香ばしい匂いと共にトースターがチンと鳴り、コンビニのカットサラダと硬めの目玉焼き、焼いたソーセージが乗った白いお皿へ分厚くカットされたトーストを乗せる。
温めた牛乳にインスタントコーヒーを少し加えれば週末のお決まりの朝食の完成だ。
昨日も八木は遅くまで仕事だったようで気持ちよさそうに寝息を立てているのを見ると何だか起こすのが申し訳なくなり、今朝は1人でテーブルに着くことにした。
一緒に暮らし始めてから初めてお互いに纏まった休みが取れ、
「せっかくだから旅行でも行くか。」
と八木の一言にその日から志津摩の頭の中は旅行の計画を立てるのでいっぱいになった。
何でもネットで探せばいくらでも欲しい情報は手に入るご時世だがアナログな八木はそういった選び方を好まないだろうと帰り道に寄った書店で数冊見繕ってきた旅行のガイドブックをテーブルに広げ、トーストを口に運びながらパラパラとページを捲っていく。
八木が好きそうな食べ物やこんな機会がないと滅多に訪れないような観光地のページへ付箋を貼り、気になったところはSNSでチェックをしてから携帯のメモにもにしっかりと残す。
志津摩がお皿に残った最後のソーセージを口に運ぶ頃、大きな欠伸をしながらまだ眠そうな八木が寝室から顔を出した。
「おはようございます。」
「おはよ。」
休みの日は早く起きた方が朝食を準備するのがいつの間にかお決まりになっており、志津摩は開いていたページをテーブルへ裏返して置くと八木の朝食の準備に再びキッチンへ足を運んだ。
起きて早々会社のノートパソコンを開く八木にブラックコーヒーの入ったマグカップを手渡す。
テーブルの上に置いてあるガイドブッグを八木の方に差し出しながら
「今度行くとこのガイドブック買ってきたから後で八木さんも見てくださいよ。良さそうなとこ付箋貼っておいたんで。」
志津摩の呼びかけに八木はまだ半分寝ぼけた声で
「おー、サンキュ。」
と用意されたコーヒーに口をつけた。
「さっきネットでも良さそうなとこ見てみたんですけど、口コミも多かったし。」
「ここのお店とか八木さん好きそうじゃないですか?こっちじゃあんまり見かけない料理ですよ。」
「今度旅行に行くって友達に言ったらお勧めのお店とか何件か教えてもらったんでそこも行きたくて。」
志津摩の弾んだ声とは対照的に八木の目線は相変わらずパソコンに向けられ
「おー。」
「ふーん。」
「いいんじゃね。」
返ってくるのはトーンの変わらない素っ気ない返事ばかりだった。
一方通行な会話に楽しみなのは自分だけかとジワジワと虚しさが押し寄せる。
(最近も忙しそうだったし、一緒に旅行に行けるだけでもありがたいって思わないとな…。)
もうすぐ空になりそうなマグカップをを指でコツコツと叩き、開いていたガイドブックのページの端を折りながら向けていた目線を八木から逸らした。
多分今の自分はものすごく子供みたいに不貞腐れた顔をしているだろう。
そんな幼稚な姿に気づかれまいと黙々とページを捲るフリをした。
八木のキーボードを叩く音と、食器が触れ合う音だけが静かなリビングに響く。
続かない会話にいたたまれなくなり、志津摩はそのままテーブルに顔を突っ伏した。
忙しなく動いていた八木の手が止まると同時に
「八木さんもちょっとは考えてくださいよ!」
と勢いに任せてテーブルから顔を上げ、いつもよりも大きな声で強めに八木へ言葉を投げる。
今日は絶対に場の空気に飲み込まれまいと意気込んだはずの決意は八木の顔を見た瞬間ふにゃふにゃと体の力が抜け、思わず顔をガイドブックで隠した。
(こんなはずじゃなかったのに…。やっぱり八木さんはずるい。)
見上げた先の八木は頬杖をつきながら先程のしかめっ面は一体どこへ行ったのかと思うほど、愛おしそうに志津摩を見つめていた。
目尻は下がり口元は軽く微笑んでいる。
こんな姿を見たらもう何も言えないに決まっているのに。
「志津摩、お前何急に顔真っ赤にしてるんだよ。」
八木が不思議そうに笑いながら問いかける。
(八木さんは知らないんだ…。)
自分へ向けられていた視線がどんなに優しく暖かくて愛しい人を見つめる目をしてるかって。
そんなことをひしひしと間近で感じたら、思わず耳まで真っ赤になった。
「八木さんには秘密です!コーヒーおかわり入れてきますね。」
思わずニヤけた顔を隠すように、空になった2つのマグカップを手に持ちクルッと八木に背を向ける。
窓から入る秋風が火照った顔には丁度いいくらいに気持ちよく流れていった。