「あ、カシオペア座!」
日が沈むのも段々と早くなり、夜になると次第に心地の良い風が吹く様になった。
着実に秋へと移り変わっている夜空を見つめながら志津摩が嬉しそうに呟く。
何の事だかさっぱりといった顔の八木も煙草を咥えたままボーっと志津摩が見つめる夜空に同じ様に目をやった。
隣に座っている八木の顔の前にそっと志津摩が自分の指先を運ぶ。
「ほら、あそこの天の川の中にある明るい星を繋げるとWの形が見えるでしょ。あれカシオペア座って言うんですよ。」
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昔、姉達がとても大事に持っていた天体の本があった。
煌びやかな装飾が施された分厚い本で、毎晩窓際から夜空を見上げては楽しそうに星座の位置や神話について話している。姉達の輪の中へ入ろうとすれば「志津は男の子でしょ。」とささやかな好奇心はピシャリとトゲのある言い方と共に追い出され、ただ遠くから羨ましげにその光景を眺める日々が続いた。
そんなある夜、姉達の目を盗み内緒でこっそり本を持ち出したことがある。
僅かな明かりの中一生懸命ページをめくり、くるくると本を動かした。
ああでもないこうでもないと必死に夜空と本を照らし合わせる。
「あった!!」
北の空に大きな5つの星が並び輝き、指で辿れば本に書いてあるようにWの文字がくっきりと浮かんでいる。
急いでもう一度視線を本に戻し、見つけた星座の名前を確認する。
「カシオペア座…。」
どんな星だろう?いつも姉達が話していた神話は?次々と知りたいことが波のように押し寄せ、カシオペア座のページを端から端まで夢中になって読み続けた。
どれくらい時間が経っただろうか、冷たく頬を撫でる夜風にハッと我に返り急いで家へと足を走らせる。思ったよりも時間がかかってしまった。
焦る気持ちとは反対に姉達よりも先に自分一人であの広い夜空の中から星座を見つけ出した嬉しさと興奮で思わず笑みがこぼれる。
こっそり戻すはずだった本は家に着いた頃には既になくなったと大騒ぎになっており結局こっぴどく叱られてしまった。
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(ちょうどこのくらいの季節だったな。)
思い出がちくりと胸を掠めた。
あの頃と同じように澄み切った夜空の点と点を繋ぐように指でなぞる。
「今の時期が1番綺麗に見えるんですよ。確かどこかの国のお姫様だったような…」
普段は星の位置なんて気にしたことがなかったが、志津摩が上げた指先を見上げれば満点の星空が一面に広がっている。
(ここもこんなに星空が綺麗だったんだな…。)
いつも一緒に並んで腰を下ろしている風景が少しだけ違って見える。
「…綺麗だな。」
空を見上げてキラキラと輝く志繋の横顔に八木はそっと呟いた。