園地。夏休み終盤の平日である今日なら、普段に比べて来場者は少ないのではないか。遊園地に行ってジェットコースターに乗ったりお化け屋敷に入ったり、キャラクターを模した食べ物を食べたり。
 魔法が使えれば瞬間移動もできるようになるだろうが、そんな非現実的なことが起こるとは思えない。だが矢張り、何処かへ行きたい…。

 気がついたら外は暗くなっていた。随分と長い間、空想 ── 妄想とも言えるだろうか ── に耽っていたようだ。そろそろ親も帰宅するだろう。結局のところ、魔法など存在するはずもなく、何処へも出かけずに一日は終わるのだ。



 あまりの暑さに飛び起きる。今日は八月三十一日のはずだ。当然、昨日の夜もエアコンの電源は消さずに寝た。何故、付けておいたはずのエアコンが動いていないのだろう。
 流石に中学生にもなれば、幽霊の仕業、などとは考えたりしない。大方、親にでも消されたのだろう。まだ寝ていたかった…などと文句を言っても仕方がなく、布団を出てエアコンの電源を入れに行く。
 ところが、其れは叶わぬ夢となった。どうやら、エアコンが故障しているようなのだ。部屋の気温は三十三度。エアコン無しで生活できる気温ではない。親に頼み、業者に連絡してもらう。生憎、修理業者の今日の予定は埋まっていた。明日には修理に来てもらえることになったが、そうは言っても今日一日エアコン無しで過ごすのは苦行以外の何物でもない。
 試しに窓を開けてみるが、外の気温は三十六度。熱気が入り込むだけで、全く涼しくはならない。これがあと二十時間も続くと思うと、到底耐えられそうもない。
 エアコンが今すぐ直るか、何処か涼しい場所に避難するか。後者であれば実現できないこともないのだろうが、外に出る気力すら湧かない。魔法でも使えたら良いのだが…と、暑さのせいかぼうっとする頭で考える。
 そんな非現実的なこと、有り得るわけがない。それなのにこんなこと考えるなんて、暑さで頭がやられてしまったとしか思えない。とにかく暑い。
 嗚呼…早く明日にならないかな………。





             「僕」が迎える「明日」とは、

               一体何月何日なのか。



               それは、神のみぞ知る。





              魔法というものは果たして、

              この世に存在するのだろうか。





             ────貴女は、どう思いますか?





─・─・─・─・─・─・─・─・─・─





二〇一九 ──── 星降る夜に



             ──── 今日のお話の主人公は、
            小さい頃王子様と出会った女の子





 それは、夜空の綺麗な晴れた日の夜だった。家族で訪れた山の上のキャンプ場。空気も澄んでいて、周りに人はいない。その年に小学校に上がったばかりの私は空を見上げながら、その魔力に惹きつけられでもしたかのように星を追いかけふらふらと森の奥へと歩を進めていた。
 両親が後ろについて来ていないことに気づいた時にはもう遅い。私は、今にも泣き出しそうな顔でその場にしゃがみこんだ。…自分がどんな表情をしていたか、なんて本当は見えてなどいなかったけれど。泣きたくて、泣きそうで、泣くのをぐっと我慢していたことは覚えている。とにかく、一人で不安に押しつぶされそうになりながら空を見上げていた。

 どのくらいそうしていただろう。十分だったかも知れないし、数時間は経っていたかもしれない。私は段々と近づいて来た睡魔に抗うこともせず、膝の間に顔を埋め目を閉じた。
「お父さん…お母さん…。怖いよ。寒いよ。帰りたいよ…」
 瞼の裏に浮かぶのは両親の顔。怒ってるかな。心配してるかな。きっと、今頃探してくれてるよね。ううん、もしかしたら勝手にこんなところまで来てしまう私のことなんて嫌いになっちゃったかも。迎えに来てくれなかったら、二度と会えなかったらどうしよう…。
「お父さん……っ、お母さん、……っく、ごめ、ごめんなさ、うわああああああああん」
 耐えきれなくなって涙が一粒流れ落ちれば、あとはそれに続くだけだった。広い森の中、私の泣き声がこだまする。それが恐ろしい何かの鳴き声のようにも聞こえ、恐怖心はますます強くなった。



