六月の水面 自動ドアが開閉し、鷹見は漸く息をした。肺の底まで満ちていた湿気は吐き出してしまうと背後へと去り、代わりに空調が齎す乾いた冷気が襟足の産毛を撫でた。いらっしゃいませ、と平板に響く店員の声を聞きながら、前髪のまとわりつく額をポケットから取り出したハンカチで拭う。肩紐を掴んでギターケースを背負い直し、背中に貼りついたシャツを剥がす。隣を歩く田口もきっちりと締められたネクタイごとカッターシャツの襟元に指先を突っ込んで空気を送り込んでいた。涼し〜、と気の抜けた声を上げ、水面から顔を出して息を継ぐように天井を仰ぐ。頭半分ほど背丈の違う鷹見と田口では吸い込む空気も違うだろうか。ベースケースとの隙間で、項で一つに括られた髪の穂先の下、生白い首筋を一滴の汗が、つう、と伝って襟の内側へと落ちていくのを、鷹見は何とはなしに眺めた。
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