センチネルバース/前編生物的に非常に発達した能力を身に宿して生まれてきた者。視覚、聴覚、と一部、鋭い能力を持っているパーシャル。その中でも、五感全ての能力がある者をセンチネルと言った。
個性とは別だ。個性は両親からの個性を宿すことが多い。しかし、センチネルは遺伝的なものでは無いため、そして人口の数パーセントしか能力を持たない。とても貴重な存在として扱われていた。
その貴重な能力は世の中に非常に有効的であり、個性とセンチネルを持ち合わせているものには待望が込められていた。
そんな存在として産まれてきたのが、轟焦凍。
父親への反抗心だけで、センチネルの能力も個性の半分も使わずに雄英高校のトップとして入学。
ヒーロー界からも世間からも個性とセンチネル能力持ちとして注目されていた。
・
B
俺はナンバーワンヒーローとしてガイドとして最強になるべく"選ばれた"側の人間だと信じてやまなかった。ガイドであることが発覚したのは、中学の頃だった。ガイドである証明のスピリット・アニマルは珍しい肉食系の狼。俺は強個性に加え、狼に選ばれた、特殊な人間である。そう思っていたのも中学までで、雄英に入ってからは数々の個性に圧倒され、徐々にガイドとしての役目の意識は薄れていっていた。
半分野郎以外は。
何が強個性とセンチネルの最強息子だ。自己管理が甘々すぎて鼻で笑える。いつも上に立ってくる半分頭を少しからかってやろうと言う気持ちで壁際にしゃがみ込んでいる隣に立つ。
今日は視覚が鋭いかもしれない、そうボソッと呟いていた轟を思い出す。少しでも不調があればガイドにガイディングしてもらうのが一般的であり、安全である。しかし、こいつはどういうことなのか、入学当初から薬でなんとかなる、大丈夫だ、ダメな時は病院に行く、としか言わない。直接聞いた訳ではないが。
しゃがみ込んで頭を下に向けていることから自身で制御しようとシールドを張っているのかもしれない。
今までセンチネルに触れるなんてことはしてきたことない。センチネルとガイドは存外とても繊細で取扱いが難しいのだ。ビジネスでセンチネルとガイディングしている一般のガイドはごく一部だ。信頼関係なしにしてガイディングを行い、失敗した時に精神が崩壊するのはガイド側である。とても慎重に行わなければならない。
口酸っぱく親にも病院にも言われていたことから、人助けでホイホイとガイディングをすることはしてこなかった。
別に心配をしている訳ではないが、ここで半分野郎が倒れてそのまま崩壊しました、ということが起きたら後味が悪い。落ち着くまで待ってやろうとスマホを取り出す。
数十分くらい経って、轟が動く気配がしたため、チラッと視線を向けると片目を抑えて顔を上げていた。「大丈夫…」と小さな声が聞こえてきた。声が出るということは、戻ってきたのか。しかし、まだ万全では無さそうだ。
「わりぃ、待っててくれたんか。」
「ハッ、自己管理甘いんだよ、さっさとガイディングしてもらえ」
「わりぃ、、」
本当に悪いと思ってんのか知らないが再び視線を下げてしまった轟に寮に戻るぞという。相澤先生には帰りが遅くなると連絡を入れてはいるが、あまりにも遅いと怒られるのでさっさと帰らなければならない。壁にもたれかかっていた背中を離し、下に目線を向ける。
「…俺、ガイディングが上手くいかないんだ」
「ハア?」
突然何を言い出すのか、病院のガイドと相性が合わないと再び視線を下げていた。声色が少し震えているような気がしたが表情はなく淡々とした話し方だった。病院のガイドと言っても何十人といるはずだ。しかも専門性の高いプロフェッショナルが集っている。その中で誰一人と合わなかったのかというのか。