「………おん……………いて…」
「………の…? …………きこ…………」
「……ち、………まい……」
 その時かすかに聞こえて来たのは二人分の足音と話し声。
 誰だろう。お父さん? お母さん? それとも知らない人? もし、怖い人だったらどうしよう…。

 足音が一つ、走りながら近づいてくる。ぎゅっと目を閉じ体を強張らせ息を潜めていると、小さな声が降って来た。
「大丈夫、だよ」
 優しい声。不思議と恐怖が薄れて行った。そっと目を開け声のした方を見上げると、男の子が微笑んでいた。ふわふわの髪、優しそうな目、柔らかい笑顔。
「誰…?」
「僕? 僕は、倫也だよ」
「倫くん…?」
「うん。君は?」
「私は…」
 知らない人に名前を教えてはいけない、学校でも家でも繰り返し言われた注意が蘇る。だけど、彼 ─── 倫くんが悪い人だとは思えなかった。
「…想楽」
「想楽ちゃん。…もう、大丈夫だよ」
 倫くんはそっと私の手を握ってくれた。
「倫?」
「あ、パパ!」
 もう一つの足音が近づいて来た。倫くんによく似た男の人。
「迷子かな? お名前は?」
「想楽ちゃんだって」
「想楽ちゃん、おじさんについておいで。お父さんとお母さんのところにきっと連れて行ってあげるからね」
 倫くんのお父さんは、彼によく似た微笑みを向けてくれた。
 倫くんに支えられて立ち上がる。暗い夜道、二人手をきゅっと繋ぎながら倫くんのお父さんのあとについて行った。



「想楽!」
 森の出口、キャンプ場のあたりまで戻って来た私の姿に気づき、両親が駆け寄って来た。
「もうダメかと思った…」
「…お父さん、お母さん、ごめんなさい」
「想楽が無事に帰って来たからいいの。次から気をつけてね。もう二度と、勝手にどこかに行かないで…」
「うん、ごめんなさい。約束する」
「想楽をみつけてくれて、ありがとうございました。…えーと……?」
「門倉です」
「門倉さん、本当にありがとうございました」
「いえいえ。想楽ちゃん、気をつけるんだよ」
「うん」
「じゃあ、私たちはこれで」
「本当にありがとうございました」
「またね、想楽ちゃん」
 お父さんに手を引かれて遠ざかっていく背中に、思わず言葉をかける。
「っ、ねえ、倫くん!」
「なあに?」
 立ち止まり振り向いて首を傾げる倫くんに問いかける。
「また、会えるかな…?」
 くすり、と笑って私の前まで戻って来てくれた彼は、手をそっと取り微笑んだ。
「会えるよ」
「本当…?」
「絶対。約束、ね?」
「うん…!」



 それが、もう十五年くらい前のこと。あの後も何度かキャンプ場を訪れてはいたが、あれきり彼には会えていない。連絡先を知っている訳でも約束している訳でもないため当たり前といえば当たり前なのだが、絶対って言ってたのに…と当時の私は少し不満を抱いてもいた。

「懐かしいな…」
 ここに来るのは大体五年ぶりだ。キャンプ場の経営が傾き今年の夏でなくなってしまうときいたため最後に、と一人で訪れたのだった。
 もう今更倫くんに会えようが会えまいがどうでも良かったが(そもそも会えると思ってもいないし)、自由に入れなくなる前に思い出の場所をもう一度見ておきたかった。テントが集まる広場を突き抜け、昔迷子になった森へと足をふみ入れる。
「確かこの辺だったと思うんだけど…」
 あの時倫くんと出会った場所。
 木が茂る森の中で一部だけ開けた広場になっていて、満点の星空が見渡せる。大人になってから改めて向かうと、意外と奥深くまで迷い込んでいたことに気づく。
 あの時倫くんが見つけてくれなかったら、私、どうなっていたんだろう…。

