ミントライムシュガーラム「ミントとライムつきで、砂糖を入れたラムを」
店員に注文を伝えたミスルンに、カブルーは興味深そうに話しかけた。
「西方のものですか?美味しそうですね」
「もっと南の方だ。暑い地域の。迷宮探索は大陸横断が多いから、現地のものを飲み食いすることになる」
「そうなんですか。俺もウタヤの件があってからは西方で育ちましたけど、酒を飲む年まではいませんでしたからそっちの方は疎いんですよね。ミルシリルは酒を口にしませんでしたし。西方ではどんなものを?」
「他の地域とそう変わらない。貴族の間ではウィスキーが好まれたが、ワインやエールも飲む」
「へえ。確かにそう変わりませんね。北の方では、度数の強い蒸留酒をきつけがわりにのむこともあるそうですけど」
「どのみち酔っ払いなどどこの地域でも変わらないだろう」
「それはその通りです」
カブルーは酔っ払いの喧騒が好きで、全く知らない人物の集まりでもよく輪の中に入る。
彼らは陽気で気がいい。話していると楽しくなる。酔っ払いの話す支離滅裂な言葉もそれ自体が特殊な言語のようでおもしろい。
時には泣き出すものも、スローガンを掲げ怒りだすものもいる。
酒というものは人の中にある鍵を外したり頭の中身をぐちゃぐちゃに混ぜたりする効果がある。
「……船旅が多くなると、ラム酒を口にする機会が多くなる」
「ああ、水は腐りますからね。確かに俺も大陸を渡る際はラム酒ばかり飲んでいました。海が荒れた際は酒酔いと船酔いでひどい有り様でしたけどね」
歓談していると、店員が酒を持ってやってきた。カブルーはエールを。ミスルンには砂糖、ミント、ライムいりのラムだ。スプーンがついている。
「これで、ミントを潰して、香りを出す。砂糖もうまくとける。ライムを絞ればミクスアルコールになる」
「ああ、本当だ。ミントとライムの香りがします。爽やかな酒ですね」
「うん。ワインに果汁を入れて飲むのも、昔はよくした。こういうものを好んでいたのだと思う」
「あなたの欲は、少しずつ増えてきているように思います。自分でできることも増えたのでしょう?」
「フレキがいるから、世話はされている。排泄の世話はしたくないから自分でできるようになってくれと言うので、一定間隔で行くようにした。うまくいかない時もあるが」
「充分ですよ。行動には思考が必ず付随するんです。そういうものだと思います。俺みたいな若い人間が言っても説得力はないかもしれませんが、少なくともあなたは行動と理念が同時に動いていたし、今もそれは変わらないように見えます」
「うん」
ここの酒場は安くてうまい。カブルーは視察としてメリニ中を自身の目で見て回る。
遠方で士官希望者を募ったり、充分な統治がされているか、道の舗装はどこを優先するか、税は重すぎないか、様々な事柄を知りに行く。
移民が増えたメリニの治安を守る意味なのだが、たまにこうして『アタリ』の店を見つけることもある。
ミスルンが先ほど南方の方の酒を頼んでスムーズに注文が通ったのは南方系の移民が多い地域にあるからだった。
豆を食の中心とする地方で、スパイスの効いた味付けが酒にもよくあった。
豆以外にも、豚、牛、鶏、まんべんなく食べる。大きな鶏肉に衣をつけて豪快に油で揚げた彼ら流のフライド・チキンはスパイシーで非常においしい。ちょうど給仕が持ってきたところで、見た目にもサクッと揚げられた衣が食欲をそそった。
ミスルンがすぐ手に取ろうとするのを静止した。大きくて熱いチキンをそのまま食べさせると口の中を火傷してしまう。大きな口でかぶりつくのが醍醐味だが、ミスルンにはそうさせられない。カブルーはフォークとナイフでチキンを丁寧に分解し、よく冷ましてミスルンの眼前に置いた。
「どうぞ」
