【黒夜久】遠距離恋愛はじめた手の二人の話 手を伸ばしかけて、やめた。
一人がけの小さなテーブルの上。ここしばらく触れられることのなかった携帯端末は、心なしか寂しげに見える。
でも、仕方がない。こちらの生活に慣れるまで、よっぽどのことがない限り連絡はしない。そう決めたのは他でもない。自分自身だ。
雑踏にまみれた空港の一角。送り出してくれた両親と、旧友。それから恋人の姿を思い出す。
そうだ。みんな、了承だってしてくれたじゃないか。
確かに。それが一番かもね。まったく、夜久らしいな。じゃあじゃあ、連絡してもよくなったらいっぱい向こうでの話を聞かせてくださいね。なんて、三者三様の返答。両親ですら、呆れたような顔をしながらも、いつものことかと半ば諦めた顔で肩を竦めて。されど、たったひとり。ただひとりだけは、胡散臭い上っ面の笑みを顔面にご丁寧に張り付けているものだから、傍らに居る幼馴染が盛大にため息を吐き出していた。
――絶対納得してなかったくせに。
わかりやすい男だ。
不服が半分。寂しさが多分もう半分。
思えば、下駄箱で喧嘩を売られたときから、そうだった。
それが、故意か。それとも無意識なのかまでは、残念ながらわからないけれど。
てっきり、我慢できずに電話でもメールでも、メッセージでも。なにかしら接触を図ってくるだろうと踏んでいたというのに。どうやら、そこはあてが外れたらしい。
いや、まあ。連絡はしてくれるな、と言ったのは他でもない。自分自身なのだけれども。別に期待していたわけでは、微塵もないけれども。
「あいつもまぁ、頑張ってんだろ」
だから、きっと。あの時感じていただろう不服も、寂しさも。すべて吹き飛んでいってしまったに違いない。
なら、俺もこっちで頑張るだけだ。決して遅れは取らぬように。負けて、しまわぬように。胸の内にそう続けた言葉は自分に言い聞かせる意味を多分に含んでいた。
深呼吸をふたつ。頬を叩き、首を振れば、少しだけ背筋が伸びる心地がする。
日本を発った日よりもいくらか伸びた髪を撫でつけ、ぐぅっと天井を押し上げるように伸びをした。
「つーか、いつまでも目につくところにおいてっから気になんだよな」
そも、日本から知らせがないのであれば、あの携帯端末を鳴らす連絡はない。
バレーに関する連絡事項は配給された端末の方に届くのだし、いっそのこと電源を落として机の引き出しにでもしまい込んでしまおうか。
それがいい。名案じゃないか、と思いながら寮に越してきてからすっかりテーブルの住人と化した端末に手を伸ばしたところで、暖められた部屋の空気を音が揺らした。
ぴくり。指先が跳ね、スマホに触れる寸前で手が止まる。
逡巡は多分、一瞬だったと思う。
けれどその一瞬すら待てぬ様子で鳴る電子音は、どうにも気を急かすように耳を叩いて。舌打ちひとつを響かせ、テーブルの上から音の主をさらった。