モブ飛_______+++
「おかえり」
前のめりにドアを開けて出迎えてくれた飛鷹は長い髪を下ろし、ミニ丈のルームウエアパンツに、肩紐の細いタンクトップを着ていた。いつもは夏でも肌を出すような格好しないのに珍しいな…
ドアを開けるため少し屈んでいるせいで、僕の視点からだと綺麗な鎖骨や薄い胸元が覗けてしまう。
何となく目のやり場に困り思わず視線を反らした僕をよそに、何ともない風に踵を返して奥のリビングへと戻っていく。
振り返った時の僅かな空気の揺れに乗ってシャンプーの匂いがした。さっきまで風呂に入っていたのかも知れない。
普段は服に遮られ日焼けしていない背中が地面に反射した日光にぼんやり照らされて、白昼夢を見ているような気がした。
誘蛾灯に惹かれるように、仕事の疲労とは違った覚束ない足取りで僕は後に続いた。
ガチャリと玄関の鍵を締める音がやけに大きく響いた。
西日も相まって茹だるような忌々しい外気から、急に二人暮らしの匂いに包まれる。クーラーがきいていて涼しい。
「飯、出来てるぞ。」
僕が帰宅した直後決まってこの言葉をくれるのだ。低音ながら耳触りの柔らかな安心する声。
けれどいつもよりぎこちなく聞こえるのは気の所為だろうか。
ありがとう、たべるよ
特に意識もしてないつもりで僕は食卓に腰を落ち着けて、台所に立つ飛鷹の後ろ姿を秘かに眺める。
引き締まった狭い腰からスラリと伸びる脚は、今は太ももまで素肌を晒し僕の目に飛び込んでくる。膝下に比べてそこは色白く眩しくて、目が離せなかった。
タンクトップは身体にぴったり沿っていて、彼の痩身を一層魅惑的に魅せた。溜息が漏れた。
「ん」
この1音と共に目の前に美味しそうな雷雷丼(風の余り物を有効活用した焼き飯)をゴトリと置かれて、ハッと思考が戻される。
い、いただきマス!
舐めるように姿を見ていた事を悟られていないだろうか、とにかく用意してくれたご飯をありがたく頂こうとなんとか煩悩を振り払い、大きな一口で始めた。
相変わらずおいしい。何度食べても、飛鷹の優しさや懐の大きさを感じるこの味が大好きだ。
いつの間にかやましさもすっかり忘れて無心に食事を堪能していると、くつくつと、堪えた笑いが溢れるような声がする。思ったよりも近くに恋人の存在があって驚く。
飛鷹が頬杖をついて笑っている。
自分の作ったご飯を夢中で食べる僕の姿がその原因らしい。ちょっと眉間にしわが寄っている。思わず笑ったときの彼の癖だ。目は緩やかな弧に細まって、頬がふっくら上がって、笑い声を出さないように口を噤んでいる。僕を見ている征矢の姿。
好きだ
ただ一つの感情が僕の胸を一杯にした。
ぎゅっと気道が狭くなる。
苦しい。
こうなった僕が楽になるには、愛しいひとの細い首筋で呼吸をするしか方法は無い。
蓮華を持つ方とは逆の掌で、産毛の残る少年の二の腕に触れた。
一瞬驚いたような顔をしたけれど、こうなる事を分かっていたような、どこか穏やかな表情で征矢は目を伏せた。こくんと喉仏が動いたのを僕は目逃さなかった。
頬と頬が触れ合ったとき、互いに同じ位熱を湛えていると分かり、多幸感が込み上げた。とっくに鼓動の速さは伝わってしまっているのだろう。
蝉が死んだ様に静まり返っていた事には、空が秘色に白むまでとうとう気付けなかった。