他人が安易に踏み込んでいい話ではない。言葉が出なかった。何も言わない俺にまた「悪い」と言うと轟は立ち上がった。
「変な話した、帰ろう」
謝るくらいなら話すな見せんな、と思ったが口を紡ぎ、代わりにため息が出た。つくづく思うがこの男と関わると気が散る。出会ってから今までもこれからもきっと気に食わないんだろうと思う。仮免補講期間、こいつと四六時中一緒だと思うと気が遠くなりそうだった。
「爆豪悪い、今日は聴覚が鋭いかもしれない」
朝。靴を履いていたら後ろからスっと現れた半分野郎に目を向ける。後ろに立つな、聴覚が鋭いからなんだ、一々報告してくんな、静かにしろってか。色々言いたいことは山ほどあるが、関わるとろくなことにならない。返事をせず前を向き、さっさと行くぞぼんやり野郎と言って歩き出す。
結果から言うと、今日の補講は散々だった。自由ペアでの戦闘。隣で話を聞いてた轟が爆豪よろしくな、とほざくことで勝手にペアが決まった。いつ、誰が、てめぇと、組むっつった、といい返したがギャングオルカに怒られ、ペアが変わることなく実行された。
百歩譲って轟が足を引っ張らなければ、許してやった。しかし、こいつときたら聴覚が鋭く、シールドを張っているせいか、こちらの声が聞こえずに連携が取れないことが多々あった。そのせいでミスの連発、ギャングオルカから反省点を言えと言われる始末。圧倒的にこいつのせいだろ。
そもそも昨日の時点で病院行ってガイディングしてもらえよ、とイライラが積もっていく。
聴覚がなんだ、自己管理できねぇやつが悪い、文句のひとつでも言わないと気が済まない。比較的人が少ない場所に避難している轟のところに歩いていく。昨日と同じでしゃがみこんで頭を下げている半分頭の前に立つ。「大丈夫、大丈夫。」そう呟いているのが聞こえた。大丈夫じゃねぇんだよ。人に迷惑かけてる時点でだ
「…おい、舐めプしてんじゃねぇよ」
シールドを張っているからであろう。当たり前だが返事はない。わかってはいるけど、また同じようなことをされたらたまったもんじゃねえ。
聞いてんのか、聞こえてんだろうがよ
センチネルは繊細だ。
そんなことは分かっている。
っとに、ヒーローなる気あんのか、怠けてんのか。
口を開こうとして、ふと轟の横にかなりの大きさのユキヒョウが身体を丸めて寄り添っていることに気付く。昨日は近くにはいなかったから気にも止めてなかったが、よく見ると傷だらけだった。恐らく轟のスピリット・アニマルであろう。傷だらけであることから、ゾーンアウトに近いことが見れる。ユキヒョウに視線を向けていると、それに気づいたユキヒョウが瞼をあける。
目が合った。
〖…俺、ガイディングが上手くいかないんだ〗
突然、昨日の轟の声が脳内再生される。驚きで一歩後ずさる。少し震えていた声色が脳みそにこびりついた。
ユキヒョウから目が離せない。ご主人様くらいなんとか言う事聞かせろや、と睨み返したが睨み返されたので息を吐く。なんだってんだ。ユキヒョウの顔が轟の方を向き、もう一度自分を見る。助けてみれるもんならやってみろ、と言わんばかりに見つめてくる。
クソ、人助けだ、人助け。
この男と関わるとろくな事にならない。ユキヒョウまで図太い神経してんのかよ。そう思いながら、膝を曲げ、スゥと息を吸う。
「___________とどろき」
俺の声を聞け、クソ舐めプ
下を向いている轟に問いかけるが、反応がない。そもそも自分はガイディングをしたことがない。病院の専門家が無理なら無理なんじゃないのか、と頭によぎったが、やるしかない。ユキヒョウの圧に決して負けたわけじゃない。クソ、こんなはずじゃなかった。ぜってぇ後で病院に放り込む。相澤先生もチクってやる。
