―――、ギャァッ。
不満げに零された鳴き声は自分のものだ。「ちょっと待って」と何度目かの制止を求められ、またギャァッと小さな抗議を零す。
赤い羽と深緑の羽を持つ美しい梟。オーロンと名付けられた自分は主人の手紙を誰かへ届ける役割を担っている。
誰の目にも留まらぬようにと自身に魔法を掛け、木の上へと移動した主人はこの大陸ではとうの昔に忘れられた古代の文字を難無く書き綴る。
自分の魔力では到底測り切れない主人の茫漠な魔力量に時折目眩がする。どうして自分を使い魔にしたのかと飽きもせず訊ねる自分に主人は笑って言うのだ。
『俺、飛べないから』
…………。
主人の思考は自分にはよく分からない。
だけれどかなりの気分屋な主人が面白半分に自分を棄てる事など無いのだというのは分かっているし、ちゃんと知っている。
「―――、…ロン。…オーロン」
ギャィィッ
「拗ねないでよ、もう出来たから。これは麒麟さんに。これは千輪、そんでこれは例のクソジジイに。手紙渡したら何も受け取らずに帰ってきて」
古代の文字が書き綴られた手紙をヒラヒラと手の上で舞わせる主人は面倒そうな顔をする。
数千という自分より遥かな長生きをする主人には面倒事が付き纏う。自分やその他の使い魔がその面倒、大陸ごと吹き飛ばしてやろうかなんて提案を随分昔にしたが彼は笑って却下したのだ。
主人曰く“ソレ”は『人間らしくないから』、と。
ギャァゥ…
「うん、行ってらっしゃい」
飛び去る自分に手を振って見送って下さる主人。
その肩から扇子を銜えた蛇が一匹這い上がってきていた。自分が見たのはそこまでだ。魔法を展開させ別地方に居るらしい〈麒麟さん〉の元へ向かう事にした。
【オマケ】
オーロンが飛び去ってから我は主人の肩へ這い上がる。我らの中では新参者のオーロンだが、主人は手紙を届けてくれるのに丁度良いからとかなりの頻度で彼を使っている。
にも関わらずあのバカ梟はこんな自分が主人の使い魔で良いのかと毎度毎度飽きずに不安になっているらしい。
シュゥゥ…
「そうだねえ。“じきに雨が降ってこの木に雷が落ちる”だろうからそろそろ行こっか」
我は扇子を銜え直して主人の首へ巻き付く。
主人が新たな仕事を見つけた先で、その理由ともなった“友人”が笑って片付けるには難解な事に巻き込まれそうと主人が知った時、正直世界が終わるかと思ったのはここだけの話だ。
まあその事件のお陰で我はとても旨そうな霊力を蓄えた扇子を手に入れる事が出来たのだから終わり良ければ全て良し、とでも言っておこうか。