「うん…………香辛料がきいている」
「酒とよく合いますよね」
軽いつまみにオリーブや豆の煮込みを食べながら、お互いのことをはなしていく。
ミスルンは聞かれれば答えるし、カブルーは元々聞き上手でも話し上手でもある。
ミスルンのことを知りたいという思いと、自分の最近を知ってほしいという気持ちが、うまくバランスを保ちながら会話も酒も進んでいった。
「ミスルンさーん?」
「………………」
「そっちのお嬢さん潰れちまったか。ありゃ飲みやすいんだが、度数が高いからなあ」
「はい、まあ」
エルフは性別がわかりにくいので、度々ミスルンはこうやって女に間違われる。訂正するのも面倒でそのままにしてしまうことが多い。
「おぶって帰ります。料理もお酒もおいしかったです。ごちそうさまでした」
「あいよ、お気をつけて。またのお越しをー」
酒場の店主の声をうしろに聞きながら店を出た。片手にランプを持ちながらになるので、バランス感覚が難しい。時々うまく動かしてカブルーは帰路を歩いていく。すぅすぅ、とほのかな寝息を立てて眠っているミスルンの体温が背中いっぱいに広がっている。
ミスルンは強いし鍛えていて筋肉もそれなりにあるのだが、体格はやはりエルフなので重さもそう感じない。
エルフという種族は神話によると美しくあれと創造された生き物らしい。神話を根拠として出すのもどうかとは思うが、実際エルフに肥満のものはいないし飛び抜けて長身のものもいない。筋肉隆々のものもいない。そういう骨と肉の仕組の中でしか生きられないのだ。
ランプのオレンジ色の光が足元を照らして家路を示している。空には星が光る。
なんだが完璧すぎる日だとカブルーは思った。
詩人のえがく一頁のような、吟遊詩人がうたう一節のような。
しかしそんな平和は屋敷へ帰りミスルンが起きるとすぐ壊された。
「セックスがしたい」
「だめです」
「なぜ」
「判断のつかない酔っ払い相手にするのは乱暴と変わらないからです」
「わかった。なら酔いを覚ます」
「そんなことできるんですか?」
ミスルンは何言か言葉を発した。魔術光が一瞬ひかり、魔術が行使されたのだとわかった。
「覚めたぞ」
「確かに顔の赤みも酒気も消えてますね……こんな魔術もあったのか」
「酔いは覚める。だが次の日に頭が割れるほど痛くなるのであまり使用するものはいない」
「結局無理するんじゃないですか!やっぱりダメですよ!」
「してもしなくても頭痛は起こる。ならばする方がいいだろう」
「そう……なのか?いや……こんな無茶させすぎを覚えさせたらこれからに悪い影響が……」
「早く脱げ」
ミスルンはもう着衣をはだけていた。
「やっぱりダメです。あなたは許容量がわからなくて無理をするのだから、一度でも許せば何度でもしかねません」
「抱きたくないか」
「したいですよ!当たり前でしょう!期待してきましたよ!今日は一日ずっと浮足立っていましたよ!ああもう!こんなこと言わせないでください今とんでもなく恥ずかしいです!」
「なら合意はとれたな」
ミスルンは昼間のうちに使用人が手入れをした清潔で柔らかいベッドに寝そべり、カブルーへ微笑みかけると、潤滑剤を自身でつくって、弄んで、手の中で性的な意味合いをまとった音を作り出す。
カブルーは少し年を経たといえ、まだ二十代の健全なトールマンだ。
誘われて引き下がれるほど欲の枯れた人間でも、できた人間でもなかった。
「明日きっと後悔しますよ」
「後悔なら一生分した」
「それでも生きてる限りまた生まれるのが欲と後悔というものです」
ミスルンは酒精は残っていないものの、その高揚だけは持っているかのようにいつもはしない意地悪い顔をする。
カブルーは悪魔のいなくなった世界に感謝をし、欲のまま、かじりついた。