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    mrtk

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    不香の花幼い頃は雪の中にいるアイツを見失うことが多かった。瞳を閉じている時なんかは特に見つけられない。人より色素が薄いアイツは簡単に銀世界と同化してしまうのだ。いつだって追いかけたいのに、並びたいのに、追い抜かしたいのに全然見つからないアイツ。当時は雪が降る度に機嫌が悪かった気がする。

    そんなある日、師がこっそりと耳打ちをしてきた。見つからないなら見つけられるようにすればいい、と。そんなことを考えたこともなかったが故に硬直した弟子へ師は微笑みながら毛糸玉と編み棒を差し出す。真紅の毛糸玉はアイツの瞳のようで、気がついた時には毛糸玉と編み棒が手の中に存在していた。

    己の手で生み出した真紅を身にまとったアイツの姿を想像していたら体が勝手に受け取ってしまっていたらしい。だが、ここからが苦行の日々だった。ろくに家事さえもやってこなかった者が数日で何かを生み出すということは到底無理な話であって、やっと納得できた物が完成したのは雪解けの季節だった。

    やっとの思いで完成した喜びと己の不慣れさへの不満とが入り交じった複雑な感情を抱きつつ完成した物のやり場に困っていると、突然背後の障子が音を立てて開け放たれた。秘密裏に行っていた作業も制作物も、全てアイツは全てお見通しであったみたいだ。なんなら毛糸玉を購入した場に居合わせたらしい。

    脳裏に浮かぶしたり顔の師に気を取られていたばっかりに、いつの間にか近寄ってきていたアイツに腕の中にあった物が奪われていた。今年のは練習としていい経験になったと破棄して、来年しっかりとした物をまた作り直そうと考えていたのに、アイツはその歪さがいいと言う。捨てるなんて許さないとも。

    そろそろ必要が無くなる時期になったというのに、あの日を境にアイツはあの真紅を身に纏い始めた。遠目から眺める分には真っ白な中に真紅が映えて見つけやすくなったのだが、近寄ると分かってしまう歪な形。似合わないからやめろと訴えるが俺の身につけるもんに口出すなと逆に文句を言われる始末。

    新しいのを渡すからそれは破棄しろと言っても一向に話を聞かないアイツ。ついには来年も同じのを作ったらそれも寄越せという。あんなにも歪な形だがどうやらアイツのお眼鏡にかなったらしい。なんとも言えぬむず痒さに言葉を紡げずにいる姿を見てアイツは是と受け取ったのか、満足気に去っていった。

    これがアイツと俺の2番目の“約束”だった。この2番目の約束は師が捕らえられて、戦に赴き、崖の一件が起きるあの日まで続いていた。渡し始めてから数年経った頃には貰うだけでは割に合わないと感じたのか、いつの間にかアイツも深緑の毛糸玉を入手しては隣で作り、お返しとして渡してくるようになった。

    あの崖の一件から10年と少しが経ち、袂を分かつ原因だった全てが片付いた今、追いかけ続けたアイツの隣に俺は再び立っている。落第生が故に手に負えないと地獄から追放されたのか、記憶を持ったままこの世に戻されたらしい。まだお前にはやるべき事があるだろうという師の粋な計らいかもしれないが。

    他人より成長するスピードが早いこの躰がアイツに初めて勝利した時代の見た目にまで成長した頃、ようやくアイツに会いに行くことにした。2番目の約束であったあの真紅を手土産に。
    本音を言うと元の躰程まで成長しきってからが良かったのだが、それ以上に銀色に焦がれる自分の心が急かしたのだ。

    真紅を携えて現れたガキの俺にアイツは死んでいると噂される瞳を大きく見開いた。そして手に抱えてる真紅を目撃して一言「お前まだそんなこと覚えてんの?」と。俺から言わせればお前こそ物持ち悪いお前がよく無くさなかったな、だが。お前が首に巻いている色褪せたその真紅は10年前に渡した物だろう。

    そんな色褪せた昔のものはもう破棄してしまえと伝えても頑なに外さないアイツ。なんならガキの姿の俺を小脇に抱えて何処かに向かって歩き出しやがった。離せと暴れても一切聞き入れずひたすら歩を進める。そして気がつけばアイツの住処にたどり着いていた。そういえば本来の目的地はアイツの家だった。

    玄関を開け家の中に入るとそれまではガキの力ではびくともしなかった腕から簡単に解放された。アイツは俺のことは無視してさっさと家の中に入り込み、俺は玄関で放置だ。行動が意味不明すぎる。初めは勝手に上がるのもどうかと思っていたのだが、家の奥から響いてくる何かを探す音が俺の興味を引く。

    家中に響くこの物音に心当たりがない訳でもない。まさかと思いながら部屋を覗き込み、しゃがみ込んだアイツの背中を見つけた時、ちょうどアイツもこちらに振り返る。「ほらよ」と一言。こちらに差し出されたアイツの手の中には真新しい深緑。そういえば俺もアイツもそうとうな粋狂な奴だった。

    2人して真新しい色を身につけ再び家を出る。いつの間にか降り始めた雪に真紅が映える。お前には紅が似合うなと呟いた俺にアイツはニヤリと笑いながら「お前も似合ってんじゃねェの」と言う。今度は俺が目を丸くする番だった。再開してからようやく見られた笑顔。


    あぁ、どうやら雨はやんだらしい。


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