自律感覚絶頂反応 最近、耳かきにハマっている。
とはいえ自分のものではなく、恋人の耳を掃除することが好きなのだ。
エルフは長く尖った耳をしていることが美しさの基準とされている。それゆえ、エルフたちは耳の手入れを欠かさない。長命種は短命種より新陳代謝のスピードが格段に遅く、自浄作用も強い。
それでも耳は毎日丁寧に洗い磨きあげるのがエルフという存在だ。
カブルーの恋人であるところのミスルンは、悪魔に長い耳と欲を食われてから耳の手入れなど自分では全くしない。そもそも耳掃除などしなくてもミスルンの耳は大概がキレイなのだ。
カブルーはトールマンなので、それなりに耳の中を手入れしないと汚れがたまる。鼻の穴も同様に。
それでもダンジョンに潜っていた頃よりは格段に汚れは少なくなった。城は清潔だし、入浴の習慣が以前より増えたお陰だろう。
耳の手入れをしていると、ミスルンが興味深げに眺めてきた。物珍しさだったのかもしれないし、エルフとしての習性が呼び起こされたからかもしれない。
「ミスルンさんも手入れしますか?」
「必要ない。この耳を磨く必要もないだろう」
食われた耳はちょうどエルフがうつくしく見せようとする部分を境にしていて、本当に悪趣味で悪食な悪魔だったと思う。
「まあそう言わずに。ちょっと見せてください。あ、光りますから目をつぶっていてくださいね」
カブルーはソファの横にミスルンを座らせると、照明魔法を細く絞り、耳の中を照らした。
おおきな塊はないが、細かな汚れがついている。ある程度自分のことは自分でできるようになったからこそ、ここまで手が回らないのだろう。
「少し汚れていますね。掃除しましょう」
「必要ない」
「耳が汚れていれば音が聞こえづらくなります。戦闘では命取りです」
「そうか。では頼む」
ミスルンは承諾すると耳が横を向くようにして、カブルーに身をあずけた。
「ミスルンさんはかさかさタイプですねー。俺はねっとりタイプなので掃除が大変なんですよね」
「そうなのか」
かりかり、と耳かきで細かな汚れを落としていく。内側を傷つけないよう、そっとふれるか触れない程度の優しい力で。
「んっ……」
「すみません、痛かったですか?」
「平気だ。痛くは、ない。不快感もない」
「そうですか、もし痛みや異物感があったらすぐに言ってくださいね」
「うん」
その後、もう片側の耳の穴も掃除した。
ミスルンが時折びく、と揺れるので手もとが狂わないか心配になったが。
だいぶ内側の汚れはとれただろう。
あとは外側もマッサージしておくことにした。
以前トシローから『ツボ』というワ島などに伝わる医学を教わった。
それによると、人間の体というものには血管のように広がる力の脈が流れており、そこにツボと呼ばれる人体の急所のようなものがあるのだという。
ツボは、人を殺めるのにも、人を癒すのにも使われるということだった。
耳にもたくさんのツボがあると聞いている。
「内側は綺麗になりましたよ。あとは外側もマッサージしましょう」
カブルーはマッサージ用のオイルをチェストから出して手に出すと、高めの体温でじっくりあたためた。
ミスルンは相変わらず、カブルーに身を任せて、なぜだか少し荒い呼吸を繰り返している。
やはり痛かったのだろうかと不安になったが、最近のミスルンは痛いと思えば痛いと言うし、不快だと思えば不快感を示す。
ひさしぶりに手入れをしたから、感情が追いついていないのかもしれない。
それは仕方のないこととも言えたが、カブルーはその時に言葉を交わさずそばにいるか、何か言葉をかけることしかできない。
人は、人生のハードルを自分でこえなければならないときがある。家族や友や恋人や師、様々な人々が力になってくれる時もあるが最後の一飛びは自分でしなくてはいけないのだ。
「ツボというのを刺激するので少し体があたたかくなるかもしれません」
「……うん」
オイルがついた手でミスルンの耳にふれる。
耳朶のうすい感触、軟骨のやわらかな中のかたさ。
カブルーは丁寧に揉んでいく。
「あっ……あ、……っ」
「どうしました? やはり、耳に触れられるのは嫌でしたか?」
「ちがう……嫌ではない……。背筋が、ぞくぞくとして、脳がばちばちとしびれて……」
「痛むのですか?」
「きもちがいい、のだと思う。性行為で絶頂するのに、近いような感覚だ……」
「えっ……と。それは、問題ないのでしょうか」
「うん。続けろ」
「はい……」
オイルで耳を揉むたびに、ミスルンの体は時にはね、ときに丸まるような体勢をとった。
これは何の変哲もないマッサージなのだ。
だがなぜこんなにもいやらしいのだ。淫らすぎるし、ミスルンさんも感じすぎている気がする。
耳の穴周辺をなぞると、「あっ……ッあ、……ッ……」と声が大きくなった。
この中に指をいれたらどうなってしまうのだろう。
カブルーには、好奇心を抑えることができなかった。
オイルを足して、人差し指でゆっくりと耳の穴周りをなぞりながら中に入っていく。
ぐちゅ、と音がした。オイルの生々しい音だった。
「〜〜ッ!あっ……そ、こ、……ッなか、だめだ……」
性的行為だこれは。カブルーは錯乱していた。
自分は耳かきをしてついでに耳のマッサージをしているだけである。やましい気持ちなどない。恋人を思う気持ちしかない。
だが目の前には赤い顔をして涙に目を潤ませ、快感に悶える恋人がいる。
カブルーは非常に冴えた頭脳を持っているというのに、今はただもっとしたらどうなるのだろう……という、実に悪辣な考えしか浮かんでこなかった。
「気持ちいいですか? ミスルンさん」
ことさら優しく声をかけた。甘い、奸計をなすときの声だった。
「うん……。はぁ、っ。きもち、いい」
「中、好きそうですね」
「音が、あたまのなかで響いてっ……んっ……初めて、体験する……っ」
「そうなんですね……ミスルンさんにきもちよくなってもらえて、俺も嬉しいです」
カブルーはあくまでにこやかだった。たとえブツがかたくなっていたとて。これはマッサージ、これはマッサージ、と脳内で繰り返した。
オイルが内側まで入り込むといけないので、片側が終わってすぐに柔らかい布で耳や耳の中を拭き取る。
それにもミスルンはびくびくと反応した。
罪深いことだ。カブルーは自身の新しく開けた興味の扉が、湿っていてあたたかくてやわらかくて、なによりとても深いものだと思った。
「それじゃあ、もう片方もマッサージしましょうか」
赤い顔のミスルンはこくん、と言葉もなく頷くとカブルーに身を任せた。
脳を響かせる快楽。カブルーの脳内からも多量の興奮物質が出ている。
快楽を得る喜び。快楽を与える喜び。
どちらも一度味わえば抜け出せないものだ。
その後カブルーは自身の立場を利用しありとあらゆる国から耳掃除の用具と技法を集めた。
ミスルンが感じた脳みそがゾクゾクとするような感覚は後の世で大流行することになる、ASMRと呼ばれるものであった。