…………もう一度、名前を呼ぶ。出来るだけゆっくり、静かな声で。
すると、瞼が動いた。
「轟、聞こえるか。耳、塞いでいいか」
何度も声をかけると、瞼が開く。目は合わないが、ゆっくり頷いたことを確認して耳を塞ぐ。
ガイディングのやり方はネットやテレビで見たくらいだ。あっているのかわからないが、とにかくその時得た知識を手繰り寄せ、目を閉じ、自分のシールドを作りつつ、呼びかける。轟のシールドに妨害されるか能力の暴走を受けるか、どちらとも自分にも精神ダメージを受けて共倒れ。せめて、轟をこちら側に連れ戻す。そのあと自分が失神するくらいならいいだろ。文句は言わせてもらうが。
何度か呼びかけていると、聴覚の能力であろうか、ものすごい量の音が聞こえてきた。その中でも雑音に紛れて今日の自分の声も入っていたが上手く聞こえない。きっとこれが今日の轟の状態であった。
こんな状態で補講を受けていたのか。最悪だ。何を読み取ればいいのかわからない。そりゃミスもしまくるし、連携なんて以ての外だ。
能力を共有しているせいか、頭が痛くなってきた。早く戻ってこいやクソが。
そうして何分経ったのだろうか、何度か呼びかけるとやっと、轟の口から「ばくごう」と音を紡いだ。
目を開けると、轟と目が合う。ガイディング成功したのか、轟の目がしっかりと見開いたのが見えた。意識が朦朧とする。シャットダウンする直前に隣のユキヒョウと目が合うかと思いきや、鼻で笑うかのようにそっぽを向かれた。
ガイディング上手くいかねぇのコイツのせいじゃねぇかよ。
そこでプツリと視界が途切れた。
・
目を開けると、保健室だった。起き上がるとリカバリーガールと目が合う。目覚めたなら戻りな、相澤先生には連絡しとくよ。と言った。あの後、どうなったのかわからないが、自分がここにいるということは轟が運んできたのか、補講の場にいたヒーローを呼んだのか。どっちみち轟の意識がないことには助けは呼べなかっただろう。
「あーアイツは、」
「あの子は病院行ったよ。相澤先生にみっちり怒られてたね」
保健室を出る前にリカバリーガールに問いかけるとそう答えた。ざまあねぇな。当たり前だ。他人に迷惑かけすぎだアホが。相澤先生に伝わったのなら、今後の対策は探していくだろうし、同じ状況にはならないはずだ。
頭はもう痛くないし、身体も変なところがない。そういえば、と自分のスピリット・アニマルに目を向けると狼はベッドの横で気持ちよさそうに寝ていた。狼が無事なら自分のガイド機能に問題は無いだろうと踏む。
絶対文句言ってやらないと気が済まないが、らしくないことをした自覚もある。
どうしたものかととりあえず自室に戻ると部屋の前で見慣れた赤髪がいた。
「お、爆豪!!大丈夫だったか!」
「んでそこにいんだよ」
「爆豪が気を失うなんて何があったのかきになってよ!」
轟が焦ってたぞ。と切島が言った。よく分かんねぇが轟が余計なことを言ったのか、大事になってやがるなと悟り、めんどくせぇと言葉を吐く。
「もう大丈夫なのか?」
「おー」
なんかあったら呼べよ、という声を背に適当な返事をして、部屋の中に入る。
目覚めたとはいえ、疲れが取れていない訳では無い。ドッと疲れが押し寄せてきて、今日は早いとこ風呂に入って寝ようと補講の荷物を床に置いた。
・
「爆豪」
風呂から帰ってくると部屋の前に轟が立っていた。まあ言わずもがなアレのことだろう。特になにも言わずに部屋の扉に手をかけると、轟がもう一度自分の名前を呼ぶ。
「要件なら簡潔に3秒で言え」
「今日は悪かった。中々シールドが張れなかったから助かったんだ。ありがとう」
あと初めて、ガイディングが上手くいったんだが爆豪が凄いからか?