「ふふ、そんなに奥まで行ったら…、また、星に魅入られて迷子になっちゃうよ?」
 見上げた星の美しさに吸い込まれ時を忘れて広場の中心に立ち尽くし星を見上げていたら、後ろから突然声が聞こえて来た。
 あの頃より低くはなっているけれど、その柔らかい音は、優しい色は、
「倫くん…⁈」
 振り向くとそこに立っていたのは、あの時と同じ柔らかい笑顔の男の人。
「想楽、久しぶり」



「ね、ねえ…。本当に倫くん?」
「もちろん。絶対また会えるって、言ったでしょ?」
 肩を並べて座り、二人で星を見上げる。自信たっぷりにそう言った倫くんの方を向けば、今まで出会ったこともないくらいの美青年が微笑んでいた。
「言った、けど…」
 戸惑った声を出せば、
「俺はね、言ったことは絶対実現させるんだよ」
「なにそれ、格好いい」
「でしょ」
 二人顔を見合わせて笑い合う。温かくて、懐かしくて、優しい空間だった。
「あの時は、本当にありがとう。倫くんが来てくれなかったら、私帰れなかったかもしれない」
「ううん。俺こそ、助けられてよかったよ」
「ありがとう。倫くんに出会えてよかった。倫くんは、私の王子様だね」
「ふふ、ありがと。俺も想楽に会えてよかったよ。…じゃあ、帰ろうか?」
「うん」
 立ち上がった倫くんは私に向かって手を差し出し、蕩けるような笑みを浮かべた。

「さあ、お手をどうぞ。お姫様」





「…そうして、二人は結婚して子供にも恵まれ、幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
「そらちゃん、よかったね!」
「そうね。…さ、もう寝なさい」
「うん。おやすみなさい、ママ」



 娘が寝息を立て始めたのを確認して子供部屋を後にする。
 リビングでは、夫がコーヒーを飲みながら読書をしていた。
「星(あかり)は寝たの?」
「うん、やっとよ」
「随分と懐かしい話をしていたみたいだね」
「聞こえていたの? 恥ずかしい」
「良いじゃない。…さ、俺たちも寝ようか」
「そうだね」





                       おやすみなさい、私の大切な王子様6422 文字

創作部部誌班

できたタイトル:不純異族交友
作者:智紫国基
テーマ:海辺の縁日
今年のテーマ「海辺の縁日」を舞台に書いた小説です。ちょっと不思議な出会いと友情の物語。
不純異族交友
智紫国基



 目を開くと、そこは、真夏の海辺だった。



「────、は?」
 いやいやいや、ちょっと待ってくれ。海辺だった、じゃない。
 俺はついさっきまで塾にいた。そう、普通に、どこにでもいる高校生のように。数学の授業を受けてて、少し眠くなって来たから一度目を閉じて、先生にバレる前に起きなきゃと思って、ちょっとの罪悪感と共に目を開いて。
「………夢じゃ、ない」
 何度目を擦っても、頬を抓っても、やたら難しい数式が並んだ黒板もハゲた講師も、眠たそうな同級生も現れない。
 俺が立っているのはやっぱり白い砂浜で、眼前に広がるのは青い海と雲ひとつない晴天。あとそろそろ頬が痛い。
 どうやら、本気で俺はどこかの海にワープしてしまったようだった。

