お化粧のススメ(お試し版) 指に挟んだパフで頬に粉を叩いて、伏せられた目尻に紅が乗り、器具に挟まれたまつ毛が上向きに跳ね上がる。口紅を押し当てられた唇が上品な赤色を纏っていく様子を、夫はじっと見つめていた。
彼は、華やかに色付いていく妻の姿を見るのが好きだった。鏡に顔を寄せて、右を向いたり、左を向いたりした後にぱちぱちと瞬きをしている。彼が家を出る前にすることといえば、着流しと寝癖を軽く整えて下駄を履くくらいのもので、持て余す時間で日々の妻の身支度を見ているうちに、この動きが仕上がりの合図だと学んでいた。
「化粧とやらは、そろそろ仕舞いかのう」
「ええ。お待たせしました」
「見惚れていれば、過ぎゆく時間もあっという間じゃ」
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