轟は本当に何も分かっていないようで、首を傾げている。
「抜かしたこと言ってんじゃねぇよ」
てめぇのガイディング問題はお前の隣のユキヒョウのせいだろ。そう言うと、轟はなんでそう思うんだ?とハテナを浮かべているような顔をする。轟がユキヒョウの方を向くとユキヒョウは轟に寄り添って目を閉じる。
その様子に、ユキヒョウはご主人様以外に威嚇している厄介スピリット・アニマルということが分かった。どうせ全ガイドに睨みを聞かせているから、上手くガイディングがいかないんだろ。ガイドが上手く集中出来ずガイド自身のシールドが張れない。それに病院側が気付いていたとしても、スピリット・アニマルについて言及するとセンチネルからの信頼を失い一層ガイディング出来なくなることを危惧して伝えていないのだろう。何回も行うことで信頼を得られると思っていたのか。しかし轟は心の底では誰も信頼していない。だからずっと上手くいかない。
「てめぇのそのユキヒョウ躾ろ」
「躾けるなんて言うなよ、こいつは昔から優しいんだ」
唯一無二の味方、そうユキヒョウの方を向きながら微笑む轟。
「寝る帰れ」
これ以上見ててもイライラするだけだと思い、そう吐き出して部屋に入った。
・
T
「轟、制御できなくなる前に言えと言ったよな。」
意識を取り戻し、爆豪と目が合ったかと思うと爆豪はそのまま気を失ってしまった。何が起こったのか。ふと聴覚の能力が全く機能していないことに気付き、爆豪がガイディングしてくれたのだとわかった。
たまたま通りがかったギャングオルカに助けを求め、相澤先生に連絡してもらう。その間も爆豪が目覚めないから、相澤先生が車で迎えに来てくれ、雄英に帰ることが出来た。
相澤先生からは些細なことでいいから不調は言え、とこっぴどく叱られ黙って受け入れ項垂れた。病院に一旦行ってこいと、また車を出してもらいかかりつけのセンチネル専門病院に行くことになってしまった。今日起こった出来事と聴覚の能力が酷くなっているを話をした。そして、今は体調が良いと伝えた。
「相性の合うガイドがいたんですね」
「はい、でももうガイディングはしてくれないと思うので」
薬を出してください。そう言うと先生は表情を曇らせた。
「知り合いではなかったのですか?」
知り合いでなくても知り合いでも、爆豪である限り無理であろう。
何も言えず俯く俺に先生はまたお話聞かせてくださいね、と言って薬の処方箋を書いてくれた。
爆豪が目覚めたらまず謝りに行こう、そしてなぜガイディングが出来たのか聞こう、そう思いながら病院から学校へ戻った。
〖てめぇのそのユキヒョウ躾ろ〗
学校から戻り、爆豪が部屋に戻るのを待っていた。爆豪の口からはユキヒョウのことのみ。なんでそう思うのか。いつも寄り添ってくれて力の加減を教えてくれる、優しいスピリット・アニマルがガイディングに影響を与えてるのか。しかし、意味もなく爆豪がそんなこと言うはずもないのも分かっている。
再度聞こうにも爆豪は部屋を閉めてしまった。この厄介な能力の解決策を握っているのは爆豪であることは確かで、このままで終わりになんてしたくないと思った。
やっと、この能力を制限出来るかもしれないんだ。補講期間であれば、毎日会うしその間に絶対に解決方法を導き出す。その前に自分でもガイディングが上手くいかない、この問題にもう一度向き合うべきである、とそう意気込んで部屋に戻った。
・
「爆豪、おはよう。おかげで調子がいいんだ」
朝起きたら驚いた。普段なら次の日に持ち込んでいた能力による痛みが全くないのだ。ガイディングにより力の軽減、シールドがしっかり張れていることが明確であった。
隣を歩く爆豪からの返事はないが、本当に感謝していることを伝え、昨日の続きを話そうと口を開く。
「なあ、爆豪。昨日の件だが、ガイディングする時ユキヒョウから攻撃を受けたのか」
