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    𓆟ヤマダ𓆟

    支部に上げられない短文や自己満ラクガキを投げるところ

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    てのひら忌談 四十一夜「うこむのみがか」の左右反転していないバージョンです。

    かがみのむこうかがみのむこう
    話者:とあるポムフィオーレ寮3年生C


    ナイトレイブンカレッジに入学して、寮がポムフィオーレに決まった後、僕はこれから生活していく寮の部屋に私物を置きに行った。僕の部屋は4人部屋なのに、新入生の数の事情で僕1人しか住人がいないようだった。広い部屋を独り占めできて嬉しいという気持ちと、入学したばかりなのに1人ぼっちで生活しなければならないのかという落胆が同時に心の中にあったのを覚えている。僕が4人部屋に1人なのは、新入生の数が4で割り切れなかったからだと思っていた。
    誰かから、そう聞かされた気がしていた。
    広過ぎる部屋に暮らし始めてだいたい1ヶ月が経った頃だったと思う。異変が起き始めたのは。
    夜ベッドに入ると、いやに周囲の音がよく聞こえるようになる。そんな静寂の中に、カリカリという、何かを引っ掻くような音が小さく聞こえた。どこから鳴っているのか、僕は部屋のあちこちを探したが、音の出所は分からなかった。
    その異音が気になりだしてから2週間が経った。ある朝起きると、壁紙に穴が開いていた。直径約1.5cmの穴が、本棚の隣にぽっかりと開いている。僕が気付いていなかっただけで最初から穴が開いていたのだろうか。穴は隣の部屋まで開いているわけではなく、壁紙だけが破れているようだった。破れた壁紙がこちら側に捲れていたので、向こう側からこちら側へ向かって何かが刺されたような穴の開き方だった。
    その穴が、日毎に増えていった。壁のあちこちに、無作為に小さな穴がぽつぽつと増えていく。その穴から時折視線を感じるようになり、僕は気味が悪かった。
    それからも奇妙な事態は続いた。穴の方を見たら誰かと目が合った気がしたり、カリカリという音が次第に大きくなってガリガリという音に変わってきているような気がした。
    その異変のせいで僕は当時毎日寝不足だった。授業中に寝るまいと耐える僕に、なぜかその日だけ僕の隣の席にやってきたルークがこっそりと耳打ちした。
    「寝不足なのかい?」
    「ああ……、色々あってね」
    「普段の寮での君と、顔色が異なると思ったんだが、ふむ……どうやら匂いも違うようだね」
    「匂い?」
    「ああ気にしないでおくれ。私の気のせいかもしれないから」
    ルークに引っかかることを言われたが、当時の僕は彼の言葉の意味を理解できていなかった。
    ポムフィオーレ寮での暮らしが始まって2ヶ月が経った
    その日の夜もベッドに入ると、部屋の壁がガリガリと鳴りだした。僕のベッドが置いてある側の壁が、ガリガリガリガリとうるさい。隣人のいたずらかと思って、僕はうるさいと訴えるために壁をドンと叩いた。ガリガリという音は聞こえなくなった。
    それに安堵したその時だった。
    ズボっという壁紙が破れる音がして、壁側を向いて横たわる僕の顔の正面に、何者かの指が生えてきた。
    ズボ、ズボと壁に穴が開き、指が1本、また1本と生えていく。僕は悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた。指が飛び出ていた壁の穴が広がっていき、他の指が生え、やがて手首まで出てきて、何かを探そうとくねくねと指を動かしていた。壁から生えてきた何本もの手が、僕を探すかのように壁に穴を増やしながら少しずつ僕に近付いてきた。その手が床からも生えてきて、部屋から逃げ出そうとした僕を阻もうとドアの前を塞いだ。僕は壁にくっつけて置いていた机を部屋の中央まで引きずって、その上に乗って床から生えた手が届かない場所で朝が来るのを待った。気付いたら気絶するように眠っていて、僕は三角座りのまま机の上で目が覚めた。壁や床板には穴が増えていて、あれが夢ではなかったのだと僕に訴えかけていた。
    僕はルークとヴィルがいた隣の4人部屋に頭を下げて居候を頼み込んだ。あんな部屋で1人で眠るくらいなら、狭くても誰かがいる部屋の固い床で眠る方が遥かにマシだったからだ。しかし僕の頼みを聞いていたヴィルとルークはきょとんとした顔で首を傾げていた。
    「──何言ってるの?」
    「何って、だから僕の部屋に変なことが起きるから今夜だけでも良いからこの部屋に泊まらせてくれって言ったんだけど」
    「だからその発言の意味が分からないのよ」
    ヴィルの顔は青褪めていた。次のルークの言葉が、僕の顔も真っ青に変えたのだった。

