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    転生パロ八木志津
    記憶あり八木さんと黒のマフラーを大事に持ってる記憶なしおしず

    履き慣れた白いスニーカーに足を通し、旅行用のボストンバックバックを片手に玄関のドアを開ける。

    「寒っ…」

    吐き出す白い息が風に乗りヒュっと空に昇っていくのを見つめながら、もう片方の手に持っていたマフラーをグルっと首に巻き付けた。
    うっすらと朝日が登り始めた歩道をゆっくりと歩き出す。

    毎年時季を変えて行われる宿泊学習。
    今年は11月と事前のオリエンテーションで話を聞いただけでも思わす体が震えるような寒い季節に長野へ向かう。

    「そういえば志津摩って昔からずっと黒のマフラーしてるよな。」

    乗り込んだバスで隣に座った友人がマフラーを指差しながら呟いた。



    『しずは絶対黒がいいの!』

    幼い頃から流行りのキャラクターがついたものや鮮やかな目を惹く明るい色には一切興味を示さず、選ぶのは黒のマフラーだった。
    大人用の黒の大きなマフラーに顔をすっぽりと埋めてはスンスンと匂いを確かめる。

    『しずにとって黒のマフラーはライナスの毛布ね。』



    家族も呆れるほどに程に大切にいつも肌身離さず持ち歩いた。
    今でも冬が近付けば、その癖は変わらずに残っている。
    マフラーに巻かれているとまるで大きな腕に抱きしめられているような気分になった。
    どうしてこんなに黒のマフラーに拘りがあるのかはわからないが、ずっと手放してはいけない気がしてならないのだ。

    (そんなこともあったな…。)
    畳んだマフラーそっと膝へ置く。
    いつもより早く起きたせいもあり、バスのカタカタとした心地よい揺れに自然と眠気が押しせた。

    黒のマフラーと同じように物心着いた頃から繰り返し見る不思議な夢がある。
    夢の中ではまるで映画に登場する昔のパイロットの様な格好をした背の高い男性が現れ、自分の持っている黒のマフラーと志津摩の白のマフラーを交換して欲しいと頼まれるのだ。
    顔を見ようとマフラーを受け取った手元から視線を上げれば毎回そこでパッと目が覚めてしまう。
    傍から見ればなんとも奇妙な夢なのだが、その夢を見るとどこか懐かしくやり場のない気持ちに涙が流れた。

    ああ、またこの夢だ。
    今日はいつにも増してはっきり夢を覚えている。
    普段はノイズがかかったような声も、今日はしっかりと聞こえた気がした。
    いつの間にか固く握られていた手にはぐっしょりと汗をかいており、ズキズキと頭も痛む。
    隣の友人が

    「お前大丈夫か?なんかうなされてたしてたし顔色悪いぞ。」

    と心配そうにこちらを覗き込んでいる。

    「大丈夫だよ、ちょっと変な夢見ただけ。」

    何事もなかったように笑顔を作り、平気なフリをした。
    窓から見える景色はすっかり紅葉が進んだ並木道に変わっており、澄んだ空気に映えてとても美しい。
    しばらくしたらその内治るだろうと到着した駐車場からぼんやりとバスの外を見つめ、小さくため息をついた。

    「今日は市の観光課の方が一緒に回って説明してくれるからしっかり聞くように。」

    引率の先生の話に耳を傾けてはみるが、せかせかと気持ちは落ち着かず、話は全く頭に入ってこない。
    早く終わってくれないか…列の最後でだらりと頭を垂らした。

    「今回皆さんとご一緒させて頂く八木です。」

    初めて聞くはずなのに懐かしく聞きなれた声にがキーンと脳の奥に響き、心臓がドクンと波打った。

    全部…全部思い出した。
    黒のマフラーに拘る意味も、ずっと見続けていた夢も、夢の中で聞きたかった声も、見たかった顔も全てが昨日のことの様に鮮明に思い出されていく。
    ポロポロと大粒の涙が溢れて止まらない。

    「そっか…八木さんが呼んでたんだ。」

    次の移動先へとバラバラ動き出す大勢の生徒の波をかき分けながら、脇目も振らず八木の元まで駆け寄った。
    会いたくて会いたくてたまらなかった人が目の前にいる。
    言いたいことはあるはずなのに上手く言葉が出てこない。

    (どうしよう…何から話せばいいっけ…八木さん俺ってわかる!?)

    込み上げる嬉しさと同時に押し寄せる不安に追いつかない頭を必死に整理した。
    段々と冷静になる気持ちに八木と目を合わせるのが怖くなる。巻いているマフラーに添えた手にもギュッと力が入った。

    「お前、ずっと持っててくれてたんだな。」

    鼻声混じりの優しい声を追いかけるようにゆっくりと顔を上げれば、八木の下がった目尻に涙か浮かんでいる。

    「…八木さん、今度は八木さんが俺のマフラー返しに来てくれくれなきゃ駄目ですよ。」

    八木の首元へそっとマフラーを巻いた。

    【読んでも読まなくてもいいあとがき】
    社会人2年目限界公務員の八木正蔵24歳はおしずが静岡に帰ったら後、人が変わった様に仕事に励み毎週末静岡に通うようになります。
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