部屋に戻ってからユキヒョウのことを見ながら今までの事を考えた。
爆豪から躾と言われたことを思い出し、俺には見せないがガイディングの時にユキヒョウがガイドを警戒し、攻撃しているのではないか、ということに辿り着いた。それなら、病院でのガイディングが上手くいかないことも言える。病院は自分自身苦手なところであり、極力行きたくない場所だった。自分の精神がスピリット・アニマルに伝わっていたとしたら、拒絶してしまうのもわかった。
「別に攻撃はされてねぇよ。っつか、その顔は答えに辿り着いたってことかよ」
「あぁ、俺の精神的問題によりユキヒョウが攻撃的になってるんだとわかった。」
さて、わかったのは良いのだが、これからどうしていくかだ。今は調子がいいが、これがどれだけ続くのかはわからない。
これ以上爆豪に迷惑をかける訳にもいかない。
悶々と考えているうちに今日の補講はあっという間に終わった。互いに言葉が出ることもなかった。
・
あれから2週間、また聴覚の能力が強くなってきた。自分の中で1番特化しているのが聴覚であることから、他の能力よりもシールドの調整を頻繁に行わなければならなかった。
様々な音の情報から正解なものを聞き取るのは精神的負担がかなりあった。また我慢してどうにかしようとしたら、相澤先生に怒られてしまう。でも、まだ大丈夫。
「大丈夫、大丈夫だ」
「んなわけねぇだろアホ」
大丈夫と目をつぶり精神統一していたら、隣から聞き慣れた声が飛んでくる。目の開けると目の前に爆豪の顔があり、「お」と驚いた声が出た。
「もう限界なんだろうがよ、病院行けや」
また壁際で休んでいた俺を見兼ねて来てくれたのだろうか。なんだかんだ優しいな。なんて的外れなことを考えてたら、聞いてんのかと怒られる。
「ああ。病院、、行かないとな」
薬は飲んでるんだけどな、なんて思っているが薬は痛み止めなだけで根本的な改善とはなっていない。
爆豪にガイディングしてもらってから病院には行ってはいない。とても調子が良かったのもあってだが、また上手くいかなかったらどうしよう、という気持ちも少しばかりあった。
なんとなく気まずくて、視線を下に落とす。
「ユキヒョウに威嚇すんなって言えば大丈夫だよな」
「それでどうにかなんのかよ」
「わ、かんねぇ」
はああ、と爆豪はわざとらしくため息をつく。それにらしくもなく動揺してしまった。視線を上にあげると、爆豪はまっすぐこちらを見ていて心臓が跳ねる。
「しゃがめ」
「え」
「早く。んで、目つぶっとけ」
またお咎めを食らうかと思ったら、しゃがめと言われ困惑する。しかし理由を聞く時間も与えてくれないようで、言われた通りにしゃがみ、目をつぶる。
「そのままジッとしてろよ」
そう聞こえたと同時に、耳を塞がれ、名前を呼ばれる。
もしかして、ガイディングしてくれるのか。爆豪が。そう気づいた瞬間ハッと、ユキヒョウのことを思い出す。ユキヒョウ、爆豪だけは、攻撃してない、んだよな。大丈夫だよな。
なんだかんだ優しいんだ、爆豪は。と思い、嬉しくなって口元が緩む。聴覚に張っていたシールドを緩め、爆豪の声に集中する。
・・・
・・
・
聴覚がクリアになったところで、ガイディングが終わった。重りのようになっていたシールドも軽くなった。目を開けて爆豪の名前を呼ぶと、目を一瞬開けてそのまま爆豪は目を閉じてしまった。
「えっ爆豪大丈夫か」
また意識を失ってしまったのか。無理をさせてしまったのだろうか。
完全に委ねてしまったのがいけなかったのだろうか。
慌ててギャングオルカを呼び、休憩室に爆豪を運ぶ。そして相澤先生に連絡してもらった。
「全く。何度言ったら分かるんだ。」
相澤先生は学校から迎えに来てくれた。幸い全ての授業が終わった時間であったことは良かった。