 これ、帰れんのかな。つーか、どこだここ。
 とりあえず歩き回ってみてわかったのは、ここは俺の知っている近所の海岸でも、一度だけ家族で訪れたことのある南の島でもないということ。
 おまけに誰もいない。広い砂浜には俺一人だけ。建物もない。海水浴場ではないのだろうか。私有地? まさか、未踏の海岸だなんて言わないよな? 地球じゃないとか言われたらどうしよう。
 普段の俺は宇宙人なんて信じていないけど、ここまでくると正直それくらいはいてもおかしくないと思ってしまう。何せ、塾から海に瞬間移動したのだ。タコ足でピポピポ話す銀色の生物がその岩陰から飛び出して来たって、今更驚きはしないだろう────
「って、うぉっ⁈」
 目の前を横切る、子ども。俺には気がつかなかったようで、一心不乱に何処かへ駆けて行く。
 一体どこから出て来たんだ。どこかに隠れていた? いやいや、そんなはずはない。だって、もちろんこの辺りだって偵察済み。何もないことも誰もいないことも、自信を持って断言出来る。
 とはいえこの世界(非常に納得がいかないが、とりあえず異世界だと思うことにした)で初めて出会った人をみすみす逃すのも勿体ないだろうと、俺はその子どもに付いて行くことにした。



 俺たちは、何もない砂浜の上をまるで道があるかのように進んだ。あっちに曲がってこっちに折れて、ジグザグ歩いてくるくる回って。まっすぐ歩けば良いのにとも思ったが、どうせ暇なのでその動きを真似する。
 おおよそ十分後、急に立ち止まった子どもに倣って足を止めた。
「えー…」
 無秩序に足を進めている間、俺もその子も海辺から離れていない。足場はずっと変わらない砂浜だし、右手には海。
 それなのに、突然それは現れた。大量の屋台。提灯。それから、人、人、人。要するに、縁日の出現だ。
 そんな馬鹿な話があるか。砂浜で縁日が開かれている、それは別に良い。どこで誰が何を開催しようと、それはそいつの自由なのだから。
 でも、今回ばかりはそんな訳にもいくまい。だって、こんなに大きな縁日がいきなり出現するはずないのだ。
 さっきまでもちろん、砂浜には何もなかった。十分歩いてきたとはいえあれだけ視界が開けているのだ、遠くから視認出来ないはずがなかった。
 さっきの子どもが楽しそうに駆けて行くのを眺めながら通りの入り口で立ち尽くしていると、トントンと肩を叩かれる。
「お兄さん、初めて?」
 振り返れば、金髪の男。
「はあ、まあ…」
 初めても何も、これが一体何なのかも、そもそもどうやって来たのかも、何もわからないけど。
「じゃあ、俺が案内してあげるよ!」
 まずはどこに行きたい? などと言われても、俺に明確な目的地などある訳がなく。任せる、と一言返すとよっしゃあ任せろ! とにこにこ笑いながら前を歩き出したそいつをとりあえず観察することにした。
 この縁日のコンセプトなのかなんなのか知らないが、頭に鹿の角。その割にTシャツとジャージの短パンという出で立ちで、そのアンバランスさに俺は笑ってしまった。
「なんで笑ってるんだよ」
「だって、コスプレ? してるのに服が適当じゃん」
「こすぷれ?」
 きょとん、とした顔のそいつが立ち止まる。
 え、何? その角の被り物、まさか本気なの?
「いや、だってその角…」
「ああこれ? だって俺獣人だもん」
「じゅうじん?」
「うん。お兄さんは何?」
「は?」
 誰、ではなく? 何? 何って、何?
「うーん、何も生えてないし、俺たちの仲間ではないよなぁ。…あ、お兄さんって、もしかして人間⁈ すげえ、初めて見た!」
「何言ってんの?」
 この鹿男、もしかして見た目だけでなく中身もおかしいの?
 初対面の相手に対して失礼なことを考える。いや、でも、仕方がなくないか? もしかして人間、って、人間の他に何があるというのだ?
「…お兄さんもしかして、迷子なんだ?」
 俺の言葉に笑うでも怒るでもなく、そいつは急に深刻な顔になった。
 迷子かと問われれば、そうだと思う。気がついたらここにいただけで、ここがどこでどうやって帰るのかなんて全くわからないのだから。
「あちゃー。人間ってどうやって帰すんだろう…」
「え、ちょっと待って。さっきから何言って」
 少し嫌な予感がしてきた。これは何かがおかしい。
 先程の自分の現実離れした思考が蘇る。タコ足でもないし言葉も通じているけれど、もしかしてこの人、そういうことなのか…?
「お兄さん、本当に何も知らないんだ」
「…ここ、どこ?」
「ここはね、世界の狭間。色んな種族が年に一度集まるんだ」
「狭間…?」
「そう。人間界とか、俺たちの世界とか、色んな種族の世界を繋いでいる場所。俺もそれ以上詳しくは知らないけど…」
「色んな、種族」
「俺みたいな獣人系もいれば、お兄さんの世界だと妖怪っていうんだっけ? そういうのもいたりするよ」
「へぇ…」
 じゅうじん、って、獣人のことだったのか。獣人とか妖怪とか、そんなのお伽噺の中の話だと思っていた。でも実際に目の前の男の頭には角が生えていて、あっちを歩いているのはもしかして河童…?
 鹿男の話をなんとか飲み込もうと増える瞬きにそいつは笑って、人間って他の世界と関わりがほぼないっていうけど本当なんだ、と呟いた。
「え、と、多分、そうだね? 俺も何も知らなかったし」
「ふーん。楽しいのに」
 勿体ないね、とヘラリと笑う顔になんだかムカついて、その肩を殴った。

