毎日通る通勤路に一軒のフラワーショップがある。特に目立つような店ではなくてごくごく普通の店。毎日店から溢れんばかりの花が目に飛び込んでくる。近くを通るだけで花の匂いに包まれるのだ。そこは私の行き付けの店で月に一回ほど通っている。その理由は二つ。
「こんにちは」
店内を覗くと、目当ての男性をすぐ見つける。真っ赤な薔薇を手に取り、丁寧にくきを切り揃えていた。少しだけ癖のある髪がふんわり男性の後頭部を覆っていて、緩やかな雰囲気さえ感じる。男性はくるりとこちらを振り返った。白いパーカーを着てカーキの防水エプロン姿の男性がこの花屋の主人である。
「いらっしゃ…あぁ、君かぁ」
「白菊ください」
「そっか、今日は君のお父さんの月命日だったねぇ」
「はい」
一つは昨年亡くなった父の月命日に供える花を買うため。もう一つは。
「今作るね。悪いけれど、ちょっと待っててくれる?」
桑名さんは申し訳なさそうに視線を寄越した。長めの前髪が瞳を隠しているけれど、すらりとした鼻筋がスマートな顔立ちを予想させられる。
「はい、大丈夫です」
もう一つは桑名さんに会うため。
主にこちらの理由に比重が偏っている気はするけど。
店内の隅にある椅子に腰かけて桑名さんを見る。白を基調とした店内には赤、ピンク、黄色、そして茎や葉の緑が所狭しと溢れだしていた。その中に立っている桑名さんの白いパーカーが目立ってる。何個かのフラワーアレンジメントを作り終えたらしい桑名さんが白菊へと手を伸ばした。
この一年で分かったことがある。桑名さんは五年前にこの花屋を開いたこと。親戚の人たちと同居していること。私よりちょっと年上だということ。そして独身だということだ。
あぁ、ラッピングが終わったら月一のこの時間は終わり。桑名さんとも来月まで会わなくなる。会えなくなる。揺れる白菊と桑名さんの手元をぼんやり見つめていると、ふいに私を向いた。