茶髪と黒髪駅前の商業施設は、五階が映画館、四階がレストランとフードコート、三階にスポーツ用品の店があり、二階に駅への連絡通路があった。フードコートの脇にはガチャガチャのゾーンがあり、子供だけでなく大人たちも各々好きなキャラクターを引き当てるべくガチャガチャとレバーを回し、一喜一憂していた。
部活が休養日だったその日は、あいにく朝から大雨が降っていた。自主練もできず、暇を持て余した桐島は、映画が見たいと要を呼び出した。映画なんて見てどうするんですか、と文句を言いながら現れた要は、文句を言っていたわりには食い入るようにスクリーンを見つめ、場内の灯りがつく頃には満足げに笑みを浮かべていた。曰く「まあまあですね」とのこと。つまらない時は微に入り細に入り気に食わないところをあげつらうので、面白かったんだろう。
勝ったな。
満足げな要を前に、桐島は、雨で落ち込んでいた機嫌が急上昇した。
フードコートで昼飯を食べ、部屋に帰った後は過去試合の分析でもするか、と歩き出した時である。フードコート隣のガチャガチャゾーンの前で要は立ち止まった。行き過ぎた桐島が振り返ると、そこには笑うでもなく泣くでもなく、無表情というには陰がある難しい表情をした要がいた。切なさのような、懐かしさのような、どちらでもないような曖昧な雰囲気だ。懐かしいが、出会いたくないものなのかもしれない。分からない。桐島の妄想かもしれない。
そこにあったガチャガチャは何かのアニメのキャラクターが出てくるらしい。キャラは、女の子、アイドル要素もファンタジー要素も何も無さそうな半袖シャツの制服を着た普通の女子高生だ。特別美人でもない。どういうキャラなのか全く分からなかったが、要はずっとその機械に注目していた。要はあまりアニメや漫画の話をする方ではない。いや、ほとんど聞いたことはないか?
「要くん、アニメなんか見るん?」
興味というよりは、ただの疑問だった。大した意図はない。アニメを見るなら見るで、どういうものを見るのか知りたかっただけだ。
「見ません」
ピシャリ。心の扉が勢いよく閉じた音がした。
桐島が質問をきっかけに弄り始めるとでも思ったのかもしれない。まあ、この件が触れてはいけない件だということは十分に伝わったので、もういいだろう。かといって、要はすぐにその場を離れるわけでもない。
じゃあ、まあ、せっかくだし。たまには。
「俺が買うたるから、お揃いにしよか」
桐島はそういって、尻ポケから財布を取り出した。
「なにがでるかなっと」
ほら、茶髪の子が出たで。
最初に出たカプセルをパカリと開けると、中から茶髪の女子高生が転がり出た。本当になんの変哲もない女の子だ。近くで見ても可愛くはない。でも、ずっと見てると、親しみが湧く笑顔をしている。微笑んでいる様が、なんか、楽しそうだ。愛嬌あるな。
アクリル版を持つのとは反対の手で要の手を取り、閉じた指を開く。その時、先ほど閉まった心の扉が開くというか、溶けていくのを感じた。なんや、やっぱりこれが欲しかったんかい。
「ちゃんと持っときや」
アクスタの乗った要の手をポンポンと叩き、もう一度ガチャガチャに向かう。
「俺は黒髪の子の方がええなあ」
適当なことを言いながら、硬貨を投入し、レバーを回す。どうかな、どうかな、と歌うように呟きながらカプセルを開ければ、果たして中から出てきたのは、黒髪だった。
「やった!黒髪きた!」
喜ぶ桐島の様子に、ふふ、と小さく笑った要には、先ほどまでの陰は薄まったように感じた。
「要くん、それ、ずっと持ってやんと、ちゃんと鞄につけや。せっかくやし」
桐島の指示に素直に従い、要は鞄を抱えた。マメだらけの硬い指で器用にチェーンをつけながら、要はボソボソ呟いた。
「この子たちも、お揃いを鞄につけてるんですよね」
「なんや、やっぱ見てるんやん」
「だから、見てません」
「ええ?意味わからんやん」
「いいんですよ、もう」
要は鞄につけたアクキーを掴んで、少し困ったように微笑んだ。
「それより桐島さん、黒髪の方が好みなんですか?俺、実は守備範囲外ですね?」
それまでのことがなかったかのように、要は急に早口で話し始めた。ほんまになんやねん。
でも、よく分からんけど、心の扉も、わだかまりも、溶けたようでよかったわ。要くんな、ちょっと不思議な拘りがあるところが、おもろいんやけどな。せやけど、楽しく過ごした方がええからな。
「別に、黒髪が清楚っぽいから好き、とか無いって!」
「茶髪はチャラいってことですか!」
「そういうことちゃう!てか、黒髪の子のアクキーが良ければ交換すんで」
「やめてください。茶髪はもう俺のです」
「やかましい!もう帰るで!」
どうでもいいことで笑い合いながら、お揃いのアクキーを揺らし、ふたりは桐島の部屋に向かった。午後は、ふたりで野球の話をするのだ。
〆