🐊🦩「ッぁ、」
カツン、とつま先が普段は物がないはずの場所で突っ掛かり危うく転倒しそうになる。幸い、咄嗟に本棚に手をついたおかげで転ばずに済んだが。ドフラミンゴは小さくため息を吐いて、迷惑そうに眉を顰めながら屈み込んで足元に落ちている何かに手を添えて、その物体を手触りに確認する。
「…はあ、全く…誰がこんなところに」
本の山が積まれている、しかも1冊ではなく10冊ほど積まれての山だ。
いつも朝本の整理をしてくれる品出しのアルバイトはとてもマメで、この様なミスはしないはず。だとすればこの本屋に来た客の誰かが悪戯にこの様な場所へ本を積み上げていったのだろう。わざわざ会計横の出入り口前に。
「クソガキどもが…」
おそらくこれは近所に住む子供達の仕業だ。無邪気ながらの悪魔の様な所業、色がぼんやりと浮かび上がるくらいしか視界に写せないドフラミンゴに対する悪戯の発想は。陰湿で子供っぽくて呆れてため息しか溢せない。
出入りは許すが盗みはするな、そう万引きをした子と親共々叱りつけたドフラミンゴに、どうしてかその後子供達はよく懐いた。
馴れ馴れしく名前を呼んで、この店に来てはよく立ち読みの真似をして帰っていく。在庫の確認はアルバイトにさせているが、あれ以来盗みは働いていない様なので本当にただ暇つぶし程度に本を読み漁って適当な場所に戻して去っていく。古本屋でマニアックなジャンルの古書を取り扱う店なので、子供は全く興味ないはずの場所なのだが。
今後またこの様な悪戯をするならば、出入りの許可を考えなければならないなと思った。きっとあいつらは、出禁にされればわんわんと泣き喚いて許しを乞うのだろう。子供ってのは、泣けば大人が全て許してくれると思っている。無邪気な狡猾さは恐ろしいモノだ。
つつ、と指でなぞり。本の背表紙を撫でる。全て凹凸のない平な本の為選別がしにくい、仕方がないので明日の朝また品出しのやつに選り分けてもらおうとカウンターの隅に置く。
カランコロン
ドアベルが鳴り、カウンターに腰掛けたドフラミンゴは静かな声で「いらっしゃいませ」と声をかける。ここには特定の子供を除けば近所のご年配や、マニアな人くらいしか顔を出さない為顔馴染みの者が多い。
しかし、今日は入店早々ふわりと香り鼻腔をつく香水の匂いに首を傾げる。こう言った香水をつける客は今まで来たことがない。とすれば、新しい客だろうか。
「…ごゆっくり」
十中八九近所の者ではないだろう、こんな辺鄙な場所に訪れたのだ。この客も相当なマニアに違いない。
そう思い、ドフラミンゴは客に気を使い一声かけてから店番に戻る。
店番中の暇つぶしは、もっぱら片耳にイヤホンをつけて朗読を聴くか、ラジオを聴くかのどちらかだった。しかし、今日は顔馴染みの客ではないので自重しておく事にした。
何もする事がないとそれはそれで手持ち無沙汰なので、ドフラミンゴは暇つぶし用に置いてあるチェス盤に手を向ける。先日オンラインで対戦して敗北した相手とのチェス盤を再現して、どう回避すれば良かったのかを考えた。
静かに駒を移動させ、初めの動きから再現しているとふと視界に影が落ちる。
ぼんやりと映る景色が暗くなり、前に人が立った事が分かった。
「…ビショップの動きが悪いな」
そう言われて、ふと再現していた駒を戻してビショップを別の方へと動かす。
「そっちじゃない、こっちだ」
ドフラミンゴの駒を持つ指の上から手を重ねられて、そのまま別の方へ移動させられる。
カサついて冷えた指先に少しだけドフラミンゴの指先がピクリと震えた。
ビショップを置いてから、他の駒を移動させていくと。彼のいう通り、突破口が開けていく。ドフラミンゴは思わず、感銘の色を滲ませた声で呟く。
「…これで2通りの動きができる」
「だろう」
得意げにクハッと笑う声に顔をあげて、ほとんど薄ぼんやりと色しか見えない視界で目を細めてドフラミンゴは笑みを浮かべる。
「あんた、チェス出来るんだ」
「嗜み程度だが」
「それにしては、腕が良い」
そう褒めた後に、ドフラミンゴは慌ててノートパソコンを開く。
「受付に来たってことは、何か本を探してるんだよな」
「……いや」
「…?そうか、もし探してる書籍があったら言ってくれ。読み上げ式でうるさいだろうが、すぐに見つけられる。…クソガキどもが悪戯に移動させてなければな」
「…お前、目が見えないのか」
驚いた様に声をあげた相手に、何を今更とドフラミンゴは笑う。
「気付かずに話してたのか?」
「いや…あぁ、すまない」
「フッフッフッ…いいさ。見えないとは言え、色とかはぼんやりと見える」
