魔法をかけて 魔法が使える者には、それぞれ"ユニーク(個性)"がある。瞬間的に望んだ事だったり自己に秘められた野望や願いだったり様々だ。
それはジェイドも例外ではなかった。魔法の発現が幼馴染より遅くとも、彼の"ユニーク"は切り札として使われ誰よりも役立ててきた。それは彼自身も自負する程だ。
けれどある日、魔法が使えなくなった。
1
最初に魔法が使えなくなったのは、いつものようにユニーク魔法を使おうとした時だ。呪文を唱え、問いただす…しかし相手の口から出たのは真実でも何でもなく「はい?」と困惑した返事だった。まだユニーク魔法が通じない段階だったか…と考えるも、相手の様子を見ても普段なら魔法が掛かるであろう雰囲気だ。自分の直感や着眼点に狂いはない、自信があった。だからきっと一度のミスだと思うことにした。
が、彼の少しの違和感は始まりにすぎなかった。
二度目は食器を魔法で浮かそうとした時だ。
「…イド、ジェイド。」
「! アズール。」
「最近気が抜けてますよ。ほら、食器持っていって下さい。」
「はい、分かり」
確かに魔法はかけた筈だった。基礎中の基礎、しかし食器は重力に従ってパリンッと甲高い音を響かせる。
「すいません。今片付けます。」
「ジェイド、最近ミス多いね。また変なもん食べたの?」
「食べてませんよフロイド。ただ…魔法のコントロールが最近効かないんです、気の所為だと思っていたのですが。」
「…少し休みなさい、後は僕が代わりにします。」
「い、いえ。大丈夫です。これくらい」
「僕がお前に仕事を振りすぎたことが原因であれば、休めばまた元に戻る筈です。原因の究明のためにも今日は休みなさい。」
今日は優しいですねと揶揄うと一言余計だ!と一蹴りされ、半ば強引に自室に放り込まれる。
確かにアズールのせいかもしれません、しくしく…と頷くジェイドだったが、これしきで疲れないことは自分でよく分かっていた。それ以上に自分が取り残されてしまったような不安の方が胸に残る。
休めば元に戻るだろうか。祈りも込めて、ジェイドは就寝の支度を始めた。
2
魔法が使えなくなって3週間がたった。
コントロールが効かないどころではない、攻撃魔法も飛行術も全く使えなくなってしまった。
しかし唯一、ユニーク魔法だけは時々使えるようだった。
過去の症例も調べ病院の診察も受けるも原因は不明。
解明できない謎に三人は頭を悩ませた。
「原因が掴めませんね」
「自分のことでしょ、すげぇ他人事みたいじゃん。」
「そう、言われましても」
「第一本当に心当たりは無いんですか?逆に誰かに魔法をかけられたりだとか。」
「おやおや。珍しく責めないんですね、一切ありませよ。…あ、用事を思い出しました。少し席を外します。」
パタン
「…かなり気に病んでるね」
「はい。あれほど元気のない彼は、風邪になっていても見ません。」
「ねー。アズールもちょっと優しいし、なんか変な気分。」
「…。」
一方ジェイドは窓辺で潮風にあたりながら思いふけっていた。誰の話し声すら聞こえないが、近くも遠い海の音は彼の心を落ち着かせる。
「案外、ショックを受けているのですね。」
幼少の頃に感じた不安と焦りがぶり返すようだ。自分だけが魔法を使えない。彼らが居る場所に自分は居ない、そんな感情を。
だからこそ魔法が発現した時は意気揚々としたものだ。驚きと喜びと感動と。
これで彼らのもっと近くに居れる、もっと楽しいことが出来る、貴方の役に立てる……。
「ジェイド」
柔らかな声にそっと振り返る。
「おやアズール、僕は今カモメの数を数えているんです。立派な用事ですよ。」
「僕は言い訳を聞きたくてここに来たんじゃありません。…その、」
気遣ってなのか言葉が上手く纏まらないようだ。正直、ジェイドはアズールに"役に立たない!"と怒られるような気がしていた。何故だかそうであって欲しいとも思っていた。その気持ちすらも伝わらないのがもどかしい。
ああ、せめて、貴方の一番隣にいるのは僕でありたかった。
「今の僕は、貴方のお役に立てていません。」
「は!?急に…いや、随分弱気ですね。」
「魔法が使えないですし、このままではユニーク魔法も使えるかどうか怪しいでしょう。」
「…そうですね」
「きっと貴方の一番傍にいる人物として相応しくなくなります。」
「なっ、どういう…」
「なので今、言ってしまおうと思います。」
彼の澄み渡った瞳をじっと見つめて言葉に出す。
今まで心に秘めていた言葉。彼の隣に居れるならば表に出す必要はないと、ずっと見ないふりをしていた"思い"だ。
けれど不思議だ。人は案外、場合によっては素直になれてしまうものなのだ。
「アズール、僕は貴方のことが好きです。愛しています。」
完璧な間は映画のワンシーンのように、一際その言葉を惹きたてる。
呆然とした様子からハッと気を取り戻したアズールは困惑した。
「ちょ、え、どういう意味ですか!?いえ、そのままの意味でしょうけれど…。とにかく、前後の文脈的におかしいだろうが!」
「はい、何だか今僕もそんな気がしてきました。何故言ってしまったのでしょう。」
「知りませんよ!!全く、今話すことではないでしょう。」
「…いえ。今じゃなければ駄目です。」
「はい?」
