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    sugiru_futsu

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    sugiru_futsu

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    たかみ兄によるたぐちNTR、というよりBSS

    どこにも行けない 立ち上った紫煙は僅かな間形を持って揺らめき、どこへも行けずに消える。苦いにおいだけがそこに残る。今日兄ちゃんおるから練習見てもらお、と厳しい両親の留守を見計らって招かれた部屋、しかし部屋の主は塾の時間になったからと出ていった。俺も帰る、と慌てて腰を上げた田口に、二人の方が練習捗るやろ、とにっこりと笑顔で言い残して鷹見は扉を閉めた。
     気詰まりな沈黙の中、床に腰を下ろした田口は俯いてベースを弾くことに意識を傾けていたが、暫くしてとうとう手を止めた。何度弾いても指が縺れる。いつのまにか手の平は汗でじっとりと湿っていた。
     勉強机の前の椅子に座り脚を組んだ鷹見の兄は、何も言わずに懐を探り、取り出した煙草に火を点けた。午後の部屋に穴を開けるような小さな赤い火が灯り、燻る。とうとう黙っていられなくなって田口は口を開いた。
    「――さん、喉大丈夫なんですか」
     煙を吐き出した鷹見の兄は肩を竦めた。
    「心配してくれるん? まあ、ハスキーボイスも味ってことで」
     浮かべた笑みは鷹揚で、隙を見せながら人の懐に入り込むような気安さもあった。再び煙草を挟んだ鷹見よりも少し厚い唇を見、やっぱあんま似てないなぁ、と田口はぼんやりと思う。咥え煙草のまま、ところでさ、と彼は言った。
    「この部屋、灰皿がないんよ」
     言わんとしていることが分からず、はあ、と田口は相槌を打つ。しかし、椅子から腰を上げた彼が近づいて覗き込むと、反射的に身を硬くした。口から指先に移して示された紙巻きは三分の一まで燃えさしになっていた。今にも崩れそうに脆い灰が微かに震えている。田口は膝に乗せていたベースを反対側に置いて遠ざけた。
    「床に灰が落ちるかもなあ。そしたら項希まで怒られるかも」
     言って、彼は田口の左手をとった。煙のにおいがした。そっと絡められる指はまるで恋人にするように優しい。漸く気づいた田口は真っ青になって首を横に振った。
    「や、ダメです、手は……!」
    「すぐ冷やせば二、三日で塞がるんやない? 指折るわけじゃないし」
     再び咥えられた煙草を赤い火がちらりと舐める。解決策を探して田口の視線がうろうろと彷徨うのを彼は愉快そうに見下ろしていた。やがて田口は彼の目を見上げ、左の手の平を差し出した。
    「いい子」
     言葉と共に頭を撫でる大きな手はあたたかく、その倒錯に眩暈を覚えながら、田口は自らの身の灼かれる音を聞いた。
    「あ……、っ、あ、ぁ……!」
     一瞬の間、ただ熱さだけがあり、痛みは後からやってきた。しかし痛みよりも耐え難いのは、もしベースが弾けなくなったら、という恐怖だった。彼の諭す通り大した傷ではないのは分かっていても、身は竦み声は震える。その響きが彼に身体を開かれる時の声によく似ていることに気づき、田口の背を空寒い感覚が走り抜けた。同じことを思ったのだろう、遠いところで彼の笑う声がした。
     熱を失った灰を握り締め、呆然と唇を戦慄かせる田口の頬を彼がついと上向ける。薄く涙の滲んだ眼を慈しむように見下ろし、頬にそっとくちづけた。
    「流哉ってさ、可愛いよな」
    「え、……」
    「人間を信用しきってる犬みたいで可愛い。疑うなんて頭にねえの。うち、親がああだから犬飼ったことないけど」
     田口は黙って彼が頭を撫でるのに任せた。実際その手つきはひどく心地が良かった。先程の嗜虐が嘘のように、或いはそれを打ち消すかのように。
     昔、項希は飼いたがってたなあ。
     彼が懐かしむように言った。

     見つかるのは早かった。利き手ではない手の内側である、絆創膏を貼ってやり過ごそうとしていたが、次の日の放課後、教室から人気がなくなったところで、鷹見は田口の手を指差し「田口、それ」と尋ねた。
    「あ〜……ちょっと火傷してん」
    「えっ、大丈夫なん? ちゃんと病院行った?」
    「多分大丈夫やない……? はは、俺、相変わらず運が悪いなあ」
     机を挟み、笑って無事な方の右手を後ろ頭へ遣る田口とは対照的に、鷹見の顔からは表情が失われていく。気づいた田口が左手を引っ込めるより先に、鷹見がそれを掴んでいた。痛、と声を上げる田口を無視して絆創膏が剥がされる。露わになった未だ生々しい傷跡を見て鷹見は顔を顰めた。
    「なぁ、田口……これ、どうやってできたん?」
     田口は口を噤み、窓辺で揺れるカーテンと鷹見、傷跡の間を順に見た。昨日も似たようなことしたな、と思い出す。傾きかけた陽の光が窓枠に反射し、視界の端で赤く燃えていた。
    「根性焼きってこんな風になるんやないの。田口がそんなもんに縁があるとは思えないけど……」
     冷えて頑なになっていく声音を受けて田口は言葉を探し、とうとう口を開いた。
    「つ……付き合ってる人、に、」
    「……え?」
     二人ともまるで何かを見失ったかのようだった。鷹見は田口の顔を見て目を瞬き、田口は目を伏せ視線を逸らしたまま机の隅を見つめた。ほとんど消されて判然としない薄い線だけになった誰かの落書きが残っている。
    「そんなん別れた方がええに決まってるやん」
     やがて鷹見が微かに激情に震える声を絞り出した。うん、と田口は頷いた。
    「おかしいやろ。付き合ってるからって……田口の手にそんなことしていい理由には、」
    「うん……おかしいんよ、俺、」
     尚も言い募ろうとしていた鷹見は、ぽつりと田口の口から漏れた言葉にはっと息を飲む。田口は笑っていた。笑ったまま首を横に振る。
    「どうしたらいいか、分からん」
    「だから、別れろって……」
    「できひん……できひんの」
     潤んだ目はまもなく伏せられて鷹見の視線を逃れる。それでも俯いた田口の口許は尚も微笑みを象っていた。
     田口の左手を握る鷹見の手に力が篭る。そこに繋ぎ止めるための痛みを齎す手の平は熱く、微かに震えていた。
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