 鹿男の名前はタイ、というらしい。
「本当はもっと立派な名前だけどね! でも、ほら、こういうところで名前を言っちゃうと、帰れなくなるじゃん?」
「神隠し的な?」
「そうそう。お兄さんのことはなんて呼んだら良い?」
「じゃあ、ナオって呼んで」
「ん、わかった」
 とりあえず行こうか? と大通りを指さされる。ここにいても仕方がないし、と頷いて歩き出したタイの背中を追った。
「やっぱり人間って神隠しとかそういうの詳しいんだね」
 俺の知り合いにもいるんだよね。縁日に行ったきり帰って来なかった奴。不認可だから警察にも言えなくてさ、それきりなんだって。
「………ちょっと待って、不認可?」
「あれ? 言ってなかった?」
「聞いてないよ…」
「いつから始まったのかとか誰がやってるのかとか、なんにも明かされてなくてさぁ。とりあえず楽しいから良いや、って毎年色んなところから人が来るんだけど」
「はあ」
「でもそんな感じで詳細が一切不明だから、この縁日は各世界にとっちゃ不認可の闇市扱いなんだよね」
 結構揉め事も絶えないし、楽しいけど毎年命がけよ。言っちゃえば、不純異族交友?
などと、さらりと恐ろしいことを言う。
「だからね、ここに来れるのって辿り着き方を知っている人だけなんだけど…。お兄さんもしかして、誰かに付いて来ちゃった?」
「ああ…そう、かも」
 あの子どもも、「何か」だったのか。
 砂浜に辿り着いた方法はわからないが(授業中に寝るなんてはっきり言っていつものことだし)、無駄に歩き回った挙句に突然縁日が出現したのは、手続き的なものをクリアしたせいだったのだろう。
「ん〜、俺になんとか出来たら良いんだけどねぇ。でも、俺、人間界の行き方は知らないし…。そもそも人間自体滅多に会わないからなぁ」
 でもとりあえず人間も何人かここに来てるらしいから、縁日を歩きながら探してみる?
 タイにそう言われ、こうなれば逆に縁日を楽しんでやろうと俺は腹を括った。



 それから俺らは、ぶらぶらと人間を探しつつ屋台を見て回った。
 お金を持っている訳ではないので(そもそも、円はここで使えるのだろうか?)、大通りを端から端へ歩くだけだったけど、意外と楽しむことが出来た。射的や金魚すくいなど俺が知っているような屋台もあれば、なんだかよくわからない屋台も出ていた。そういうところはタイも早足に通り過ぎるので、危険なのかもしれない。
 一つだけ気になったのは服が置いてある屋台で、見たこともないデザインや形のものがたくさん並んでいた。異世界の服を買えるチャンスって少ないから結構人気なんだよね、とタイが説明してくれる。
「ナオは、服とか好きなの?」
「割と…。小遣いは結構、服に消えてるかも」
「ふーん。まあ俺は興味ないけど」
「…だろうね」
「失礼だな!」
 そりゃ、その格好を見ればね。
 とは、言わないでおいたけれど。