爆豪が意識を失うレベルの負担がかかっているのは目に見えてる。病院に行くことを嫌がっている自分を爆豪は見兼ねて助けてくれた、と思う。
すみません、と呟き、俯いていると、
生徒に無責任なことを言いたくないが、と相澤先生がポツポツ言葉を発した。
「なぜガイディングしてくれるのか、爆豪に聞いてみろ。現状維持はよくないと思う」
俺も生徒の心の中まで読めないからな。当事者同士でなんとかしろ。難しければ病院。
なんかあったらすぐ俺に報告。先生はそう言って、帰るから爆豪抱えるぞと立ち上がる。
・
今日は爆豪が目覚めるまで保健室に籠ることにした。一緒に夕飯を食べて、話をする。
そう自分に言い聞かせた。寮に帰った時にまた切島やみんなに心配されたが、補講厳しいんだと言った。
みんなは爆豪暴れてそう、轟可哀想って笑い話にしていた。実際は自分が迷惑をかけているのだが、この能力について上手く説明できる気がしないし、センシティブな話を勝手にするのは爆豪に悪い。都合よく解釈してくれたクラスメイトと普段の爆豪の振る舞いに助けられた。
ガイディングのおかげですこぶる体調は良い。ユキヒョウも気持ちよさそうに寝ている。
体調は良いが、聴覚の能力が酷くなっているのはまた病院行かなければならない。この件が親父に伝われば、早くガイドを見つけろ、見つからなければ探し出す。と言いかねない。
「わりぃな爆豪…」
「ホントに」
ポツリと落とした謝罪に返事が返ってきて驚く。あからさまに驚いてしまったからか、爆豪は目を見開いて笑い始めた。
「そ、んな、驚く、ことかよ、」
喋りながら、ふは、と口を抑えて笑い出す爆豪にどうしたらいいか戸惑う。取り敢えず、目覚めたならリカバリーガールに言った方が良いか、と立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。
「体調は」
「良い?」
突然体調を問われて、疑問系で返してしまった。体調を聞くのは俺の方なんじゃないのか。爆豪こそ大丈夫なのか。
爆豪もなんで疑問系なんだよ、絶好調だと言え。じゃなかったら病院連れてくぞ。と睨んできた。
「わりぃ、絶好調だ」
「そりゃよぉござんした」
クツクツと笑う爆豪に時が止まる。
失礼だが何事だと思ってしまった。自分の前では睨んでばかりの爆豪が笑ってる。どっか打ったのか。いや、お腹すいてるのか。
ぐるぐる考えていると自分の腹の音が鳴った。
「テメェまだ夕飯食っとらんかったんかよ」
「あぁ、」
そう言えば、と帰ってくる時にみんなに心配されてたことを思い出した。補講が厳しかったと言ってしまったことを伝えた。
俺がへばったことになっとんのかふざけんな、とやっぱり怒鳴られてしまった。
「起きたならサッサと戻った戻った」
悪い、、と項垂れているとリカバリーガールが帰ってきて、はたまた怒られる。
爆豪の怒鳴った顔、目が釣りあがってていつもの爆豪だった。さっきの笑ってた爆豪は調子狂うな、と項垂れてた顔を上げ爆豪の方を向く。
「爆豪夕飯、一緒に行こう」
「ハァ?」
「まだ話したいことあるんだ」
なんだが楽しくなってしまって爆豪の腕を引き、食堂へと向かった。
・
聞くのを忘れた。
夕飯の時、思いの外補講の内容で盛り上がってしまった。技の話だったり、相手側の個性の話だったり。
相澤先生のアドバイス。
布団に入り全てを思い出した。風呂まで一緒だったのに。自室の天井を見上げながら、タイミングがなかったら強行突破しようと決意し、瞼を閉じた。
最悪、話を聞いてくれるまで、部屋に居座ろう。
体育祭の時みたいに目が天井まで釣り上がるんじゃないかってくらい怒るだろうな、なんて考え、瞼の裏で想像していた。ふと今日の珍しく笑った顔の爆豪が写り心臓が跳ね、目を開ける。脳裏にこびりついてしまったのか、慌てて体育祭の時の表彰台の爆豪で書き消して瞳を閉じた。
