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    小さい☂と⚡お兄ちゃん
    一年経ったので移動

    ままごとまだ陽が山際に差し始めたばかりの頃、のそりと布団から這い出でる影。半分程抜け出たかと思うとそのまま固まり、空が白み始める頃にやっと、完全に布団の外に出る事に成功した。
    それでもまだ眠気が覚めないとばかりに大きな欠伸を一つ。けれども手は慣れた動きで鍋を開け、取っておいた出汁を移す。今日の汁物は何にしようか、漬物も漬かりすぎる前に出してしまわなければいけないし、出汁の方も使い切ってしまいたい。
    米を炊く支度をしながらも暫くぼんやりと格子越しに外を見ていたハンターは、寝ぼけ眼とは裏腹にしっかりとした足取りで土間を横切ると、漬物の瓶と玉子を三つ持って戻った。
    どんぶりに落とした玉子を割り溶き、そこに余った出汁を贅沢に入れる。妙な具合に余らせても持て余すからこれでいいのだ、と誰に言うともなく頷いて。
    だいぶ水っぽさを増した卵液に塩をひとつまみ。出汁が入っているから味付けはこの位でいい。
    熱して油をひいた浅い鍋に卵液を薄く落とし、直ぐに泡立つそれを器用に丸めていく事を繰り返す。数分もすれば、ふっくらと焼きあがっただし巻き玉子がそこにある。
    出汁を温めた鍋には、先日もらったタケノコと菜の花を入れる事にした。タケノコはアク抜きで十分煮られているから、菜の花に火が通ったら味噌を溶けばいい。
    その頃になると、他の家からも煮炊きの音がし始め、早朝の散歩なのか外を歩く音も聞こえてくる。
    オトモの二匹も目を覚まし、眠気を払うように伸びをしてそれぞれひと鳴き、朝の挨拶をしてくれた。
    おはよう、と返事をして、程よく火の通った鍋に味噌を溶くと、囲炉裏の方へと移してしまう。ほとんど熾火のようになっているから保温に丁度いい。
    後は漬物を切り、炊けた白米をよそえば朝餉は完成だ。
    頃合いを見て蓋を開ければ、湯気の向こうにはぴかぴかの白米。どんぶりのような茶碗におこげごと盛り、上に一匙醤を垂らす。
    オトモ達も、後でオトモ広場に行けばより適した美味しい食事が出るのだけれど、こうして、食べられるものだけでも共に食事ができるというのは、何となく嬉しいものだった。またそう思えるようになったのも教官のおかげだ。
    懐かしむように小さく笑みをこぼして白米を頬ばれば、醤の塩気の奥からじわりと優しい甘みが感じられた。

    目の前に置かれた食事を手に取り、無理やりに頬張る。味が分からないそれは、何やらぐにぐにと妙な感触を残すばかりで気持ちが悪い。それでも腹に納め、栄養にしなければならない。
    また訓練中に、それも体力を付けるための基礎的な訓練の途中で倒れる訳には行かないのだ。
    訓練の指導役を買って出てくれた兄貴分にも心配をかけてしまった。
    それに、この食事だって里の者が用意してくれたものだ。残すなんて、そんな事は出来ない。
    香ばしく焼けた魚。青菜のおひたし。蕪の汁物には葉も入っていて、シャキシャキとした歯ごたえもある。パリパリとした歯ごたえの漬物も、きっと程よく漬かっているのだろう。そして茶碗にこれでもかと盛られた白米。全く減った気がしないそれを掻き込み、無理矢理に飲み下す。腹は重くなるけれど、満腹かと聞かれれば知っているそれとは違うような気もする。
    まだ幼い子供は、自分の変化に戸惑っていた。一人で食事を摂ることなど、日常的な事だったのに。
    母親は顔も覚えておらず、父親は狩りに出て戻らない日も多かった。だから、一人の食事には慣れている。本当の一人になったのだって時期が少し早まっただけだし、里の人達だってよくしてくれる。だから、もう家に帰るのが自分一人になった所で、大きく変わる事などないはずなのに。
    そこまで考えて、まだ細い喉がグッと詰まる。
    食事が飲み込めない。けれど、飲み込まないといけない。よく食べてよく眠る事が基本だと。基本が出来なくてはいいハンターにはなれないと、そう言われたのだから。
    小さな背をさらに丸め、口を押さえる。ここは家ではない。ちょうど食事を多く作ってしまったからと、そんな優しい嘘で招かれた他所の家だ。その家人は、仕事があるようで、食事を終えると早々に行ってしまった。
