ほろよい、玩具、目を逸らす甘くもなく辛くもなくほどよい刺激の液体がスパイシーな香りを振り撒きながら喉を駆け抜けていく。三杯目としてはちょうどいい軽さだ。ほろ酔いの気まぐれでカウンターの上にある塔のオブジェを指先で弄った。このバーに要くんと来るのは五回目になるが、窓際ではなくバーテンダーのいる内側の席に座るのは初めてだ。間接照明しかない暗い店内で、隣の要くんだけがようやく分かる。黄色っぽいダウンライトに照らされ、いつもは白い要くんの頬も優しいクリーム色に染まっていた。なんか、美味しそうやな。パンケーキのみたいに柔らかく甘い気がする。本当は、硬く塩辛いことをよく知っているのに。
カウンターのヘリには小さな塔のオブジェが並んでいる。東京タワー、エッフェル塔、スカイツリー、自由の女神、太陽の塔……。シャーペンより少し小ぶりで、丸みを帯びた形にデフォルメされ、お洒落というより可愛らしさを演出している。大人びた店内に優しいアクセントを添えていた。「かわええやん?」と要くんに言うともなく呟き、スカイツリーの先端をつついていた。
「壊さないでくださいよ」
「俺が既に壊したみたいに言わんどいて」
「可能性が高すぎます」
「そんなわけ……って何これ?」
手元のスカイツリーがふるふると震え、左右に揺れだした。このまま歩き出しそうな愉快な揺れっぷりだ。踊るひまわりよりも性質が悪い。びっくりするやろびびるやろ。
「それ、動く玩具なんですよ」
何これ?の呟きが聞こえたらしいバーテンダーが、カウンターの向こう、暗闇の奥から種明かしをしてくれた。
手元の塔は、ぶぶぶと小さな音をさせながら、揺れ続けている。どうやら知らずのうちにスイッチを押したらしい。
「とうとう桐島さんが壊したのかと焦りました」
「ちゃうやん、仕様やん、押したら動くだけやん」
まあねえ、と要くんはこぼし、グラスを手に取った。
「塔の玩具ってネットに売ってんのかな」
呟きながら検索を始めると、ゆっくりと要くんがすり寄ってくる気配がする。するすると猫みたいに音もなくしなやかな気配が肩に寄り添う。店内は十分温かいのに、触れ合う箇所だけ別の温度を感じた。
「ちょっとっ!」
声量を小さく抑えたが、そのせいで鋭いかすかな叫び。
俺のスマホを覗いた要くんは一瞬固まり、すぐに屈んで声なく笑い出した。服越しでも腹筋が痙攣しているのが分かる。ウケた。やった。要くんに勝ったな。
「塔の玩具やん?」
「塔は塔ですけど、子供じゃなくて、大人の玩具じゃないですか」
うん。
頷くと、要くんが崩れるように笑った。大声を出せないからか、くしゃくしゃにした顔のまま笑い続ける。声を抑えるせいで肩が震え、目尻に涙が溜まり、やがてこぼれた涙は泣き黒子を通過して柔らかな唇を濡らした。下からのライトに照らされ、濡れた唇がふるふると揺れる様が綺麗に映えた。
「玩具、このピンクのやつ買うてええ?」
「駄目に決まってます」
笑いながらも、要くんは即答した。
「ほな、俺のがいいってこと?」
要くんは目を逸らし、声をころして笑い続ける。丸めた肩が無音の笑いのせいで震え続けていた。ぶるぶるふるふると。
カウンターの下で俺の左手を掴む指が熱く、少し震えていた。
やばい。嬉しくて俺のんがふるふるしてまうわ。
〆