-
B
2回目のガイディングは自らの意思で行った。
大丈夫と暗示をかけているのか、恐らく限界が近いであろう轟。2週間、調子が良かったのもあっただろう。病院へと行く気配も無く、ため息を吐いた。
なんでそんな全てを諦めたような顔をするのか。
本当に分からなかった。
原因が分かったなら、片っ端から解決方法を試せばいい。最初から諦めんなクソ。
そう思いながらも、手を差し出してしまったのは自分ならガイディングしてやれる、そういう優越感があったからだと思う。
最初のようなユキヒョウの威嚇はなかったものの、物凄く意識の外から見つめてくるから集中できない。相変わらず聴覚の能力は重いわで、結局意識を飛ばしたようだった。
目覚めた時に返事をした時の轟の驚き方というか、ビクッとなって目を見開くまでの動作が何故かおかしく思えて笑ってしまった。
轟焦凍は案外ポンコツなのだ。
自分の管理は出来ないわ、なんだの、言い始めたらキリがない。
腕を引かれて夕食を食べて、らしくないことをしているのはわかっているが何だかんだ話は弾んだし悪くはなかった。
まあ当分は面倒見てやるか。
ガイドに対しての抵抗が無くなれば病院行くだろ、そう思うことで人助けという名のガイディングを続けてやってもいいと結論づけた。
・
「オイ、終わった」
そんな曖昧な関係でも、慣れれば意識を失うことも少なくなった。というより、期間を空けずに毎回ガイディングしてやれば負担は少ない。
「あぁ、ありがとな」
最近の轟は本当に調子が良いのか、何故か人一倍補講を楽しんでいるようにも見えた。
爆豪、と名前を呼ばれる度に心臓が跳ねた。気が狂ったのかと思った。
野郎に絆されてしまったのか、んなわけあるかとため息をつく。
瞼を閉じ、大人しく耳を塞がれる轟の顔は、最初の頃のような強ばった諦めた顔ではなく、全ての顔の筋肉が溶けたのではないかというくらい緩んでいた。
こいつの俺に対する信頼度はどこからやってくるのか。
たまたまガイディングが出来たから懐いているのか。そんなボケではないとは思っているが、普段のポンコツ具合と世間知らずなところを思うと益々謎だった。
考えれば考えるほど、轟の緩んだ顔が脳裏にチラつき、頭を振ってかき消した。
今更だが、ガイドとセンチネルのビジネス的な付き合いは少ないがある。
ガイドに利益はないが、轟が望むなら。そう思えるほどにはなっていた。
卒業したらどうなるのか。先のことを全く考えてなかったが、なんだかんだこのままなんでもない関係、それこそビジネス的な関係が続いていくのかもしれねぇなんてボンヤリ考えていた。
補講期間も終盤に差し掛かったところで突然轟がセンチネルであることが話題に上がった。今に始まった話では無いし、轟自身は能力を使わずし、補講を受けている。それを知る人は恐らく自分以外いないだろう。
「センチネルなのに仮免落ちたんだな。」
「つか、爆豪がガイディングする度に意識失うって噂ほんとか?」
「らしいなー、個性以外はしょぼいのかもな」
話の内容を聞き、ガイディングを始めたことが噂立ってるだけかと納得した。
誰がしょぼいだ、クソが。
そこら辺のモブの無責任な言葉の数々に苛立つ。
轟本人は何言われても気にしてない、と言っていたが気にしていないのでなく、諦めているのだ。話を聞けば聞くほどイライラが募って口出さないと気が済まない。堂々と勝負してこねぇやつは論外。モブ共はこちらまで聞こえていることに気付ていないようだが、静かに睨みつけ、手のひらから爆破を起こそうとした、その時。
悲鳴に近い声と氷の破片が飛んできた。
「今の発言取り消せ」
「ご、ごめん」
ついに堪忍袋の緒でも切れたのか。
隣に目線を向けると先程まで細かい氷錬成を行っていたはずの轟がガンギマった顔で氷を砕いていた。目線の先には先程の他校のモブ共。