「あ、何か食べる? ちょっとくらいなら奢るよ」
 俺のお気に入りは、トマトとキュウリの浅漬け。
 そう言ってタイが人間界でもよく見かける赤と緑の野菜を指差す。鹿ってやっぱり草食なのだろうか。それにしても、トマトとキュウリか…。意外と、食文化は世界共通らしい。
「…でも、食べて大丈夫なの?」
「なんで?」
「異世界のものって、食べたら帰れなくなるっていうじゃん」
 頭を過るのは、某有名アニメ映画。女の子が絶対に食べ物を口に入れるなと忠告されているシーンは、幼心に絶対忘れないようにしようと誓った記憶がある。
「あ〜、そういえばいうね。でも俺、毎年ちゃんと帰れてるよ?」
「軽っ」
「誰も食べれないものを売るとも思えないし、多分大丈夫なんじゃないかなぁ…」
 名前を教えたらいけないってのは遵守してるくせに。この人(鹿?)、しっかりしているようで存外天然なのかもしれない。
 とりあえず食べ物は丁重にお断りして、漬物を頬張るタイの横顔を眺めていた。



 タイと二人で屋台を一通り見て、大通りから外れて海を眺めながら色々な話をして。
 日が傾いて来た夕方、俺たちは漸く一人の人間に出会った。彼────イチさんは、来訪歴二十年のベテランだそうだ。なんじゃそりゃ。
「人間の新入りは久々だねぇ」
「え、と」
「最後に新しい人が来たのは五年くらい前だったっけ。あの人も訳も分からず突然引き込まれたらしくて、一人で彷徨ってて危なかったんだよねぇ」
 それからイチさんは、この二十年で知ったことを色々と説明してくれた。
 様々な世界の狭間にあるというこの空間は、自分の意志で好きな世界の好きな住人を呼び寄せるらしい。そろそろ人間が欲しいな、あんな奴が良いな、と狭間が思ったところに俺がちょうどハマってしまったのだとか。
 全然意味がわからないが、考えるだけ無駄なのだろう。色々な因果が作用し合った結果、俺はあの瞬間塾からこの狭間に連れて来られたということになる。
 うーん、俺はどこまで運が悪いんだ。
「じゃあ、タイも最初は訳も分からず連れて来られたの?」
「俺は友達から聞いてたから。飛ばされるのはいきなりだったけど、困りはしなかったかなぁ」
 種族によって頻度や人数も異なるらしい。そういえば、タイは人間に会ったことはないって言ってたっけ。
「ナオくんは運が良かったねぇ。タイくんが一緒にいてくれなかったら、今頃危なかったかもしれないよ」
 狭間は、大きくなるための養分となる住人を増やすために色々なところから人を集めるのだそうだ。日没までに帰れなかった人は闇に取り込まれて、狭間で一生暮らしていくことになるのだという。タイがいなかったら今頃俺は囚われていたかもしれないと思うと、ゾッとした。
「もうすぐ日も沈むし、そろそろ帰ろうか。ナオくんは送ってくよ」
「じゃあ、俺も帰ろっかな。ナオ、ありがとね」
「こちらこそ。楽しかったよ」
 記念に持っててよ、とタイの世界の硬貨を一枚渡される。鹿が彫られた銀貨。代わりに俺も百円玉をタイの手のひらへ乗せた。
「じゃあ、またね!」
「うん、またいつか」
 また来年、互いの前に狭間への扉が現れれば、会えたりするだろうか。
 異世界に友人がいるだなんて少し格好良いな、なんて思いながら俺はイチさんについて縁日を後にした。