    あまり親しくない相手と食事を取るのも気詰まりではあるけれど、人の家で一人食事を摂ると言うのも、自分だけ残されたのだと突きつけられるようでじわりと苦しくなる。
    なんとか口の中の物を飲み込むが、ぼんやりと、箸を握ったまま俯いてしまう。
    もっと強くなりたいのに。食事もまともに摂れない。それが悲しくて、悔しくて、どんどん胸が苦しくなる。
    まだ皿には料理が残っているけれど、もう何も食べたくない。でも食べないと強くなれない。
    ぐるぐると渦を巻く葛藤。それを裂くように、ガラリと戸が開けられた。
    この家の家人だろうか。息を潜める様に固まる子供の背後からかけられたのは、兄貴分の声だった。
    「ここに居たんだね!家に居なかったから、探してたんだ」
    言いながら軽い足取りで近づき、勝手知ったるというように子供の隣へ腰を下ろす。その手には、竹皮の包みがあった。
    子供の視線に気づいたように、兄貴分も自分の手元を見る。
    「どうせなら一緒に食べようと思って。でも急いで拵えたからちょっと不格好になっちゃったかな」
    言いながら照れた様子で開けられた包みには、言葉通り確かに少し不格好に輪郭の歪んだ丸い握り飯が数個包まれていた。
    「……いつのも、あに様のご飯みたいです」
    えっ、と衝撃を受けたような声が上から降ってくるけれど、子供が一人で過ごす事になる夜など、まださほど忙しくなかったこの兄貴分は家に来て、簡単な料理を作ってくれていた。玉子を鍋に落としただけの目玉焼き、汁物は具が大きくゴロッとしていて、偶に短冊切りの大根などが入っているかと思うと、立体的な扇のようにぴろっと連なっていたこともあった。
    そして今日のようにあまり時間もない時に、それでも急いで作ってくれた握り飯。
    少し歪で、偶に塩が固まっていた事もあったけれど、それでも不思議と美味しかった。
    それまでの強ばった表情が緩み、細い喉がこくりと動いたのを見た兄貴分は、殆ど手の付けられていない食事をちらと見て、手に持った包みを示すように前に出す。
    「よかったら食べるかい?」
    その言葉に、先程まで箸を付けていた食事を見て俯いてしまう幼子。善意から用意された食事を残してしまう事が申し訳ないのだろう。
    これが単純な好き嫌いなら食べる事を促すけれど、そうでは無い。ならば余計に、無理に食べさせる事は、食事そのものへの忌避感を持たせる事にもなりかねなかった。
    手を伸ばす事を自分で諌めるように、もじもじと何度も指を組み替える。
    怒られると思っていたのに、優しく食べるかと聞かれて、幼子も戸惑っていた。けれどそれは不快な戸惑いでは無い。後ろめたさはあるけれど、少し嬉しいものだ。
    何度も躊躇い、髪の合間から伺うように見上げる瞳は、いつもと同じ様に優しく眦を下げて幼子を見おろしている。柔らかい光を湛えた瞳に背を押されるように、それでも恐る恐る手を伸ばす。
    少し歪で、両手で持っても尚大きい握り飯に、そっとかじりつく。
    強い塩気と米の甘みが口に広がる。その事に目を瞬かせ、不思議なものを見るように手に持った握り飯を眺め回す幼子と、それを不思議そうに見る兄貴分。けれどそれもすぐの事。口に溢れる唾液と、食事を急かす腹の虫に急き立てられ、また一口、今度は頬張るようにかぶりつく。
    健啖家の多いこの村でも中々見ない速度で握り飯を平らげた幼子。喉をつまらせはしないかと、心配しながら見守っていた兄貴分から竹筒に入った水も差し出され、それもまた勢いよく一息に半分程流し込む。
    持ってくる前から冷やされていたのだろう水は、余分な塩気も甘みも流し、冷たさも手伝って酷くさっぱりとした心地になった。
    人心地ついた様子の幼子、その頬に血色が戻ったのを見て、兄貴分である彼もまた眦を緩ませた。
    倒れた時は血の気が引いていたせいか、元々白い肌が青ざめて見えた程で、幼子の母親の今際を思い出し、酷く不安にもなった。花が萎れるように弱って死んでいく様など、何度も見たいものでは無い。母子が続けてともなるなら尚更に。
    「……まずは食べられるものを食べようか。栄養とかは、一先ず後回しだ」