モブ共は慌ててその場から逃げていったが、轟はずっと睨みつけていた。
今まででもセンチネルなのに能力を使わないのか、何もかも手にして偉そうでムカつくなど心無い言葉を浴びることは山ほどあったそうだが、今更。
「オイ、いつまで何も無いところ睨みつけてやがる」
「あ、わりぃ。ついカッとなった。」
声をかけるとハッとしたのか、こちらを見て眉を下げる。
「爆豪はしょぼくないからな、俺が保証する。」
こいつ、俺がしょぼいと言われたことに対して怒ったのか。
そう脳が処理する前に何言ってんだこいつと思い、フリーズしてしまった。いつも通り、俺がしょぼくねぇとこなんて当たり前だ、と言い返せたはずだが。
脳が処理しきった頃には轟は個性訓練に戻っており、その場から動けてない自分だけが取り残されていた。
-
あれから数週間。補講期間は終わった。前回ガイディングを行ってから時間が経っているが、轟に何度話を持ちかけても「大丈夫だ」の一点張りだ。なにかきっかけがあったとして、思い当たる節なんぞない。
最初から人助けと言って始めたし、ガイド側には利益は無い。ここで関係が終わるなら万々歳ではないか。
説明もされずに勝手に終わらせられたのはクソムカつくが厄介事に巻き込まれねぇし。
病院にちゃんと行ったのか、相性のいい専門家でもいたのか、はたまた相性のいいガイドとボンドを結べたのか。
この俺が、ガイディングしてやっていたのに、今更相性がいいやつ見つけたから説明もなしに移動したのか。自分だけが半分野郎を救ってやれると思っていた。
その思考が浮上して、息が止まる。
精々した、だろ。勝手に巻き込まれてここまで付き合ってやったんだ、あとは勝手にしろとそう思えばいい。
全てがムシャクシャする。
人を巻き込んでおきながら掻き回しやがって。
ぜってぇ、明日殴り込んでやらないと気が済まない。常に脳裏に浮かんでくるゆるゆるな顔をかき消しながらベッドの上でまぶたを閉じた。
-
-
「ツラ貸せ」
授業が終わり、寮に戻る。教室から出る前に一言轟にそう言うと黙って頷かれたため何も言わずに歩き出す。自分の部屋の扉を開け、顎で入れと指した。大人しく着いてきた轟は随分気味が悪いがイライラするこの感情に一刻も早く終止符をうちたい。
「んで。何が言いたいか分かってるよなぁ」
「悪かった。何も言わずに断ってばかりで」
「分かってんじゃねぇかよ理由を話せ」
視線を下げていた轟がちらっとこちらを見てまた床を見る。なんて言葉を出そうか迷っているのか少し開けては閉じていた。
その様子に舌打ちをする。
「……爆豪が俺のせいで悪く言われるし、ガイディングするとお前意識を保てないだろ。」
迷惑をかけるから、と思って、悪かった。
そう言い切った轟は少し頭を下げていた。
それを聞いてホッとする。心が落ち着いた自分にびっくりしたが、そんな事かよ。と思った。
こいつはいつも自分のことではなく、他人のことばかり。お人好しほど気持ち悪いもんはねぇ。
「モブ共は勝手に言わせとけばいい、俺が文句を言わせないくらい強くなればいい。意識は経験が足りねぇから仕方ねぇだろうがよ」
人のことばかり考えるなクソが。大人しく能力制御されとけ。
そう言い切ると轟が顔を上げる。
「爆豪は優しいな」
「ハア?」
何を言うかと思えば、何が優しいだ。意識せず裏返った声が出る。
轟は困ったような、笑みを浮かべてまた悪ぃな。と言った。何度も謝るんじゃねぇよ。
「もう限界なんだ、ガイディングしてくれるか?」
「ったく、仕方ねぇな。後で先生にチクってやるからな」
瞼を閉じて、それは困るなとまた笑みを浮かべる轟に、自分の口角が上がった。
俺は、こいつを自分のモンにしてぇ。
いつの間にかイライラする感情は抜け落ち、ストンと落ちてきた感情に納得する。
いつも通り轟の両耳を塞ぎながら、シールドを張った。