きつねのお嫁入り寒い雪の朝だった。
かりかり、かりかり、と戸を引っ掻く音がする。
ただ、外の猟犬たちは吠えていない。
猟師は鉄砲を構えて、少しだけ戸を開ける。
細く見える銀世界の中に、きつねが行儀よく座っていた。
「ごきげんよう」
はしばみ色の綺麗な毛並みに、尻尾が何本もあるきつねであった。
「入れてくださいよ」
と、きつねは綺麗な声で言う。
「隙間風が寒いでしょう? あなた」
「まぁそりゃあ」
猟師は戸を開けて、きつねを入れた。
「にしても綺麗な白い毛並みですね。艶々でさらさら」
きつねは土間にちょこんと座って、猟師の髪を見上げる。
「神さまなのに、こんな貧相なところでお暮らしになるの?」
「神さま?」
猟師は言いながら、藁で編んだ円座を囲炉裏の前に置いた。円座以上の贅沢な品がこの家にはない。
「知り合いのヘビにね、聞いたんです。銀糸のように綺麗な髪の、わんわんを連れた男の人が最近お山に来るけれど……って。そしたらね、それはお山の神さまですって言うんですよ。まぁ冬のヘビはいつもとんちんかんなんですけどね」
きつねは円座に上って来て、その上でくるりと丸くなった。
猟師は囲炉裏の向かいに座って、炭を火箸でつつく。
「神さまがね、クマやウサギなんかの毛皮を着てはいけませんよ。ごわごわですから」
「はあ」
きつねは青い綺麗な目で、猟師を見つめる。
猟師は首を傾げた。
冬の山でいつも羽織っている毛皮を言っているのだろうか。猟師としては質の良い毛皮と思っていたのに、なかなか手厳しいことを言うきつねである。
「お寒いでしょう。お膝に乗せますか? きつねの冬毛はね、ふわふわであたたかいですよ。クマなんかと違って」
「あ、ああ」
気位の高そうなきつねに男は頷いた。
と、きつねは女の姿になった。はしばみ色の長い髪で目尻に朱の化粧をした、たいそう別嬪な女である。
「お前」
女は、ぺたりぺたりと猟師の隣へ歩いて来て、ぺとんと座った。
「そりゃあ都のふしみでお勤めしてきたきつねでございますから……神さまにお似合いの姿にもなれます。頭を撫でてごらんなさいな」
女は猟師の膝に頭を乗せる。
猟師は女の頭に恐る恐る手を伸ばす。
「もうちょっとしっかり撫でてくださいよ。おてて、あるんでしょう?」
「ああすまない」
確かにはしばみ色の髪は、恐ろしく肌触りがいい。
「ゆっくりゆっくり、毛の流れに沿って撫でてください。両方のおててで」
はいはい、
猟師は女の頭を撫でる。
「どうです? 夢見心地でしょう?」
女は自信たっぷりに言って、くうん、と幸せそうに鳴く。
「いや……でもこういう上手い話は……」
「きつねだからって化かしたりしませんよ? 好きで来たんですから……きつねはとってもあったかいでしょう?」
「ああ、とても」
「そうでしょうとも。私は霊験あらたかなきつねですから」
女は嬉しそうに目を細めた。