「僕は今までと同じようにはいかないでしょう。貴方は賢いお人だ。そんな貴方が足手まといの僕を右腕にするとは思えない…これは客観的な僕の考えです。だからこそ、まだ貴方に近い"今の"僕が伝えるべきだと思ったのです。」
アズールは一瞬驚いた顔をして、すぐにムッとした表情になった。
「……お前、魔法が使えない上に気まで弱くなったんですか?」
「え…アズー…」
「僕はお前の能力を買っています。勿論それはユニーク魔法が有用であるのも理由の一つです。けれどお前の有能さは魔法だけではありません。補佐することにおいて一番秀でている、それはお前自身がずっと僕に証明してきたことだろう。僕が、どれだけお前を見てきたと思ってるんだ…。なのに…そんな弱気になって、勝手に離れようとして、らしくもない!不愉快です!お前をどうするかは僕が決める。僕の判断を…感情を、決めつけるなっ!!」
アズールは荒い呼吸を、ふぅー…と深呼吸して整える。
「つまりだ。お前が魔法を使えるかどうか、今の僕にとっては関係ありません。魔法が使えなくなったとしても、お前の能力は僕が引き出してみせます。だから、
…だから、お前は僕の傍に居なさい。」
そうだった。僕が好きな貴方は、海に差し込む光のような貴方は、いつでも僕の標になる。
気づけば頬に涙がつたっていた、嬉しくて、まだ傍にいて良いのだと。涙はポロポロと溢れていく。
「僕…お傍に居てもいいんですね。まだ、貴方のお役にたてますか?」
「当たり前です。…不安ならもっとこき使ってやる。」
言葉は素直じゃないんだから、と抱擁された体を抱き寄せて温かさをしばらく噛み締めた。
「ズズッ…、そう言えば告白の返事はまだですか?」
「は!?さっきまでの女々しさはどこいったんだ!」
「ふふっ。アズールの有り難い激励のおかげで、感傷に浸るのにも飽きました。さて、お返事は早ければ早いほど良いのですが…」
「全くお前ってやつは…、まぁいつも通りに戻っただけですか。あ、良いことを思いつきましたよ。」
「おや、なんです?」
「僕にお前のユニーク魔法を使ってみてください。」
「は、はい??」
「使えなくなるなら、せめて一度は使ってみるのもアリでしょう。」
「…かからないと分かっていてのお言葉ですか?」
「ふふ、どうでしょうね。けれど案外、こういう時ほど成功するパターンもあります。」
「意地悪です、しくしく」
「はいはい。…ほら、僕に魔法をかけて。」
…『そんなに怖がらないで、力になりたいんです__』
3
チクタクと鳴らす針は午後3時を示す。鼻の奥を甘く突き抜けるパンケーキの香りは、自然とお腹を鳴らしてしまうだろう。
「おーい二人共〜焼けたよ〜!」
そう言ってフロイドはふわふわのパンケーキを盛り付ける。並べられた3人分、今日は誰も居ないからかテーブルも少し広く感じてしまう。
「おやおや、美味しそうですね。フロイド、おかわりしてもよろしいですか?」
「お前まだ食べてないだろ」
一仕事を終えたような2人は、一息をつきながらテーブルに座る。
「俺も追加で食べたくなったら一緒に焼いてあげる。で、アズールもどう?」
「ニヤニヤされても僕は追加しません。カロリー厳守です。」
フロイドはちぇ〜と言いつつ一口に頬張る。程よい甘さは疲れを癒すかのように体に染み渡った。まるでここ1ヶ月の出来事が嘘だったかのようだ。
「おっと、手に入れた情報をお渡ししますね。まとめておきました。…いやはや、あの人も正直な方で助かりました」
「それは結構!相変わらずお前のユニーク魔法は侮れませんね…よし、これで上手く取引ができそうです。」
「にしてもまた魔法が使えるようになって良かったねぇ、急に戻ったじゃん。」
告白から数日が経った頃、ジェイドは再び魔法が使えるようになっていた。(使えます!と2人に駆け寄る姿はまるで少年のようだったとか。)
「あれ、原因はなんだったんだろうね」
「…多分あれですよ。ほらジェイド、言いなさい。」
「あれって何?キノコだったり。」
「いえ。その…恥ずかしながら………"恋"、ですかね。」
「は?恋??ずっと自分で告白焦らしといて今更???」
「ド正論パンチが痛いですフロイド…」
「おそらくですがその"恋心"を僕に燻らせていたのが発端らしいですね。人魚は恋に敏感と言いますが、敏感すぎやしませんか?」
「ふふ、そんな。照れてしまいます。」
ジェイドは空になった皿をなぞりながら、ふと思い出す。
「そういえばフロイドは僕とアズールが交際を始めたことに気づいたんですね。アズールから聞いたんですか?」
「は、僕は言ってませんよ。お前が今バラしたんじゃないですか。」
「ううん、なんとなく分かってただけ。だってジェイドがアズールにユニーク魔法掛けるとかマジあり得なくてウケたし!ジェイドあんなに嫌がってたのにねぇ?」
「はい、アレは無理やりでしたね。…とはいえ、アズールに魔法をかけるだなんて貴重な経験でした。」
「ふぅん…じゃあ結局アズールは魔法にかかったの、かかってないの?」
アズールとジェイドは顔を見合わせてくすりと笑う。
「「秘密です!」」
2人はあの日のくすぐったい会話を思い出したのだろうか、けれどその内容も真実も彼らにしか知り得ない。
End