だだっ広い殺風景なウェアハウスは広く、天井は高く、高窓からの陽が舞い散る埃を浮かび上がらせながらタイル張りの床に射し込んでいる。朝だ。
「昼彦、起きなさい」
ウェアハウスの隅に置かれた猫足の寝台はシングルで幽がひとりでも狭かったが、いつも隣には昼彦が眠っていた。それは幽がこの子供をそばに置いてからずっとで、好きなところで寝なさいと別個に寝所を用意しても必ず幽の隣にきて眠るのだ。
小さなうちはそれでもよかったが、子供は年々大きくなり、十八になったいまでは幽ともそうかわらないからだつきをしていた。幽の選ぶベッドはどんなところでもシングルだったから、ふたりで眠るにはかなり窮屈で、抱き合うようにして眠るのが常だった。
大きいベッドにすればいいのにと昼彦はいうが、それは幽にとって道理ではない。それならおまえが別のところで寝ればいいだろうと寝台を並べたこともあったが、それはそれで昼彦にとっての道理ではないらしく、用意した寝台は一度も使われることなく処分されていった。
狭いベッドであちこちを重ねて眠っていると、昼彦の手が幽の身体をまさぐりだす。幽はその手を好きにさせ、昼彦が楽しそうに自分のあちこちに触れたり、舐めたりするのを受け入れていた。実際、幽自身には性欲も快感もほとんどなく、昼彦の快楽を一方的に受け止めるだけだった。昼彦は気持ちいい? と聞いてくるがわからないと答えるとつまらないといってむくれるくせに何度も同じことを聞いてくる。そして何度も「幽、大好き」という。そうかと答えてやるとそうだよといってしがみついてくるのだ。どちらもが頓着しないせいで、寝具を汚したまま眠ることもあった。
今朝、寝具が汚れているのは昼彦の血のせいだった。昼彦のいう「友達」に斬られた腕を繋いだのが昨夜、まだ傷口からは出血もあり、ひとりで寝たほうがいいといったがいつものようにやってきて幽の横で眠ってしまった。
昼彦の寝起きは悪く、面倒だったが起こさないとそれはそれでうるさくなる。幽は身支度をしながら何度も声を掛け、それからようやっと起き上がった昼彦にネクタイを渡した。
「幽、届かないよ」
屈むと首にネクタイをかけられ、それから結ばれるのを待つ。昼彦は慣れた手つきでそれを結び、結び終わったそれを幽がうまく自分の首へと馴染ませるように結び目を指で調整する。そんなにネクタイが好きなら自分もつければいいといったが、それは嫌だという。つくづくおかしな子供だなと思うが、特に困ることもないからずっと結ばせている。
最初は幽が自分で結ぶのを横目で見ているだけだった。やりたいといい出したのは小さな手が鶴をじょうずに折れるようになったころだ。折り紙とは違うといっても聞かず、やりたいやりたいと駄々をこねるので仕方なくやらせてやった。最初のころは巻きつけて結ぶまでがやっとで長さも結び目もばらばらだった。みっともないからと直そうとするとわめき、ほどくと癇癪を起こす子供をなだめるのが面倒だったし、そのうち気が済むだろうとそのままやらせていたのだ。たかがネクタイだし、子供と離れてから直せばいいからだ。
それでも毎日しつこくどうやるのというのを教えてやるとうまくなるもので、いつの間にかそれなりに結べるようになってしまった。
「うまくなったな」
ほめると喜んで、じゃあ俺が毎日結んでやるよというからそのまま習慣になった。毎朝、横で寝ている昼彦を起こし、ネクタイを結ばせるのが幽にとっての習慣だ。
昼彦は黒いタンクトップ一枚で寒がる様子もなく、幽のネクタイを結び始める。斬られた腕の継ぎ目には寝具に擦られたらしい血が傷以外のところにまでついていた。いつものように結び終えると、幽は結び目に指をかけ、軽く調整する。
「俺がいないと幽、もうネクタイできなくなるから困るよな」
その言葉にどう返そうかと考えて「そうだな」といってやる。この子供が喜ぶからだ。それも幽には習慣のひとつだ。