「お前の服の色が黒い事くらいならわかるし、俺の服がボルドーカラーなのもわかる。自分で選んだからな」と指先で自分の服を指差しながら揶揄う様にいうドフラミンゴに。男はまたクハッと笑い声を上げて「それなら、不便はないな」と応えた。
屈託のないその声に、初めて話すタイプの人間だと思った。気を使わない態度、話していてとても気持ちが良い。
ドフラミンゴは彼ともっと話したいと思った。こんなにも楽しく話せたのはいつぶりだろう。少しだけ浮き足だった気持ちで、ドフラミンゴは彼に尋ねる。
「ここの者じゃねぇよな、どこから来たんだ?」
「……最近、街の東側にある屋敷を買った。別荘にするつもりでな、暫くはこちらに滞在する」
東側の屋敷、そう聞いてドフラミンゴはほんの一瞬眉をピクリと痙攣させる。
「…ああ、あんたがあの屋敷を買ったのか。物好きな奴もいたもんだ」
「曰く付きなのは知っている。15年以上前に、強盗で何人も死んだと」
「…屋敷の主人とその妻、あと使用人が数人…この街では有名な話だ」
「…で、そのもの好きな屋敷を買った主人は。街の者に入居早々悪印象でも持たれているのかね」
「逆だな、あそこは鬱蒼としていて誰も近寄りたがらなくなってたから…人が住んでくれた方が街も明るくなるってみんな喜んでた」
「お前も、そう思っているのか」
ドフラミンゴは薄ぼんやりと映る暗い色合いの男を見て瞠目した。
ほんの少しだけ露見した自身の不快感を見逃さなかったのかと驚く。目ざといが、こうやって口にして聞いてくるあたりが嫌な感じではないからどうにも邪険にしがたい。
ドフラミンゴは重い口を開いて、気持ちを口にしすぎない様慎重に言葉を紡いだ。
「変わり過ぎるのは良くない」
男は思っていた言葉とは違っていたのか、おかしそうに顔を歪ませて笑った。
「変わり過ぎるって程のもんでもねぇだろ」
「……当時のまま残しておいた方が良い物もあるんだ」
「………お前、あの屋敷の関係者か」
やはり、この男は察しが良い。話し過ぎたなとドフラミンゴは下唇をひと噛みしてから、なんて事ない様子で笑ってその問いに応えた。
「…何言ってんだ?俺は20を過ぎてからこの街に越してきたんだ、そんな事あるわけないだろ」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名前はフラム、お前は?」
「フラム、ね…俺はクロコダイルだ」
- - - - -
ドフラミンゴ(25)
屋敷に強盗が押し入った際、両親に言われ弟と共に物置の中で息を顰めていた。
強盗犯が両親と使用人殺害後屋敷に火をつけたため、兄弟で必死に屋敷から抜け出すがドフラミンゴは火で目を焼いてしまい視力の殆どを失ってしまう。
以降、相続する遺産関連で兄の方は遠方に住む親戚付き添いの元街に残り。弟は養父の元へ引き取られていく。
使用人は殆どが街に住む住民から雇われていたため、その身内や家族からのやり場のない怒りを全て受け止めることになる齢10のドフラミンゴ。
事件は未解決のまま、以降その街から遠く離れた親戚のもとで育つ。
20を超えた頃、強盗犯の声だけを頼りにこの街へ戻ってきた。聞き覚えのある声だったが誰の声だかは思い出せない。人の良い両親からお金を融資してもらっていた頻繁に屋敷を出入りする人間が複数人いるためその関係の者か、はたまた。必ず犯人はこの街の誰かだと思っている。
過去の因縁もあり、実名ではなく偽名(フラム)で街に戻り素知らぬ顔で街の人々と親睦を深めている。
静かに古書店を営みながら、この街に住む犯人を見つけ出して。あわよくば殺してやろうと考えている。そうしたらあの屋敷を買い戻して弟と暮らそうと思っていたが、先に買われてしまったのでどうしようか模索中。(弟とは小さい頃から一度も再会していないのでこれは兄の勝手な願望)
街の人間は嫌いだが、子供達は嫌いじゃない。
久しぶりになんのしがらみもなく接することの出来たクロコダイルに、少なからず好意を持ってる。友人になれたら良いな、くらい。
前世の記憶はない。
クロコダイル(44)
曰く付きだが自分好みの内装と外観をしている屋敷を見つけて別荘にと買い付けた。街を見て回っていたら、偶然ドフラミンゴの元へと行き着いた。
前世の記憶がある。
自分の記憶とは違って年若く、髪型も服装も違うため。初めはドフラミンゴだと気付かなかった。チェスの話をしている最中にようやく彼だと気付く。
前世の記憶を持つ人達と何人か会ってきたので、名前と容姿は一緒になるというロジックを知っていたクロコダイルは。ドフラミンゴが偽名を名乗っている事に何か訳があると察する。
そんな鰐ドフ🐊🦩