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    ruru_1000

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    ruru_1000

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    ワンライお題「記念日」

    きみに似た花束 緑と白を基調にして、赤を差し色にした花束。
     オールアップだったから、と抱えた玄純が玄関から射し込む西陽を背に簡単に答える。
    「んだよ、こんな早いなら迎えに行ったのに」
    「お前今日作業日だろ」
     外で飯とか食いたかった、と口をとがらせて言うと、そっけなくそう返される。
     撮影おつかれ、調子は?、んーぼちぼち。軽く言葉を交わしながら、手を洗いに洗面所に向かう玄純に付いて行く。
    「ところでそれ、」
     袖をまくるため、自然と受け渡された花束を玄純がわずかに上げたあごで示す。
    「どうする?」
    「やべ、生けるもんないよ」

     抱えた写真はSNS用に現場で撮られたと言うので、手に持たせた花束単体の写真を念の為数枚撮らせて、それから再び洗面所に持ち込む。洗面ボウルに水を張る間に、巻かれた赤のリボンを外し、ラッピングのセロファンと薄紙もほどいてしまう。茎の部分を溜めた水に浸す。
     今回の映画はたしか主人公の弟役だった。原作の小説を読ませてもらったけれど、脇役というより、準主役と呼んでいい役だ。監督の西さんはまだバンドがデビューしたての頃に同じく新人監督だった人で、以来MVを何本か撮ってもらったことがある。柊もよく知る人物だ。役者としての玄純を気に入っていて、映画でのキャリアを積み始めてからは何度か自分の作品に呼んでくれている。
     検索したページを立てかけたスマホで見ながら、一緒に持ち込んだはさみで注意深く茎の切り口をぱちん、ぱちんと斜めに切り詰めていく。
     役のイメージはもちろんあるだろうけれど、緑をベースカラーにしているところを見るに、玄純本人の印象も意識したアレンジメントなんだろう。何本かのバラ科らしいものくらいしか品種は分からないけれど、全体的に落ち着いた色遣いで、シックにまとめられた花々。かといって地味すぎず、凛とした雰囲気がある。なかなかセンスいいじゃん、と誰かが仕立てた「シズっぽい花束」に、思う。
     こうやって俺だけのシズが、みんなのシズになっていくの、なんだか誇らしい気分でうれしい。そんで少しだけ、ちょっとさみしい。
     いやいや、そんなこと思っていてはいけないな、と思い直す。
    「柊、とりあえずこれでいい」
     開けっぱなしのドアから入ってくる気配に顔を上げると、尋ねる玄純と鏡越しに目が合う。手には中身の見える箱に納められたままのビアグラス。何かのノベルティとしてもらったものだ。
    「よくそんなの覚えてたな」
    「あった、棚の奥に。高さ足りるか」
    「うん、ちょーどいいんじゃない。かして」
     箱を開ける玄純を尻目に、茎を切る作業に戻る。
     玄純も俳優の仕事はそこそこ気に入っているように見えるし、なによりシズの良さ、みんなに見せびらかしたい。

     活けた花はリビングダイニングの、普段は締め切ったブラインド前のチェストに置いた。
     最近ではこんな時間に自宅に二人で揃っているのも意外と少ない機会なので、なんだか少しはしゃいだ気分になる。
    「最近は俳優の方でシズのこと好きになってライブ来てくれるお客さんもいるじゃん?」
     淹れたコーヒーを挟んで、何とは無しに向かい合う。
    「……そうなんだ」
    「すっかり人気者ですなぁ」
    「……」
     柊の浮かれた物言いに、玄純は黙ってカップを口元に持っていく。
    「でもさ、にっしー監督もいい人だよな。シズにいつも声掛けてくれて」
     ひと回りほど年上の、でも気さくで話しやすい人柄の監督は現場で出演者やスタッフから気安くそう呼ばれている。
    「そうだな」
    「よっぽど気に入ってくれてんだな。そういやあの人、最初にMV撮ってもらった時からシズのことめっちゃ褒めてて」
    「……そうなんだ」
    「あれ?話さなかったっけ」

    「いいよね八木くん、佇まいがさ」
     そう言って当時三十になろうかという年頃だった監督は、休憩スペースで少し興奮気味に声を掛けてきた。あれはちょうど玄純がメイクの直しか何かで外している時だった。元々俺、カメラマン出身なんだけど、瞳をキラキラと輝かせながらそう続ける様子をよく覚えている。
    「柊くんも被写体として華やかでめちゃくちゃ映えるんだけど、八木くん、あれはものが違うね。元々モデルさんかなにか?」
    「いや、インディーズで賞とった時一本だけMV撮ってもらいましたけど、俺もシズも撮影とかほとんど初めてで」
    「へぇ、すごい、落ち着いてる」
     まるで自分が褒められたようなくすぐったい心地で、ありがとうございます、とその場にいない玄純の代わりに礼を言う。監督はふと遠くを見遣るような目で更に続ける。
    「あと、いらんことしないとこ」
    「?」
    「いいんだよ、役者はそれで」
     その時、監督の言っていたことの真意は、今思えば分かっていなかった。正直に言えば今だって、雰囲気でしか理解していないかもしれないけれど。その時から監督は既に玄純のことを「役者」として見ていて、そして柊はその言葉をとびきりの褒め言葉として受け取ったのだった。

    「もしかして俺、この話はじめてする?」
    「たぶん」
    「マジかー」
     それからほどなくして劇映画に転向した監督は、その現場の度に玄純にオファーをくれた。はじめは台詞のない端役からはじまって、それなりの脇役をいくつか。出番は少しずつ増えていき、そして今回はついに準主役だ。その間に評判も広がって、他の現場や監督からも声が掛かるようになった。もちろん玄純の働きがよかったのもあるだろうけれど、いまの活躍があるのは彼の引き立てに依るところはおおいにある。
    「あん時俺すげー自慢でさぁ、シズのこと」
    「……感謝しないとな」
     ほんの薄く、俺にだけ分かる程度に口角を上げた玄純が伏目がちに呟く。それを受けて、柊はすっかり気分よく右手のマグを掲げるようにして見せる。
    「な、良かったよな。シズも、バンド以外にも好きになれる仕事があって」
    「…………」
     なぁ、と重ねるように同意を求めるけれど、今度は想定していた返事の代わりに、沈黙が帰ってくる。
    「それさ、言おうと思ってたんだけど」
    「ん?」
    「別に、好きなわけじゃないけど。役者の仕事」
    「え」
     思ってもみない言葉に言葉が詰まる。違うの?
    「別に芝居が好きでやってるわけじゃない」
    「……そうなの?」
    「お前が喜ぶから」
    「……ええ?」
    「お前が」
    「…………そうなの?」
    「そうだけど」
    「そうなのぉ?」
     玄純の言葉を上手に受け取りきれないまま、部屋のほとんど対角線上に飾った花に目を遣る。それは寡黙に佇んでいる。

    「……とりあえず、後で駅前の百均行って、花瓶買お」
    「ああ」
    「……そんでほら、あそこのイタリア料理屋でメシ食お。俺、ピザ食いたい」
    「いいな」
    「……映画、公開日に絶対一緒に観に行こうな」
    「そうだな」
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