『それは愛の証』告白はジェイドからだった。
普段と変わらない日常会話をしていた筈なのに、聞いてください、と妙な物腰で突然に告白してきたのだ。
アズールは驚きつつも了承し恋人になった。きっと少しの間の暇つぶしなのだろうと、本気の告白だとは到底思ってもいなかったからだ。
勿論ジェイドはそのことに気づいている。その上で、
「僕の好意を受け取って下さりありがとうございます。」とジェイドは言う。
まるでこの恋が一方向でも良いというように。
時は経ち恋人らしいこともして、nrcの卒業も近くなった。効率も良いということで同棲も決めて冬に差し掛かった頃。
アズールがおかしな行動を始めたのだ。
ジェイドを避けるように先に仕事を終え、その割に家にはおらず後から帰宅していた。あとを付けてみても流石はアズール、普通に撒かれてしまう。
ジェイドは「とうとう耐えかねられてしまいましたか…」と考えた。この愛が一方的でも良いと、けれど、きっとアズールは少しづつ応えてくれているのだとジェイドは信じていた。
そしてもし、アズールが自分に嫌気が差している場合も覚悟はしていた。彼らしい選択…きっとそれは正式な別れである。
だがジェイド、こればかりはアズールの意見を尊重出来なかった。したくないと考えていた。彼の一番傍に居るべき人物は自分だと思っているし、何より彼にとって既に"飽きる"という物事の範囲ではなくなっていた。きっと他人がこれを表現するならば、『愛』と呼ぶのだろう。
やがてアズールが「久々に外食でもどうですか?」と誘ってきた。広い海が見える、小さなカフェ。そこは初めてデートで来た場所だ。
「夜なのに、カフェですか?」「ええ。たまには良いでしょう。」とぎこちない会話が続く。
臆病なウツボは勇気を出して問いかける。
「…もしかして、別れの話でしょうか。」
「…はい?」
肯定なのか疑問なのか分からない返事に、余計目が合わせられない。
「僕は告白した頃からずっとこの愛が一方的でも良いと思っていました。今でもそうです。けれど…別れたくありません。」
「もしもこの話が別れ話であれば、僕は受け入れません。申し訳ございません。」
もっと伝えたい気持ちがあった筈なのに、駄々をこねる子供のようになってしまった。
「…成る程、そうか。最近二人の時間を取れていませんでしたね。寂しい想いをさせました。」
優しい声にゆっくりと視線を上げる。
「別れませんよ。もっと別の…大切な話がしたくてここに来たんです。」
柔らかで、少し緊張した面持ちをしながら懐に手を入れる。ふぅ…と覚悟を決めたかと思うと、小さな箱をジェイドの前に差し出した。
開くと、淡白い月光を反射して細かに輝く、ダイヤモンドの指輪がジェイドの方に向いていた。
「…僕はジェイドと恋人になって、確かに驚くことも多々ありました。けれど…なんだかそれも愛おしく思えてきたんです。ふふっ、どうやら僕にもお前の好きが伝播したみたいだ。」
頬が赤く見える。おそらく、冬の寒さだけが理由ではないだろう。
アズールは真剣な眼差しで告げる。
「結婚して下さい。」
「…はい、」
ちゃんと伝わっていたんですね。形で応えてくれたんですね。貴方も好きになって下さったのですね…
気持ちが、粒になって零れ出る。
「ジェイド、お前…泣いてるんですか。ジェイドが。」
「…泣いてません」
「お前が泣いてる所、初めてみました。」
「……泣いてません」
「強情だな。でも、そういう所も好きですよ。」
「…見ないで下さい、おばか」
アズールは笑いながら、しおらしくなったウツボを抱き寄せる。ジェイドは情けない姿を見せじと顔を隠すも、少し無駄にも思えていた。
そんな状態の僕を離そうともしないのだから、貴方はやはり、慈悲深い。
「大好きです。」
「知ってる。」
「嬉しいです。」
「はい。」
「…対価は何を?」
「ふふっ。返事をしたからには二言は無い、ということですよ。」
契約ですからね、と意地悪な顔を覗かせる。ジェイドはアズールの一番隣にいるという契約を結んだのだった。
涙を拭い帰りの準備をする。夜道を歩く二人の手は繋がれ、手袋越しにもその熱は伝わっているかのように思える。手袋から浮き出る指輪の形に気付く人はいるのだろうか。
浮かれたウツボを隣に、アズールは今日が曇りじゃなくて良かったと考えていた。
帰りの空は、星々が一段と輝いて見えたから。
End