    なぜかは分からないけれど、自分の作った握り飯なら食の進むらしい幼子にそう言って頭を撫でる。パッと顔を輝かせた表情は可愛いけれど、余程腹を空かせていたのか、このままでは握り飯は残らなそうだ。行儀が悪いと心得つつ、彼自身育ち盛り。ついつい空腹に負けて、盛られた青菜に手を伸ばす。
    軽い塩気と菜の香り。適度な湯通しがシャキシャキとした歯ごたえを引き立てていて美味い。
    もう一口、葉部分の柔らかさと甘みを堪能していた彼は、幼子がぽかんと自分を見上げているのに気づいた。その顔には、そんなに美味しい?とでも書いてあるかのようだ。
    元々幼子に用意された昼餉。幼子の小さな口に合わせて少量を摘み口元に持っていくと、迷う素振りを見せつつも、遠慮がちに齧り付いた。
    味が分からなかったらどうしよう。でもあに様に心配かけたくない。その一心で、それでも恐る恐る齧り付いた幼子は、先程までなんとか歯応えを頼りにやり過ごしていた青菜の味に目を瞬かせる。
    醤のような塩気を、青菜の甘みと水分がちょうど良い塩梅に整えていて、シャクシャクとした歯応え共々美味しい。
    まるで新しい発見をしたように頬を赤くして食事をとる幼い子供の反応が楽しくて、ついつい合間にあれもこれもと食べさせれば、いつの間にか皿も包みも空になっていた。
    「あに様の手、すごいね。ごはんがおいしくなるの」
    言われて自分の手を見下ろす。度重なる訓練で固くなった掌は武器や猟具の扱いには長けて、奪い守る事に優れてはいても、育み守る事には不慣れだ。そんな手でも、今度は届かせる事が出来るかもしれない。
    子供特有の細く柔らかな髪をかき混ぜるように撫でると、幼子はますます目を細めて嬉しそうに笑った。
    それから、訓練の休憩は勿論、合間を見ては朝に夕にと食事を共にするようにした。時折双子や里長、ゴコクなども思い思いに顔を出し、静かだった家がすっかり賑やかになる頃には、食事の支度をするのも成長した子供に代わられてしまったけれど、それも愛嬌だろう。

    屋根の上でそんな懐かし事を思い出してしまったのは、この所夜行の調査が忙しくて食事を共に出来ていないからかもしれない。もう子供では無いのだから、一人でもきちんと食べてきちんと眠り、毎日里の頼まれごとやギルドからの依頼をこなしているのはよく知っている。
    それでも、と思ってしまうのは、何のことは無い。十年近く食べていた、言うなれば家の味に近いものが恋しいだけだ。
    オテマエの作る団子は美味いし栄養満点。里の外に出た時だって、肉でも魚でも焼いて食べれば腹は膨れる。けれどそれでも何となくため息というのは漏れてしまう。
    いけないいけない、と強く頭を振って気を引きしめる。教え子が命をかけて狩りに出ているのに、自分がそんな風に気を抜いてどうする。
    気を引きしめる様に、普段より更にビシッと、それこそ手本の如くにピンと立つ。内心では出汁巻き玉子が食べたいと思っていても、そんなものは微塵も感じさせない美事な立ち姿だ。
    その耳が、駆けて来る複数の足音を捉えた。鎧の擦れる音が混ざっているから、愛弟子がまた狩りに出るのだろう。
    「頑張ってね」
    聞こえるはずは無いと分かっていても、呟きは口をついてしまう。普段ならそのまま船に乗り込んでいく筈が、何やら立ち止まる。集会所に行くのかと思えば、何やらこちらに向かって手を振っている様だった。
    珍しいと思いながらも片手を振り返す。それでも駆け出す様子は無く、今度は何かの包みを掲げてぴょんぴょんと跳ねていたかと思うと、あに様ー!と大きな声で呼ばわる。
    何かあったのかと屋根から降りれば、掲げられていた包みを渡された。
    「これは?」
    「お弁当です。あに様、もうずっと忙しそうだったから。おにぎりは少し小さいかもしれませんけど」
    お団子も、お肉も野菜もお米も、ちゃんとバランスよく食べないといけませんからね。
    ふふんと、どこか得意げに胸を張る愛弟子。
    弱っていた時期を知っているからこそ、なんだか成長を実感して嬉しくなる。
    「ありがとう。君も、クエスト頑張ってね」
    「はい、行ってきます!」
    元気に駆け出す背中を見送る。船の上でオトモ達とじゃれ合う笑顔を見て安堵し、言葉が届いた感覚のこそばゆさに自らも口元まで覆う帷子の下で口の端を緩ませた。
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