 しかし、世界は俺の想像以上に気まぐれだった。

 一年後も二年後もその先もずっと、あの海辺の縁日への扉が現れることはなかった。タイは毎年来てるって言ってたのにな。これも、種族によって変わるのだろうか。
 高校を卒業し、大学に入学して卒業し、就職していつの間にか新入社員を指導する立場になり。目まぐるしく変わっていく日々に忙殺されるうちに、記憶はどんどん薄れていった。
 角の生えた少年も、あの時見た沢山の人も屋台も、全部全部、俺の頭の中の妄想か夢だったのかもしれない。
 あの日、授業中に爆睡したことになっていた俺が目を覚ますと、手のひらに握られていたくすんだ銀貨。ずっと持ち歩いているせいで、今では掘られている柄も判別出来ないくらいに古くなってしまったこれだけが、縁日が現実だったことを示していた。

 残業を終え、終電に揺られて帰宅する。
 ああもう、やってらんないよ。なんで部下のミスを俺が尻拭いしなくちゃならないんだ。しかも、こんな時間まで。
 最寄駅の改札を出て家までの道を早足で進んでいると、何かが転がって来た。小さな音を立てて足元に滑り込んで来た円いもの。ともすれば見逃してしまいそうなそれを、かがんで拾い上げる。
「…百円玉?」
 キャッシュレスが進んだ今のご時世に硬貨を見るなんて珍しい。しかも、一昔前のデザインのもの。
「すみません! それ、俺のです」
 落っことしちゃって…、と頭を掻きながら走って来た金髪の男。パーカーのフードを被っているけど、その形がなんだか歪だ。まるで、何か余計なものが生えているかのような。
「ああ…、どうぞ」
「ありがとうございます。良かった…」
「そんな大切なものなんですか?」
 ただの古ぼけた百円玉に見えるのに。
「昔、友達に貰ったものなんです。どこの誰かも知らなくて、これしか繋がりがないから…」
「そう、なんですか」
 なんかそんな話、聞いたことがある。俺があの時白い手のひらに乗せたのは、一体なんだったけ?
 差し出された右手に恐る恐る百円玉を乗せる。ありがとう、と微笑むフードの男。この光景、やっぱり、前にどこかで。
「………タ、イ?」
「っ、ナオ⁈」
 ばっ、とそいつが目を見開く。
 ああ、そうだ。経過している年月が年月だけに記憶の中の彼とは重ならないが、その丸くてキラキラした目は間違いない。
「やっぱり、タイだ」
「ナオ〜! 会いたかった」
 ガバリと抱きつかれて思わずよろける。側頭部にガスンガスンとぶつかる角が痛い。
「ちょ、ちょっと、離れろよ」
 ケチ〜、と膨れるタイをひっぺがす。角も痛いし、通りがかったおっさんの視線も痛い。多分俺も道端で抱き合うスーツの男とフードを深く被った男がいたらあんな目をすると思うけど。
「なんで縁日来てくれなかったの? 俺は毎年行ってたのに、ナオが来ないんだもん」
「俺もよくわかんないんだけど、行けなかったの。ごめんね?」
「む〜っ。人間ってやっぱり特殊なのかなぁ」
「どうなんだろう…」
 あの日から今日までの話をしながら、家までの道を二人でぽてぽてと歩く。会ったのは二回目のはずなのに、会話が止まらない。昔馴染みと再会したような気分だった。
「ところで、なんでタイがここにいるの?」
「ん〜、俺にもよくわかんないけど。とにかくナオに会いたい! って願ってたら、なんかこっちに来れちゃった」
「ふぅん…。タイの世界からこっちに来るのってよくあるの?」
「人間界に行ったことある人の話は聞いたことないなぁ。気づいたらここにいただけだし、いつどうやって帰れるのかもわかんない」
「ええ…」
「まあ、なんとかなるでしょ! 運良くナオにだって会えたし」
「ええ………」



 世界は本当に気まぐれだ。6750 文字