    「入学してから今日まで、私とヴィルと君はこの部屋で一緒に生活していただろう?」

    ヴィルとルーク曰く、僕はこの部屋で2人と、もう1人の寮生と計4人で生活していたらしい。しかし僕には無駄に広い1人部屋で異音や壁の穴に怯えながら生活した記憶しかない。僕の姿をした僕ではない誰かが、僕として彼らと一緒に暮らしていたということだ。僕はガタガタと震えてその場に座り込んでしまった。
    初めて入った隣の4人部屋は、僕の住んでいる部屋と全く異なっていた。暖かくて明るく、調度品も洗練されていた。特に目を引いたのは壁紙だ。僕の住む部屋と全く違う模様だった。僕の部屋の壁紙は木の枝が複雑に絡み合うような、檻のような模様だった。床だって色褪せたフローリングだった。僕の部屋だけが、異常だった。もっと早く他の部屋の内装を見に行けば良かった。そうしたらもっと早く気付けたかもしれないのにと、僕は激しく後悔していた。僕のスペースだと2人が言った場所には僕が置いた覚えのない僕の私物がついさっきまでここで僕が生活していたと言わんばかりに置かれていた。もう吐きそうだった。
    ルークとヴィルに事情を話し、夜が来る前に、僕たちは隣の部屋を調べてみることにした。
    2人曰く隣の部屋はとても静かで、生活音がしなかったので空き部屋だと思っていた、とのことだった。ルークは何故か談話室から暖炉の火かき棒を持ってやってきた。僕は恐る恐る部屋のドアを開けた。
    部屋の中は僕が朝出てきた時のままだった。部屋の中心に僕の勉強机が置いてある。壁や床には指と腕の径に合わせた大小様々な穴が開いていた。
    部屋の中を物色しながらルークが笑った。
    「なるほど。この壁紙の模様が君を守ったんだね」
    ルークは壁紙の模様を指でなぞりながら、穴が開いている場所に視線をやった。
    「穴が開いているのは模様のない空白の部分だけだ。この模様の隙間からしか出てこれないみたいだね」
    「一瞬でそこまで分かるのか」
    「あくまで推測だがね」
    ルークの観察眼に僕は驚かされた。元々変わった人だと思っていたが、彼はそれだけの人間ではなかったのだ。
    「この壁紙の模様がまじない的な意味で働いたのは分かったわ。でも床に穴が少ないのはどうして?」
    「フローリングだからね。木目と、板の継ぎ目が壁紙と同じ働きをしたんじゃないかな」
    「なるほど」
    僕とヴィルがルークの話に納得していると、ルークは突然バリバリと壁紙を剥がし始めた。
    「何してるの!?」
    「手伝ってくれないかい? 確かめたいことがある」
    「寮長に絶対叱られる……」
    ルークに頼まれるまま、僕たちは四方全ての壁紙と床板を剥がした。ここまできたら寮長に叱られるのも覚悟の内だった。穴の開いた壁紙の下から鈍色の壁が出てきた。ひどく劣化していたが、それはまだ本来の用途が可能な状態だった。
    「鏡だわ……、しかも壁一面……」
    ヴィルが鏡に映し出された左右反転した自身を見ながら呟いた。僕の部屋は、四方の壁と床全てが鏡張りの部屋だったのだ。その鏡から何かが出てくるから、上から壁紙を貼り、檻のような模様にし、床にフローリングを敷いたのだ。
    「どうしよう……」
    「とりあえず寮長に報告して、この部屋をどうするか相談しま……ルーク!?」
    ガシャンという大きな音が部屋中に木霊した。音の鳴った方を振り返ると、ルークが火かき棒を思い切り振りかぶって壁の鏡を割って回っていた。
    「ちょっとアンタ何してるのよ!」
    「この鏡は割った方が良い。鏡を割ると7年不幸が訪れるとは言うけど、この鏡は今割らないともっと悪いことが起こる。あくまで私の勘だがね。さあほら、君も」
    そう言うルークに火かき棒を手渡されて、僕は鏡の前に立った。鏡に映った僕が、僕と別の動きをした。ニヤニヤと笑いながら、僕に向かって近付いてくる。その手に鏡の破片があることに気付いた僕は火かき棒を思い切り振りかぶった。
    「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
    ガシャンという鏡が割れる音と共に、崩れ去った鏡の向こうの僕が劈くような悲鳴を上げた。割れた鏡の破片の中で、毒々しい赤がじわじわと広がっていった。僕が偽物を殺したんだ。
    それから3人がかりで全ての鏡を割ってから、僕とヴィルとルークはその部屋を出た。ドアをガチャンと閉めると、そのドアはどろりと溶けるようにして消えてなくなった。それから僕は寮長に事情を話し、これまで偽物が生活していたルークたちがいる4人部屋で生活し始めた。寮長からはそんな部屋を見たことはないし、今年の新入生の数は4で割り切れるから1人だけ余るわけがないと言われてしまった。誰が僕だけにあの部屋で生活するように言ったのか、あの鏡張りの部屋は一体何だったのか、結局分からずじまいだった。
    それから現在に至るまで、僕は特に何か怖いことに遭うことなくポムフィオーレで生活できている。
    でもこの間、ルークの部屋を訪ねたら壁紙が一部剥がれていたんだ。あの時のことを思い出して心配になって、相談に乗るよと言ったらルークにのらりくらりとはぐらかされてしまった。僕のトラウマを刺激しないように、あえて話してくれなかったのかもしれない。こちらは助けてもらった恩があるし、恩返しも兼ねてルークの力になりたいと思ったんだが、彼の優しさを無下にするのも申し訳ないので様子見しようと思う。
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